大黒さんの金魚鉢

黒金町の住人の独り言は“One”

One voice , one mission , one family

二宮尊徳伝(6)

2014年10月08日 | 労働者福祉
我が協同組合組織もグローバル化の影響を受けてどこも大変な状況にあります。
生協法や労金法などの法的制約もあり、ともすると閉塞感に陥ってしまいます。
そんな閉塞感をも突破したいとの思いも込めながら「第1回協同組合間協同実践研究会」を開催しました。
参加メンバーは、労金・全労済・県生協連・福祉基金・勤信協・LCS友の会・連合静岡・県労福協の8団体です。
例のごとく研究会のルールづくりから入りました。
1、さんづけルール
2、ブレーンストーミングルール
3、目的・目標の共有化
座長には互選で戸倉さんをお願いし、初回から白熱した(?)研究会になりました。

さて二宮尊徳伝の続きです。

徳川の幕藩体制も元禄時代を頂点にして衰退の一途をたどっていました。
米の増産や年貢などの収入は限界に達していましたが、消費支出は増大するばかりです。
収入の不足を補うための借金も、返済できる当てもないまま膨張するばかりでした。
小田原藩も同様です。

そんな小田原藩の再建を頼まれた尊徳はどのようにして成し遂げたのでしょうか。
まず彼は再建を任された村を徹底的に調査します。
過去の年貢の上納や現在の実態、そしてこれまでの領主の施策などありとあらゆる事実を調べ上げていきました。
そのうえでこれからお百姓が納める上納米の限度(分度)を決め、それ以上は上納させないことを約束します。
お百姓たちの努力によってそれ以上収穫できた時には、それを尊徳が預かり荒地の開発や用水事業のための費用に当てるようにしました。
これができれば10年後には年貢は2倍になる計算でした。
お百姓たちの意欲の掘り起こしを図ったのです。

また尊徳自らが持つ全財産も売り払い、その代金を復興事業の資金に充てました。
妻子ともども村へ移り住むと本格的な村おこしの事業(これを“仕法”と呼びました)を始めます。
朝早く起きて村中をぐるぐると巡回しました(これを“回村”と呼びました)。

(回村之像です)
会う人ごとに声をかけ、農家に立ち寄り、時には営農指導や生活指導をしました。
仕事に精出す者を見かけると「表彰」をしたりして、やる気のないものを叱責するのではなく、意欲の高いものを褒めて意欲の低い者が感化されていくようなやり方をとりました。

お百姓のなかにも多額の借金を抱えているものが少なからずおりました。
尊徳はここでも「五常講」のやり方を発展させた「報徳金」という制度を取り入れました。
「無利息金貸付」と名付けられた方法で始められたこの制度は、借入れた人はその金で古い借金を精算して、新しい借金の元金を年賦で償還します。
たとえば5両を借りた人は、毎年1両ずつを5年間で返済します。
当時は利息が年利20%くらいでしたから、世間一般のやり方に従えば“5両の借金で1両ずつ”ならば利息にしかなりません。
元金は少しも減らず、永久に利息だけを払い続けるということになります。
ところが尊徳の方式によれば、5年で借金が完済できることになります。
そこで(こんなにありがたいことはありません)…という気持ちを込めて、もう1年分を“冥加金”として納めます。
この冥加金は感謝の気持ちを表すお礼のお金であって決して利息ではありませんが、仮に利息とみなせば年利3.3%という低利になります。
高利で苦しむサラ金被害者を救済した労金との関係によく似ていますね。