久しぶりにいい本を読んだ。
面白い小説というよりいい小説だった。
ふと誰かに手紙を書いてみたくなるような本だった。
ツバキ文具店。
本屋の店頭で見かけた時から
そのタイトルがずっと気になって仕方がなかった。
文具店という古めかしい呼び名に
何か郷愁のような懐かしさを覚えたのかも知れない。
海と山に囲まれた古都・鎌倉。
鶴岡八幡宮にほど近い大きな藪椿の木の脇にツバキ文具店はある。
鎌倉で十一代も続く老舗の文房具店だ。
幼い頃から「ポッポちゃん」の愛称で呼ばれる雨宮鳩子は
一通りの文房具をあつかいながら
本業は今ではめずらしくなった『代書屋』である。
依頼の手紙やハガキを代筆することで
その人の果たせなかった夢や心残りを実現させる。
伝えられなかった大切な人ヘの想い。
あなたに代わって、お届けします−。
先代(祖母)から受け継いだその家業が
鳩子の生きがいである。
ツバキ文具店にはさまざまな依頼が舞い込む。
一般的な年賀状や暑中見舞いから
恋文、離婚報告、長年つきあって来た女友だちへの絶縁状
中には借金を無心した相手への拒否状や
中には亡き夫の<天国からの手紙>という風変りな依頼もあって
それぞれが秀逸なドラマになっている。
鳩子が書いた代書はそのまま本書に掲載されている。
当然、書体も体裁も違うのだが
一通、一通の手紙へのこだわり方がとにかく凄い。
内容だけではなく、筆記具から便箋、封筒、切手、インクに至るまで
徹底的に細部にこだわったオーダーメイドの代書の数々。
文面や字体まで当人になり切った代書は
まさしく「憑依」を思わせる。
小川糸という作家を初めて知った。
ボーイッシュで軽やかでなかなか素敵な女性ではないか。
生活雑貨にもさまざまな「こだわり」を持った方で
こんな写真集も出ていて興味深かった。
映画化された「食堂かたつむり」や
ドラマ「つるかめ助産院」などの著者でも知られる
人気のベストセラー作家らしい。
知らなかった・・・
鎌倉の四季折々の自然を背景に
その風土や伝統、そこに生きる人たちをこよなく愛しながら
鳩子はつつましく、しなやかにに生きている。
自宅の裏庭にある文塚で
人の思いがこめられた手紙を焼く「手紙供養」などという
古くから風習なども出て来て心温まる思いだった。
恰好の「鎌倉案内」にもなっているので
ぜひ一読を・・・