
銀座線の神田駅を降り、地上に出てみると会社をでたとき降っていた雨はすっかりやんでいた。
神田駅北口の交差点を西に向かい、外堀通りを北へ。
この界隈、歩くのは実に久々。風景はほとんど変わっておらず少し安心した。
淡路町の交差点に出る手前を左に折れ、再び西進。そのまま、ひたすら道なりに直進する。
この日は、このブログにも度々登場する、ちょい不良オヤジの南氏改めSちゃん(親しみを込めて改名)と神保町で待ち合わせなのだ。
ふぅ、しかし、神田は広い。ようやく、神保町の書泉ブックマートに辿りつくと、Sちゃんが雨上がりの街の向こうから姿をみせた。
Sちゃんが通いつめたというお店ともう目と鼻の先の様子。合流してからものの30秒後、地下に続く店の階段前に到着したのだった。
だが、店はまだ準備中の気配。Sちゃんが時計を覗くと時刻は18時をちょうど指している。まるで、それに合わせたかのように、地下から前掛けをした女性が現れ、お店の黒板に立てかけた札を準備中から営業中へとひっくり返した。
言うまでもなく、我々がお店の一番乗りを果たしたのだった。
お店はアイリッシュバー。
Sちゃんは明治大学在学中から、読書に耽る隠れ家として通いつめたとのことである。
しかし、果たしてこの店を「バー」と括ってしまっていいものか。
店内は地階にありながらもかなり広い。学校の教室2部屋分。喩えれば視聴覚室くらい。
「バー」でなけれれば、「キャバレー」でもなく、「パブ」と言っては規模が大きい。喫茶店のようでもあるが、れっきとした酒場だ。
テーブルや椅子などが調度品のように鈍い輝きを放っている。
我々はアイルランドの宝石、生ギネスを飲みに来たのだ。
Sちゃんと「ギネスを飲みにいこう」と約束してから既にもう何年経つことやら。
JR田町駅の中にアイリッシュパブが開店したのを機に、「生ギネスを・・・」、そんな約束事もいつしか空手形と化していた。けれども、ようやく実現した、生ギネス会がこんな素晴らしいお店でよかった。さすが、ちょい不良おやじ、神保町ブームで世間に暴かれた名店が多い中、知る人ぞ知るお店を未だ忍ばせているなんて。
Sちゃんと2人きりで会うのは何年ぶりか。
海外への出張が増えたSちゃん。取材対象も洗練された、棲める人も異なる分野で活躍するようになった。
生ギネスを1パイントずつ頼んだ。
ドイツへの出張が多いSちゃん。
アイルランドのお店でドイツの話しを聞くのも妙だが、仕事上の苦労話しから本場のビール事情に至るまでドイツの話しが面白い。
新聞記者だから、知識が豊富。その知識を背景にゆっくりと話しが弾む。
しかし、Sちゃんと話しをすると、優しい気持ちになれる。
そんな友人は余りいない。
いよいよ生ギネスが運ばれてきた。
敷かれたコースターに置かれたギネスの存在感はやはり格が違う。
その重厚な飲み物はまず目で愉しませてくれる。
スタウトビールの黒と白い泡のコントラスト。
クリーミィな泡のきめ細かさ。
ビロードのカーテンのように蠢く芸術のような液体。
全てが素晴らしい。
我々は早速乾杯し、アイルランドの至宝を口に含んだ。
見栄えにも感嘆するが、やはり舌触りがなんともいえない。
泡の苦味とスタウトの甘みが口の中で溶けていく。
「泡がスモークしてますね」とSちゃん。
なるほど、絶妙な表現だ。
スポーツライターの金子達仁氏はダブリンで飲んだギネスについてこう書いている。
「ヒゲの周りにシルクのような泡をつけながら」、真鍮のバケツに入ったムール貝のワイン蒸しにかぶりき、待ち構える仕事を前にして、ギネスを「やめられるはずがない。ここはダブリンで、飲んでいるのは生の、本当のギネスなのである。」(『熱病フットボール』文藝春秋)。
そして、「飲んでみて気づいたのだが、ダブリンのギネスはシーフードにもよく合った」と締めくくるのである。
そこに、先ほどSちゃんが頼んでおいたフィッシュ&チップスが運ばれてくるのだ。
ギネスとじっくり30分くらいはかけて揚げたフィッシュ&チップスは絶妙のコンビだった。
恥ずかしながら、フィッシュ&チップスはミニストップで売られている限定商品のそれしか知らないわたしだったが、日本のフライとは異なる、少しウェットな衣が、本来のギネスのお供と初めて知るのである。
やがて、店内には楽団のような一団が入ってきて、音合わせを始めた。
5、6人の男女入り混じる楽団で、それぞれ変わった楽器を持ちよっている。
一通りチューニングが済むと、演奏を開始した。
詳しくは分からないが、アイルランドの民族音楽のようだ。
その調べとともに、時間はゆっくりと流れていく。
牧歌的な音色が店の中に溶け込むと、わたしは3パイント目のギネスをお代わりした。金子達仁氏はサッカーアイルランド代表、ロイ・キーンを評して「プレイスタイルは泥臭く、間違ってもファンタジスタと呼ばれる選手ではない」という。
いや、ロイ・キーンに象徴されるアイルランドサッカーが「泥くさい」イメージだ。
02年のワールドカップ、鹿嶋で行われたグループリーグE、ドイツ対アイルランド。
1点を先制されたアイルランドはGKオリバー・カーンの壁に阻まれ、沈黙を続ける。もはやここまでか、と思われた後半ロスタイムの終了間際、最後まで諦めず走り続けたロビー・キーンがとうとうゴールネットを揺らす。
あの試合、なりふり構わずに突進し続けたアイルランド代表に胸が熱くなった。
ギネスの味わいにも決して都会的ではない、土着の信仰のような深さが沁みわたる。
信念の強さのような何かが。
神田駅北口の交差点を西に向かい、外堀通りを北へ。
この界隈、歩くのは実に久々。風景はほとんど変わっておらず少し安心した。
淡路町の交差点に出る手前を左に折れ、再び西進。そのまま、ひたすら道なりに直進する。
この日は、このブログにも度々登場する、ちょい不良オヤジの南氏改めSちゃん(親しみを込めて改名)と神保町で待ち合わせなのだ。
ふぅ、しかし、神田は広い。ようやく、神保町の書泉ブックマートに辿りつくと、Sちゃんが雨上がりの街の向こうから姿をみせた。
Sちゃんが通いつめたというお店ともう目と鼻の先の様子。合流してからものの30秒後、地下に続く店の階段前に到着したのだった。
だが、店はまだ準備中の気配。Sちゃんが時計を覗くと時刻は18時をちょうど指している。まるで、それに合わせたかのように、地下から前掛けをした女性が現れ、お店の黒板に立てかけた札を準備中から営業中へとひっくり返した。
言うまでもなく、我々がお店の一番乗りを果たしたのだった。
お店はアイリッシュバー。
Sちゃんは明治大学在学中から、読書に耽る隠れ家として通いつめたとのことである。
しかし、果たしてこの店を「バー」と括ってしまっていいものか。
店内は地階にありながらもかなり広い。学校の教室2部屋分。喩えれば視聴覚室くらい。
「バー」でなけれれば、「キャバレー」でもなく、「パブ」と言っては規模が大きい。喫茶店のようでもあるが、れっきとした酒場だ。
テーブルや椅子などが調度品のように鈍い輝きを放っている。
我々はアイルランドの宝石、生ギネスを飲みに来たのだ。
Sちゃんと「ギネスを飲みにいこう」と約束してから既にもう何年経つことやら。
JR田町駅の中にアイリッシュパブが開店したのを機に、「生ギネスを・・・」、そんな約束事もいつしか空手形と化していた。けれども、ようやく実現した、生ギネス会がこんな素晴らしいお店でよかった。さすが、ちょい不良おやじ、神保町ブームで世間に暴かれた名店が多い中、知る人ぞ知るお店を未だ忍ばせているなんて。
Sちゃんと2人きりで会うのは何年ぶりか。
海外への出張が増えたSちゃん。取材対象も洗練された、棲める人も異なる分野で活躍するようになった。
生ギネスを1パイントずつ頼んだ。
ドイツへの出張が多いSちゃん。
アイルランドのお店でドイツの話しを聞くのも妙だが、仕事上の苦労話しから本場のビール事情に至るまでドイツの話しが面白い。
新聞記者だから、知識が豊富。その知識を背景にゆっくりと話しが弾む。
しかし、Sちゃんと話しをすると、優しい気持ちになれる。
そんな友人は余りいない。
いよいよ生ギネスが運ばれてきた。
敷かれたコースターに置かれたギネスの存在感はやはり格が違う。
その重厚な飲み物はまず目で愉しませてくれる。
スタウトビールの黒と白い泡のコントラスト。
クリーミィな泡のきめ細かさ。
ビロードのカーテンのように蠢く芸術のような液体。
全てが素晴らしい。
我々は早速乾杯し、アイルランドの至宝を口に含んだ。
見栄えにも感嘆するが、やはり舌触りがなんともいえない。
泡の苦味とスタウトの甘みが口の中で溶けていく。
「泡がスモークしてますね」とSちゃん。
なるほど、絶妙な表現だ。
スポーツライターの金子達仁氏はダブリンで飲んだギネスについてこう書いている。
「ヒゲの周りにシルクのような泡をつけながら」、真鍮のバケツに入ったムール貝のワイン蒸しにかぶりき、待ち構える仕事を前にして、ギネスを「やめられるはずがない。ここはダブリンで、飲んでいるのは生の、本当のギネスなのである。」(『熱病フットボール』文藝春秋)。
そして、「飲んでみて気づいたのだが、ダブリンのギネスはシーフードにもよく合った」と締めくくるのである。
そこに、先ほどSちゃんが頼んでおいたフィッシュ&チップスが運ばれてくるのだ。
ギネスとじっくり30分くらいはかけて揚げたフィッシュ&チップスは絶妙のコンビだった。
恥ずかしながら、フィッシュ&チップスはミニストップで売られている限定商品のそれしか知らないわたしだったが、日本のフライとは異なる、少しウェットな衣が、本来のギネスのお供と初めて知るのである。
やがて、店内には楽団のような一団が入ってきて、音合わせを始めた。
5、6人の男女入り混じる楽団で、それぞれ変わった楽器を持ちよっている。
一通りチューニングが済むと、演奏を開始した。
詳しくは分からないが、アイルランドの民族音楽のようだ。
その調べとともに、時間はゆっくりと流れていく。
牧歌的な音色が店の中に溶け込むと、わたしは3パイント目のギネスをお代わりした。金子達仁氏はサッカーアイルランド代表、ロイ・キーンを評して「プレイスタイルは泥臭く、間違ってもファンタジスタと呼ばれる選手ではない」という。
いや、ロイ・キーンに象徴されるアイルランドサッカーが「泥くさい」イメージだ。
02年のワールドカップ、鹿嶋で行われたグループリーグE、ドイツ対アイルランド。
1点を先制されたアイルランドはGKオリバー・カーンの壁に阻まれ、沈黙を続ける。もはやここまでか、と思われた後半ロスタイムの終了間際、最後まで諦めず走り続けたロビー・キーンがとうとうゴールネットを揺らす。
あの試合、なりふり構わずに突進し続けたアイルランド代表に胸が熱くなった。
ギネスの味わいにも決して都会的ではない、土着の信仰のような深さが沁みわたる。
信念の強さのような何かが。
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