現代今昔物語―自分流儀。伝承。贈ることば、子供たちへ。不変のストーリー

我が息子と娘へ伝承したいメッセージをというのがきっかけで、時代が違っても考えかたは不滅といった内容を新世代達へ残したい。

本当に、おもいやりがある国なのか?

2015-11-22 | Weblog

近所の何もなかった道路に、信号機が設置された。たいした交通量でもないのに、たしかに横断する必要性はあるのだが。日本の道は、信号機と標識だらけ。景観的にもきれいでないし、何か、どこもかしこも、管理だらけという気がする。

欧州や米国でも、もちろん土地の広さや人口密度は、圧倒的に違うが、こんなたくさん信号機を見たことない。それよりか交差点などで、歩行者も、車も、双方で譲り合っている。なんか余裕、ゆとりを感じるのだ。

それに比べ、日本は、標識やルールが決められ、信号機があり、あたかも、青信号のほうが優先権がるということを、やたら誇張するあまり、なんか権利意識みたいなものが存在して、こちらのほうが正しいのだちうような、白か黒か、正しいか間違いかの、主張が強すぎて、ぎすぎす感だらけ。もう少し、相手を思いやるというか、相手のことにまで気を配るということに欠如している風に思えてしかたない。

歩行者も、あたかも私たちのほうが優先なのよ、とでも言いたげに、横断している。時には、車をにらむかのように思えるような人物もいる。

権利があるとか、優先だとか、こういうふうに決められているだとか、そんなことばかりがまかい通るような世の中で、本来の双方を思いやる気持ちが失せてしまっている国が、果して、おもてなしの国と胸を張っていえるだろうか?

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