あれは風の道を通り過ぎ、暫く歩いたところだった。広葉、針葉の樹木の連なる路肩にポツンと一本の桜の木が立っていた。風の強い晩秋のこの時期、花はもとより一片の葉もつけていない。強い風を小さな身体でまともに受け止め、大きな巨人に向かってしかっりと立っていた。「春には花が咲くのかなぁー」、ふと庄は呟いた。
春になり桜を見るたびに、庄は必ずあの桜を思い出す。「今頃花が咲いているのかなぁー、もしかしたら既に枯れてなくなっているのかも…」、庄には気になることだった。
あれから何年か経っていた。庄にとっては何回目かの峠道への単独行であった。季節はとうに春を過ぎ初夏の装いを感じさせる5月も下旬の頃であった。峠の小屋まではまだかなりの距離がある。しかし、標高はゆうに1000mを超えている。休憩を取ろうと、ふと路肩を見る。周りの木々に囲まれ小さな桜の木がひっそりと立っていた。幹より伸びた枝は10本足らず。それぞれの枝先にはいくつかの小ぶりの花弁をつけていた。「こんな所にも桜の木が…、それなら、あの桜もきっと生きているに違いない」、庄はそう思うと、気持ちが高ぶるのを感じた。標高が高いせいか、この桜の木の背丈も6尺足らず、枝もせいぜい幹より3尺前後、その枝先にわずかな花をつけ風にそよぎながらもしっかりと枝にしがみついていた。平地で見るような桜の様相とはまったく違うものであった。しかし、桜には違いない。桜独特の光沢を持った樹皮が曇り空の僅かな鈍い日の光に輝いていた。それにしても、なぜ、こんな所にまで桜が咲いているのか、庄にはまったく見当がつかなかった。背は低い桜であるが幹はしっかりとしていて、根元の部分はかなり太いものであった。丁度、年輪を重ねた盆栽の幹のようであった。そういえば桜を見ると、庄の心には思い出すものがたくさんあった。その一つが何年か前に見た峠道の桜であった。「あの桜にもう一度会ってみたい」、庄はそう思った。桜を見るのに、あたかも人に会うような気持ちを持っていた。そして…
春になり桜を見るたびに、庄は必ずあの桜を思い出す。「今頃花が咲いているのかなぁー、もしかしたら既に枯れてなくなっているのかも…」、庄には気になることだった。
あれから何年か経っていた。庄にとっては何回目かの峠道への単独行であった。季節はとうに春を過ぎ初夏の装いを感じさせる5月も下旬の頃であった。峠の小屋まではまだかなりの距離がある。しかし、標高はゆうに1000mを超えている。休憩を取ろうと、ふと路肩を見る。周りの木々に囲まれ小さな桜の木がひっそりと立っていた。幹より伸びた枝は10本足らず。それぞれの枝先にはいくつかの小ぶりの花弁をつけていた。「こんな所にも桜の木が…、それなら、あの桜もきっと生きているに違いない」、庄はそう思うと、気持ちが高ぶるのを感じた。標高が高いせいか、この桜の木の背丈も6尺足らず、枝もせいぜい幹より3尺前後、その枝先にわずかな花をつけ風にそよぎながらもしっかりと枝にしがみついていた。平地で見るような桜の様相とはまったく違うものであった。しかし、桜には違いない。桜独特の光沢を持った樹皮が曇り空の僅かな鈍い日の光に輝いていた。それにしても、なぜ、こんな所にまで桜が咲いているのか、庄にはまったく見当がつかなかった。背は低い桜であるが幹はしっかりとしていて、根元の部分はかなり太いものであった。丁度、年輪を重ねた盆栽の幹のようであった。そういえば桜を見ると、庄の心には思い出すものがたくさんあった。その一つが何年か前に見た峠道の桜であった。「あの桜にもう一度会ってみたい」、庄はそう思った。桜を見るのに、あたかも人に会うような気持ちを持っていた。そして…
四季それぞれに咲く花々。どの花を見てもその花の咲く季節の風情がそれぞれの花の表情の中に表現されている。
その中でもとりわけ春の花にはその表情が豊かであるように感じられる。厳冬の冬を過ごし、雪が溶け、水温む時期に蕾も膨らみ、開花の時期の差異はあるものの、梅に始まり、桜、こぶし、はなみずきへと花のリレーが続く。そして、多くの草花がこれら主役の花を引き立てるとともに、自らの春を謳歌する。まさに、花にとってもこの時期は一生に一度の自己表現の場、「春」である。
その中でもとりわけ春の花にはその表情が豊かであるように感じられる。厳冬の冬を過ごし、雪が溶け、水温む時期に蕾も膨らみ、開花の時期の差異はあるものの、梅に始まり、桜、こぶし、はなみずきへと花のリレーが続く。そして、多くの草花がこれら主役の花を引き立てるとともに、自らの春を謳歌する。まさに、花にとってもこの時期は一生に一度の自己表現の場、「春」である。