和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

菊/今日の俳句 第1395号

2013年10月30日 06時47分32秒 | 今日の俳句


◇菊/今日の俳句◇
       ◇※第1395号※◇
      

 2013年(平成25年)10月30日(水)


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■ 10月30日。
○ 香りの記念日。
 石川県七尾市が1992(平成4)年に制定。1992(平成4)年のこの日、七尾市で第7回国民文化祭「世界香りのフェアIN能登」が開催された。

○ 初恋の日。
 島崎藤村ゆかりの宿である長野県小諸市の中棚荘が制定。
 1896(明治29)年のこの日、島崎藤村が『文学界』46号に『こひぐさ』の一編として初恋の詩を発表した。
 毎年、初恋をテーマとした「初恋はがき大賞」等のイベントを行っている。

○ たまごかけごはんの日。
 島根県雲南市の「日本たまごかけごはん楽会」が制定。
 2005(平成17)年のこの日、第1回日本たまごかけごはんシンポジウムが開催された。

【「ウィキペディアフリー百科事典」より転載】


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   ■※今日の俳句※■


  わがいのち菊にむかひてしづかなる
         水原秋櫻子


  菊見事死ぬときは出来るだけ楽に
         日野草城
  

  白菊とわれ月光の底に冴ゆ
         桂信子


【季語の解説】
※ 菊→菊の花・白菊・黄菊・大菊・小菊・厚物咲・懸崖菊・菊の宿・菊日和。
 キク科の多年草で、古く奈良時代に中国から伝来した。日本では桃山時代から江戸時代にかけて、鉢植え草花として独自の発達をし、現在に至っても広く観賞用として栽培されている。
 品種はきわめて多く色も形もさまざまなものが見られる。花の大きさから、大菊・中菊・小菊などに分類され、そのうち大菊には全体が球状になる厚物咲をはじめ、厚走り・大掴み・太管・間管(あいくだ)・細管などがあり、中菊には各地で作り出された個性的な嵯峨菊・肥後菊・伊勢菊・丁子菊などがある。
 小菊は、文人菊、見咲菊などとも呼ばれ、丈夫で栽培しやすく、おもに懸崖作りなどに仕立てられる。晩秋になって遅く咲く品種を「晩菊」という。えぞのこんぎく・しらやまぎく・りゅうのうぎくは野菊。

【「現代俳句歳時記(秋)角川春樹編・角川春樹事務所」より転載】


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※わが友に贈る/寸鉄※
【「聖教新聞」2013年(平成25年)10月30日(水)より転載】


     ※わが友に贈る※


  勝つための人生だ。

  勝つための信心だ。

  同じ生きるならば

  一日一日を悔いなく!

  挑戦の自分史を綴れ!


      ◇※10月30日※◇


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    ◇※名字の言※◇


「紹介したいものがあります」。久々に会合に参加した男子部員が、かばんの中をガサゴソと捜し、一冊の本を取り出した。池田名誉会長の『青春対話』である。「こっちに出てくる時に渡された本で……」と照れくさそうに話し始めた



夢を追い求めて実家を離れたが、思うようにいかない日々。ふと、故郷の人がくれた本を思い出した。正直なところ、受け取った時は読む気がしなかった。だがページを開くと、のめり込んでいく。夢を抱きつつ苦闘していた名誉会長の青春時代を知り、自分と二重写しになった



英文学者の外山滋比古氏は、読書の目的の一つは「セレンディピティ」(思いがけない発見)と語る。「眠っていた個性や自分らしさが、心に残る一文によってインスピレーションのように化学反応を起こし、自分のなかに大変化を起こす」と(「パンプキン」11月号)



確かに、思いがけず手にした本が、時に心揺さぶる新鮮な感動を与え、生き方さえも変える場合がある。『青春対話』を手に、男子部員は言った。「人生の教科書みたいで、もっと早く読みたかった」



故郷の人々が、どんな思いで本を託し、彼のことを祈り続けてきただろう。一冊の本が、心をつないだ。彼は前へ進み始めた。
       (肇)


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◆浩ko・ 編集後記◆

 今日も有難う御座います。 和井弘希です。

 ◆浩ko・ 編集後記◆

 今日も有難う御座います。 和井弘希です。

 菊鉢や唯屈みしてオルゴール
         和井弘希

 母が97歳で亡くなるまでの3年余り、特別養護老人ホームに入所しておりました。
 その老人ホームは、秋になると、小規模ではあるが、見事な「菊花展」が開催される。母を見舞った時には、よく母の車椅子を押して、1階やベランダに飾ってある菊の陳列を鑑賞したものです。
 そこには、なぜかいつもオルゴールが置いてある。私と母は、いつもオルゴールを鳴らして聴いていました。色々と考えを巡らせながら聴いていました。
 母の有り難味は、亡くなってから“ズン”と心の底から響いて来ます。「親孝行しょうと思ったときは、親は無し」というところでしょうか。
 
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