和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

人材城(二十七)小説「新 ・人間革命」

2012年05月11日 08時52分41秒 | 今日の俳句
    小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2012年 (平成24年)5月11日(金)より転載】
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人材城27(5/11)

 原谷永太は、弟の正太と正輝に言った。

 「俺たちが、ここで負けたら、地域の広宣流布はなかばい。絶対に信心で乗り越えていくばい!」

 “広宣流布に生きよう! 学会に傷をつけまい”という彼らの使命感、責任感が、勇気を奮い起こさせた。

 人間は窮地に陥った時、根底にいかなる一念があるかによって、弱くもなれば、強くもなる。たとえば、自分の身だけを守ろうとする心は、もろく弱いが、必死になってわが子を守ろうとする母の心は強い。利他の念が、人を強くするのである。

 広宣流布は、最高善、最大利他の実践である。その広布のために、“絶対に学会に傷をつけまい”との一念こそ、人間の力を最大に開花させる原動力といえよう。

 彼らは、逃げも隠れもしなかった。一軒一軒、債権者を訪ね、頭を下げ、実情を語っていった。

 「信心しとって、どういうことだ!」と怒鳴りつける人もいた。原谷兄弟は、忍耐強く、誠心誠意、陳謝し、訴えた。

 「必ず親父に代わって、返しますけん」

 父親の失踪で、永太ら三兄弟の工務店の信用にも傷がついたことは、間違いなかった。

 しかし、父に代わって借金を返済するために、ひたむきに仕事に取り組む兄弟に、周囲の人びとは、関心の目を向け始めた。

 「関心」は、やがて「感心」へと変わり、評判を呼び、賞讃となっていった。そして、再び、信頼を取り戻していったのである。

 いつの間にか、彼らが、それぞれ営んでいた工務店への仕事の注文は、いずれも父親の失踪以前の三倍にもなっていた。当初、返済は十年の計画であったが、なんと、わずか三年で完済できたのである。

 原谷兄弟は、“失踪した父親と会い、一日も早く安心させたい”と懸命に祈った。
 一九七六年(昭和五十一年)、知人から、父親が静岡県の熱海にいるという情報を得た。兄弟で熱海に向かった。



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