和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

人材城(十六)小説「新・人間革命」

2012年04月27日 10時38分03秒 | 今日の俳句
    小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2012年 (平成24年)4月27日(金)より転載】
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人材城16(4/27)

 山本伸一は、本部長の坂上良江から、三角のメンバーの話を聞くと、彼女に言った。

 「三角の同志と私は、お会いできなくとも、心は一緒です。私は、三角のことを忘れません。私の一念に、深く刻まれています。また、皆さんの心には、私がいます。

 私と一緒に、広宣流布への決意を新たにし、頑張ろうとしてくれている。それは、日々、私と、心で対話していることです。

 私と戸田先生もそうです。毎日、常に、心で戸田先生と対話しながら戦っています。私の心には、いつも、先生がいらっしゃる。

 私の基準は、御書であり、それを実際に身で読まれ、実践されてきた戸田先生です。

 “こういう時、先生ならどうされるか”“自分の今日の行動は、先生のご精神にかなったものであるのか”“先生が今の自分を見たら、喜ばれるか、悲しまれるか”

 そして、“必ず、先生にお喜びいただける勝利の戦いをしよう”と、自分を鼓舞してきたんです。それが、私の勇気の源泉です。常勝の原動力なんです」

 師弟不二とは、師の心をわが心として生きることであり、いつ、いかなる時も、己心に厳として師匠がいることから始まる。いくら“師弟の道”を叫んでいても、自分の心に師匠がいなければ、もはや、仏法ではない。

 師匠を、“自分の心の外にいる存在”ととらえれば、師の振る舞いも、指導も、自身の内面的な規範とはならない。そして、師匠が自分をどう見ているかという、師の“目”や“評価”が行動の基準となってしまう。

 そうなると、“師匠が厳しく言うから頑張るが、折あらば手を抜こう”という要領主義に堕していくことになりかねない。そこには、自己の信心の深化もなければ、人間革命もない。

 もしも、幹部がそうなってしまえば、仏法の精神は消え失せ、清浄なる信仰の世界も、利害や打算の世法の世界になってしまう。

 己心に、師弟不二の大道を確立するなかにこそ、令法久住がある。



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