和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

福光(三)新・人間革命

2011年09月03日 06時31分15秒 | 民主党
    新・人間革命

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     福  光(三)

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 山本伸一が福島文化会館に到着したのは、午後四時半過ぎであった。


 文化会館は、郡山駅の西に位置し、北には安達太良山が、東には阿武隈高地が遠望できた。敷地は広々としており、建物は、茶色いタイル壁で覆われた、鉄筋コンクリート造り三階建てであった。


 一階には事務室や編集室、会議室が、二階には二百八畳の大広間や和室がある。また、三階は記念室などとなっていた。


 伸一が玄関の前で車を降りると、数人の幹部が出迎えてくれた。


 彼は、福島県長の榛葉則男と東北長の利根角治に視線を注ぎながら、気迫のこもった声で語りかけた。


 「来ましたよ! 新しい福島を、東北を創ろう! 今日からは、新章節への出発だよ」

 「はい!」

 二人が、声をそろえて答えた。


 伸一は、文化会館の庭を歩き始めた。


 「立派な会館ができたね。みんな、喜んでいるだろうね。この会館で信心を充電し、大確信と大情熱をもって飛び出し、広宣流布の大旋風を起こしていくんだよ」


 榛葉は、宮城県出身で、全国の副青年部長等を務め、前年十二月に福島県長に就任した、進取の気風と企画力に富む三十五歳の青年であった。


 伸一は、その彼に、広宣流布建設の本当の力とは何かを、語っておこうと思った。


 「榛葉君。新しい福島をつくるためには、目先の変わったプランや、新しい運動方針を打ち出せばいいというものではない。根本は全同志の一念の転換であり、生命の革新だ。わが郷土を愛し、広宣流布に生き抜こうという、本物の闘士をつくっていくことだよ。


 福島創価学会が、ここまで発展してきたのは、草創の同志たちの、真剣勝負の戦いがあったからだ。周囲から罵られ、迫害され、どんな仕打ちを受けても、一歩も引かずに、ひたすら広宣流布のために、一身をなげうってくださったことを絶対に忘れてはならない」

(聖教新聞・2011/9/3)より転載」
http://m.seikyoonline.jp/top/top?t=805&sk=377037b65d04f4e970507bffe8ed9125


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