和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

広宣譜53/小説「新・人間革命」

2015年01月24日 13時39分01秒 | 今日の俳句
「聖教新聞」 2015年(平成27年) 1月23日(金)より転載


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【広宣譜53】


 山本伸一が蛍の舞を眺めていると、「中国の歌」の作曲を担当した壮年たちが、「曲が出来上がりました」と言って、カセットテープとデッキを持ってやって来た。

 「待っていたんだよ」

 伸一は、蛍が輝く庭で、そのテープを聴いた。そして、歌詞の書かれた原稿用紙を広げた。彼の周りにいた人が、懐中電灯で歌詞を照らしてくれた。

 彼は、曲に合わせて歌を口ずさみながら、赤鉛筆を手にし、歌詞を推敲し始めた。

 「一番の最後は、『進みゆかなん 手をば結びて』ではなく、『進み跳ばなん 手と手結びて』にしよう。中国の皆さんの躍動する心を、表現しておきたいんです」

 二、三カ所、手を加え、再度、歌詞を読み返すと、力強い声で言った。

 「よし、これで決定だ!」

 歌詞の書かれた紙に、赤鉛筆で「決」と認めた。

 作曲をした壮年が、伸一に言った。

 「先生! 『友は燃え』など、三行目の終わりは、繰り返した方が、音楽的に安定するのですが、そうしてもよろしいでしょうか」

 「かまいません。お任せします。

 昨日から、作曲で苦労されたでしょう。しかし、その分、曲が練り上げられ、すばらしい曲になってきていますよ。名曲です。ありがとう! あなたの名前も、この歌と共に永遠に残ります。おめでとう!」

 学会のリーダーに不可欠なものは、一つ一つの物事の背後にある、人の苦労を知っていくことである。そこから励ましも生まれる。

 翌七月二十一日、米子文化会館の前には、早朝から車の列ができていた。前夜、勤行会が開催されるという知らせが鳥取県内を駆け巡り、全県下から訪れた会員が、開門を待っていたのである。その様子を見た伸一は、近隣の迷惑になってはならないと思い、皆に会館へ入ってもらうように県幹部に指示した。

 「私は、会員の皆さんとお会いするために鳥取県へ来たんだ。さあ、全力投球するよ」




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