今日はほんに良か天気で自主トレ(ヤマの)にも
最高の天気。青空が広がり春の訪れば感じる
1日でした。
二月は節分。
そろそろお櫛田さんの倉庫からあの「お福面」が
出てきます。
去年はやっと二年続いた喪の明けで
お櫛田さんへ「節分大祭」に出かけました。
「川中五十郎」先輩も裃姿でなんかしよりました。
五十郎さんはいろいろなところで
見かけます。末はあの界隈のご意見番でしょうか・・
昔は事務所、作業場、自宅が一緒で
節分には豆まきさせられよりました。
普通のお宅の幸せな風景、家族で
「鬼は~外、福は~うち!」ていう具合でなく、
親父は酒飲んで寝転んで
「撒いときやい」「大きな声で撒きやいよ」と
他人事、真っ暗な夜の作業場はそれはえずかったとです。
お袋がいっつも「人形たちは夜な夜な集まって
話し合いばしようとよ」やらいう話ば
聞かせよったけんです。
お袋はやさしかったばってん平気で
「あなたは那珂川の橋のしたで拾うてきた」
やら平気で言うお袋で子供心に
悩んだこともありました。そういや
「家族に俺のごと耳の大きいとはだれもおらんもんねぇ」
やら真剣に思いよりました。
後にお袋にこの話ばしたら
「そらすまんやった」ゲナ・・
家は人形屋やけん仕事場の灯りばつけたら
人形たちが動き出しゃぁしめいかと
子供の頃はえずかったとです。
特に家の隅の階段の下には能面の
置いちゃって、「小面(こおもて)」やら
特にえずかった。「しゃくみ」やらいうとも
えずかったです。
うちで飼うとった「マック」て言う犬は
豆まき好きやったです。
豆まきについて廻って撒くはなから
食べて行くとがうれしかったとでしょう。
このマック近所では可愛がられよって
※放し飼いは当たり前の時代
お昼は旅館「福よし」の「お狩場定食」ののこりやら
貰い家では餌ば食べやせん。
いつか目ぇひん剥いて脱兎のごとく
帰ってきたと思うタラ大人の二の腕くらいの
ボンレスハムば咥えて帰ってきた。
多分「しろうず」あたりの
店先からかっぱって来たとでしょうが・・・
「こらいかん!」思うても
犬の歯型のついたとば返しに行くわけにいかん
歯形のとこだけ切って犬にやって
後はおいしゅう頂きました
この界隈は食料品店の「しろうず」さんが
多かとですが、今でも山の特需(コブスルメ、蒲鉾)に
あやかる須崎の「しろうず」さんやなくて
家では「濱小路」の「しろうず」さんが御用達です。
店先でトコロテンついたり壷に豆腐が浮かしてある
風景は懐かしかですねぇ・・・
須崎の「しろうず」さんはちゃんと山の時ぃ
若手の名前ば覚えとって蒲鉾の注文
取ぃきます。山の時「マコトさんはおらっしゃあですか?」
「携帯番号ばおそえてください」て
「マコト」は若手頭のころから
昆布、スルメ、蒲鉾の調達係りしとりました。
今では赤てのごいになっとりますが
まだ追いかけられよりますやね・・
博多では山の時期、昆布、スルメが
市場(しじょう)から消えます。
ぼけ~としとったら町のお神酒の時の昆布、スルメが
調達でけません。
赤てのごい候補の下積みの仕事です。
表題の節分の話からだいぶ脱線しとりますが
これはいつものこと
こらえとってください
先日「テレQ」で、テカリンの寿さんが取材する番組で
西町界隈が放送されよるとばみよりました。
あのあたりは戦災におうとらんけん昔の
建物が今も残って一番博多らしいとこですね。
駄菓子とおもちゃの「遠藤」さんも出てきました。
遠藤さんは仕事の関係でも付き合いがありました。
山の時の子供のお土産には
よう「遠藤」さん利用させていただきました。
買いにいっても買いに行った赤てのごいが
夢中になっておもちゃば見るごと
ロマンの残るお店です。
以前息子ば連れて行った時、ねぶりくじのごたあとば
一冊「持って行き」て遠藤さんからポンと
くじば貰うた息子はそれは嬉しがっとりました。
そろそろ節分
もともと博多は恵方巻の習慣は
ありまっせんとですバイ
※注釈
「えずか」=「怖い」「恐ろしい」という意味
「えずい」という使い方はしません。
博多独特の助詞「か」のついて成り立ちます。
千代流のあのおいしゃん「えずかった~」て
使います。
今回は時代劇だけでなく節分の鬼退治(豆まき)
にも使える便利な裃。
手軽に変身できるカツラと裃上下のセット。
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