董太后の声が大広間に響いた。
「これよりは、ここが大本営になります。
出入りする者が多くなるので、入り口の扉を開け放ちなさい」
末席にいた者達が走り出て、扉を左右に開け放つ。
それを待っていた分けでもなかろうが、一人が駆け込んで来た。
宦官であった。
椅子席の面々を無視して、その真ん中を駆け抜け、太后の真ん前に両膝をついた。
「お上が、皇帝陛下が、お目を開けられました」喜びに溢れていた。
帝は毒殺未遂の一件以来、死んだように眠ったままであった。
当初は仙人の于吉、王宮勤めの御典医、薬師が手当をした。
あらゆる人材、医薬を投入した。
にも関わらず昏睡から覚めない。
回復の兆しすらなかった。
そこへ董卓将軍から華佗なる医家を紹介された。
巷では名医と評判の者であるそうな。
太后は藁にも縋る思いで華佗を受け入れた。
董太后が立ち上がった。
競うように何皇后も立ち上がった。
二人して何の断りもなく、大本営から飛び出して行く。
取り巻きの侍女、宦官の者共が一団となって後に従う。
その輪に宋典も加わっていた。
宦官高位の十常侍の一人としては当然の事なのかも知れない。
上座の椅子席に残されたのは何美雨一人。
帝と聞いても他人事。
何の感慨もなく彼等彼女等を見送った。
後ろに控えている黄小芳も何も言わない。
病床に駆け付ける必要はないのだろう。
目の前で仕事している三公九卿にしても、知らせに顔を綻ばせてはいるものの、
その心底は怪しいもの。
帝が政務に復帰すれば、彼等三公九卿は確実に軽んじられ、
宦官の進言のみが多く採り上げられる。
それを承知しているので、心底では正直、憂うているのかも知れない。
何美雨は何気なく立ち上がり、当然のように隣の席に移った。
太后が腰掛けていた真ん中の席である。
ほんの少し移動しただけであるが、景色が違う。
上座の真ん中に腰を下ろし、みんなを見渡すと、何やら支配している気にさせられた。
彼女の気持ちを感じ取ったかのように、懐の銅鏡も小刻みな振動で応答した。
自分の胸の鼓動と銅鏡の振動が重なり、同調し、実に心地好い。
侍女である黄小芳は何も注意しない。
溜め息をつきながら付き従い、背後に控えるのみ。
高官達のうちの何人かも気付くが、これまた何の注意もしない。
子供と見て侮っているのか、それ以前に眼中にないのかも知れない。
近衛軍の新しい配備先が決定された。
それを受けて武官達が我先に散って行く。
残された文官達は一仕事終えた顔付き。
それほどの仕事量ではないのに、ホッとした表情で自席に腰を下ろした。
武官達と入れ替わるように女武者と分かる一団が扉より入って来た。
何れも戦仕度。
鎧姿で弓槍を手にしている者が多い。
その多くは下座に腰を下ろした。
女武者と言えど女。
何れもが香り袋を鎧に忍ばせているらしい。
それが女の匂いと合わさり、芳しい物となり、大本営に広がって行く。
女武者の頭が劉春燕と劉茉莉二人を従えて前に進み出て来た。
顔見知りの高官に言上した。
「お召しにより参上いたしました」
ところが、その高官は面倒臭そうに目顔で上座を促した。
「お主等は我らの管轄外。太后皇后様に従え」と言うことなのだろう。
女武者の頭は上座を見遣り、戸惑う。
太后皇后の姿はなく、何美雨一人がいるだけ。
そんな成り行きにも関わらず、他の高官達は誰も口出しして来ない。
何れもが第三者のような表情を浮かべて様子見。
三公九卿にある者達も同じ。
何美雨は女武者の頭と視線を合わせた。
当然のように近くに手招きした。
女武者達を率いる頭は年季が入った者。
「扱い難い」と言われる女武者達から絶大な信頼を勝ち得ていた。
業も人柄も抜きん出ていた。
頭は直ぐに事態を察した。
劉春燕と劉茉莉を従えて何美雨の前に進み出、片膝ついた。
「太后皇后様は」柔らかく問う。
「帝が目を開けられたそうです。それで急ぎ後宮に戻られました」
「それは、それは、良かったですね」衷心からの声。
何美雨は改めて頭を見遣った。
「事情は分かっていますね」
「近衛軍に代わり内郭四門の門衛を務めれば宜しいのですね」
「そうです。これは太后様の命令です」
「ただちに」
身を翻し、持ち場につこうとする頭を呼び止めた。
「今は非常時です。
女と侮り、門を通り抜けようとする者がいるやも知れません。
そんな輩は捕らえる前に斬り捨てなさい。
問うのは、その後でも構いません」少女とは思えぬ独断。
頭が驚いて身体を震わせた。
椅子席の高官達も驚いた。
隣り合う者達とヒソヒソ話し。
頭がようやく口を開いた。
「それは、いささか乱暴では・・・」
何美雨は誰も異論を差し挟めぬように言う。
「混乱に乗じて不審な者が入るやも知れません。
帝を二度と危ない目に遭わせてはならぬのです。
分かってくれますね」
途端に頭が姿勢を正した。
「承りました。
身元不確かな者は悉く斬り捨てます」
椅子席の高官達の声が止む。
帝毒殺未遂は犯人達が服毒自殺してしまい、うやむやで終わった。
それでも誰もが、「犯人達の背後に何者かが潜む」と確信していた。
高官達の視線が左右に走った。
扉から駆け出す女武者の一団を見送る者、何美雨をまじまじと見る者、それぞれ。
宦官が帝の様子を伝えに来た。
目を開けたものの、長く伏せていたので身体が衰弱し、声が出せないそうだ。
華佗が、「少しずつ食事を増やして体力を回復させる」と言ってのけたとか。
大本営の出入りが激しくなった。
あちこちから現状の報告がもたらされた。
同時に問題点も突き付けられた。
それに対応するのは高官達の仕事。
額を突き合わせて解決策を捻り出す。
女武者が駆け込んで来た。
下座で声を張り上げた。
「大将軍が帰還なされました」大本営中に響き渡った。
一斉に、みんなの視線が何美雨に向けられた。
大将軍は非常時のみの特別職。三公九卿とは同列。
敗軍の将と言えど、その処遇は迂闊には下せない。
誰もが無関心を装い、難題を何美雨に投げた。
何美雨は立ち上がった。
「留守の太后皇后様に代わり私が命じます。
大将軍は、おって沙汰があるまで屋敷にて謹慎すること。
大将軍に代わり、家宰を直ちに大本営に出頭させること。
以上、良いですね」即断した。
みんなは唖然。
誰一人として異議を唱えられない。
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大将軍は、おって沙汰があるまで屋敷にて謹慎すること。
大将軍に代わり、家宰を直ちに大本営に出頭させること。
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