坂東と名付けた馬に乗っていた佐助は、二股の分かれ道で迷っていた。
昼日中であれば通行人に聞けばいいのだが、すでに日も暮れ、夜道であった。
人影一つなく、人家も見えない。
後ろに相乗りの、ぴょん吉が心配げに尋ねた。
「迷ったか」
「ここまでは大丈夫だ。でも、この先が分からない。右か左か」
川越から八王子に向かっていたが、地元でないだけに夜道は厳しい。
迷っていると、背後から密やかな足音が聞えてきた。
獣らしい気配。足音とは対照的に荒々しい殺気を放っていた。
それが凄い速さで姿を現わした。
星明かりの下、黒い大きな犬が駆けて来た。
凶暴な面構えもだが、それ以上に背中に乗せている赤ん坊には驚かされた。
犬とは不釣り合いの笑顔ではないか。
佐助達に気付くと、ニコニコと笑いながら片手を上げた。挨拶らしい。
よく鞍のない背中から振り落とされないものだ。
言葉の無い佐助だが、ぴょん吉は意外と冷静。
こういう遭遇には慣れているのだろう。
片手を上げて挨拶を返した。
黒犬から放たれる殺気は佐助達には向けられていなかった。
黒犬は一瞥をくれただけで無視して通り過ぎた。
その後を、少し遅れて老婆が追いかけて来た。
人とは思えぬ足運び。
彼女も、佐助と、ぴょん吉に一瞥をくれただけ。
不敵な薄笑いを見せて通り過ぎた。
唖然としている佐助に、「よし、あれを追いかけよう」とぴょん吉。
「えっ、どうして」
「勘だが、あの者達は八王子に向かっているのかも知れん」
佐助は、ぴょん吉の勘を信じる事にした。
黒犬が狐狸達の雄叫びに影響されている、と考えれば納得がいく。
老婆を見失わぬように後を追う。
坂東が必死で駆けた。頼りは星明かりだけ。
険しい山道に入るが、老婆は足を弛めない。
さらに前方の黒犬も同じだ。
坂東の鼻息が荒くなった。
遠くから鉄砲の音が聞えてきた。
続け様に放たれていた。止みそうにない。
微かにだが、大勢の者達が争う声も混じっていた。
どの方向から届くのかは、山々に木霊していて判然としない。
大花火が鶴翼の陣に到達すると同時に爆発した。
耳を劈く轟音と同時に、大花火の中の小石が四方八方に飛び散った。
天魔に操られる者達を襲い、身体に風穴を開け、手足を吹き飛ばした。
鬼並みの強い体躯であっても大花火の敵ではない。
凶暴な炎が燃え広がり、逃げ遅れた者達を容赦なく焼き尽くした。
立ち所に鶴翼の陣の胴体部分が壊滅した。
激しい大爆発であったが、手の空いた狐狸達が気を練り合わせ、
「気の盾」で味方を防御していたので被害はない。
ヤマトは新たな陣形を組ませた。
魚鱗の陣。突撃するための陣だ。
すでに敵の胴体部分は壊滅し、残っているのは両翼のみ。
それぞれ三百人余の敵兵を抱えていた。
ヤマト達は大花火の勢いに乗り、敵の左翼を攻める。
勿論、黒猫が先頭をまっしぐらに駈けた。
その後ろを赤狐と緑狸が、ピョンピョンと跳ねるように付いて行く。
巫山戯たように飛び跳ねるが、足は人よりも速い。
この走り方は二匹が上機嫌な証だ。
慶次郎一行は大爆発で半数の馬を失ってしまった。
飛んで来た小石で傷付くか、怯えて逃走したのだ。
それでも幸いな事に、仲間は一人として失っていない。
敵を目前にして闘志を燃やす者ばかり。
徒の者達と離ればなれにならぬように隊列を組む。
星明かりにヤマト達が見えた。
赤狐と緑狸がいるので見間違えようがない。
星明かりの下、二匹は存在を誇示するように駆けていた。
そこで慶次郎達は、もう一つの軍勢を攻める事にした。
味方は四十にも足りないが気にも留めない。
鬨の声を上げて駆け出した。
騎馬の者達は徒の者達の事も考えて馬足を弛めていた。
それが仇になった。
豪姫が先頭の慶次郎を追い越して行く。
敵しか目に入らぬらしい。
長巻き「鬼斬り」を片手に、颯爽と駆けてゆく。
血は争えない。「槍の又左」と呼ばれる前田利家の娘だけの事はある。
慌てて宇喜多秀家と真田幸村が追走した。
二人は豪姫を押さえようと連続して馬に鞭をくれた。
馬を失い徒となった猿飛、宇喜多の忍者の面々は顔面蒼白。
役目を果たすべく両の足で必死に駆けた。
慶次郎は、後ろの真田昌幸に叫んだ。
「昌幸殿、後はお任せいたす」
徳川、北条軍を手玉に取った彼がいるので安心して任せられた。
鈴風の頬を撫で、「行くぞ」と囁いた。
意を汲み取った鈴風が大きく躍動した。
瞬く間に先を行く秀家と幸村を追い越し、豪姫に迫った。
こちらに背中を向けていた敵勢が動いた。
一斉にこちらを振り返り、隊列を組み替えて三列の横隊となった。
そして槍を持ち直し、ジッと待ち構えた。
豪姫は躊躇わない。
眦を決し、鬼切りを振りかざして突き進む。
豪姫目がけて敵の槍が繰り出された。
そこへ慶次郎が強引に割り込んだ。
己の槍で敵の槍に当る。
まるで鬼を相手にしたような手応え。
辛うじて弾いた。
勢いに任せて敵隊列に突っ込んだ。
正面の敵を鈴風が前足で蹴飛ばした。
騎乗の慶次郎も負けてはいられない。
立ち塞がる敵の槍を籠手で弾き、己の槍で相手の胸元を突いた。
具足ごと深々と貫いた。
手応え充分の筈が敵の動きは止まらない。
刺さった槍を無視し、己の槍を持ち直した。
慶次郎は即座に理解した。
白拍子に聞いた「魔物ではないか」と。
手早く槍を捨てて太刀を抜いた。
そして寄せてきた敵の槍を払い除けた。
具足の隙間を見逃さない。腕を斬り落とし、返す刀で首を刎ねた。
これで、ようやく相手が倒れた。
背後にチラリと目を遣る。
秀家と幸村が豪姫の左右に付いていた。
二人は押し寄せる敵に手こずり、防戦に必死であった。
今さら相手が魔物の軍勢だからと引き返せない。
ここで背中を見せれば全滅は必至。
勢いのまま突破する以外に手はない。
昌幸が味方を引き連れて雪崩れ込んで来た。
左右二手に分けた味方を交互に前進させた。
巧みな差配で敵陣を切り裂く。
そして豪姫等を味方の隊列に吸収した。
やはり頼りになる。
その昌幸が慶次郎に目で何かを訴えてきた。
厳しい色をしていた。
どうやら彼も相手の正体に気付いたらしい。
敵勢も無策ではない。僅かの間に隊列の穴を塞ぐ。
そして多勢の利を活かし、慶次郎達を押し包もうとした。
慶次郎は先手を打った。正面の敵隊列に斬り込み、道を切り開いた。
昌幸が慶次郎の後に続いた。
二手に分けた味方を巧みに入れ替えながら前進させた。
徒の吉岡藤次が先頭に飛び出し、縦横無尽に太刀を振るう。
鋭い切れ味。寄せる敵を具足ごと斬り捨てた。
もう一手の先頭を買って出たのは同じく徒の新免無二斎。
太刀と脇差し、両刀を左右に構え、遅れそうになる味方を叱咤激励。
一方の刀で敵の槍を受け止め、もう一方の刀で相手の片腕を斬り捨て、
ついでのように首をも刎ねた。
それでも味方は一人、また一人と槍で串刺しにされる。
数で勝る敵の単純な力押しに味方は劣勢に陥る。
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正月用に買った本をようやく読み終えました。
逢坂剛、志水辰夫、鳥羽亮、佐藤雅美の四冊。
暇がありすぎると、なかなか読み進めないようで・・・。
新年の初買いは、フリーマントル「片腕をなくした男」でした。
これもまだ読み終えてというか、開いてもいません。
このところ読書のペースが落ちています。
何とかしないと・・・。
昼日中であれば通行人に聞けばいいのだが、すでに日も暮れ、夜道であった。
人影一つなく、人家も見えない。
後ろに相乗りの、ぴょん吉が心配げに尋ねた。
「迷ったか」
「ここまでは大丈夫だ。でも、この先が分からない。右か左か」
川越から八王子に向かっていたが、地元でないだけに夜道は厳しい。
迷っていると、背後から密やかな足音が聞えてきた。
獣らしい気配。足音とは対照的に荒々しい殺気を放っていた。
それが凄い速さで姿を現わした。
星明かりの下、黒い大きな犬が駆けて来た。
凶暴な面構えもだが、それ以上に背中に乗せている赤ん坊には驚かされた。
犬とは不釣り合いの笑顔ではないか。
佐助達に気付くと、ニコニコと笑いながら片手を上げた。挨拶らしい。
よく鞍のない背中から振り落とされないものだ。
言葉の無い佐助だが、ぴょん吉は意外と冷静。
こういう遭遇には慣れているのだろう。
片手を上げて挨拶を返した。
黒犬から放たれる殺気は佐助達には向けられていなかった。
黒犬は一瞥をくれただけで無視して通り過ぎた。
その後を、少し遅れて老婆が追いかけて来た。
人とは思えぬ足運び。
彼女も、佐助と、ぴょん吉に一瞥をくれただけ。
不敵な薄笑いを見せて通り過ぎた。
唖然としている佐助に、「よし、あれを追いかけよう」とぴょん吉。
「えっ、どうして」
「勘だが、あの者達は八王子に向かっているのかも知れん」
佐助は、ぴょん吉の勘を信じる事にした。
黒犬が狐狸達の雄叫びに影響されている、と考えれば納得がいく。
老婆を見失わぬように後を追う。
坂東が必死で駆けた。頼りは星明かりだけ。
険しい山道に入るが、老婆は足を弛めない。
さらに前方の黒犬も同じだ。
坂東の鼻息が荒くなった。
遠くから鉄砲の音が聞えてきた。
続け様に放たれていた。止みそうにない。
微かにだが、大勢の者達が争う声も混じっていた。
どの方向から届くのかは、山々に木霊していて判然としない。
大花火が鶴翼の陣に到達すると同時に爆発した。
耳を劈く轟音と同時に、大花火の中の小石が四方八方に飛び散った。
天魔に操られる者達を襲い、身体に風穴を開け、手足を吹き飛ばした。
鬼並みの強い体躯であっても大花火の敵ではない。
凶暴な炎が燃え広がり、逃げ遅れた者達を容赦なく焼き尽くした。
立ち所に鶴翼の陣の胴体部分が壊滅した。
激しい大爆発であったが、手の空いた狐狸達が気を練り合わせ、
「気の盾」で味方を防御していたので被害はない。
ヤマトは新たな陣形を組ませた。
魚鱗の陣。突撃するための陣だ。
すでに敵の胴体部分は壊滅し、残っているのは両翼のみ。
それぞれ三百人余の敵兵を抱えていた。
ヤマト達は大花火の勢いに乗り、敵の左翼を攻める。
勿論、黒猫が先頭をまっしぐらに駈けた。
その後ろを赤狐と緑狸が、ピョンピョンと跳ねるように付いて行く。
巫山戯たように飛び跳ねるが、足は人よりも速い。
この走り方は二匹が上機嫌な証だ。
慶次郎一行は大爆発で半数の馬を失ってしまった。
飛んで来た小石で傷付くか、怯えて逃走したのだ。
それでも幸いな事に、仲間は一人として失っていない。
敵を目前にして闘志を燃やす者ばかり。
徒の者達と離ればなれにならぬように隊列を組む。
星明かりにヤマト達が見えた。
赤狐と緑狸がいるので見間違えようがない。
星明かりの下、二匹は存在を誇示するように駆けていた。
そこで慶次郎達は、もう一つの軍勢を攻める事にした。
味方は四十にも足りないが気にも留めない。
鬨の声を上げて駆け出した。
騎馬の者達は徒の者達の事も考えて馬足を弛めていた。
それが仇になった。
豪姫が先頭の慶次郎を追い越して行く。
敵しか目に入らぬらしい。
長巻き「鬼斬り」を片手に、颯爽と駆けてゆく。
血は争えない。「槍の又左」と呼ばれる前田利家の娘だけの事はある。
慌てて宇喜多秀家と真田幸村が追走した。
二人は豪姫を押さえようと連続して馬に鞭をくれた。
馬を失い徒となった猿飛、宇喜多の忍者の面々は顔面蒼白。
役目を果たすべく両の足で必死に駆けた。
慶次郎は、後ろの真田昌幸に叫んだ。
「昌幸殿、後はお任せいたす」
徳川、北条軍を手玉に取った彼がいるので安心して任せられた。
鈴風の頬を撫で、「行くぞ」と囁いた。
意を汲み取った鈴風が大きく躍動した。
瞬く間に先を行く秀家と幸村を追い越し、豪姫に迫った。
こちらに背中を向けていた敵勢が動いた。
一斉にこちらを振り返り、隊列を組み替えて三列の横隊となった。
そして槍を持ち直し、ジッと待ち構えた。
豪姫は躊躇わない。
眦を決し、鬼切りを振りかざして突き進む。
豪姫目がけて敵の槍が繰り出された。
そこへ慶次郎が強引に割り込んだ。
己の槍で敵の槍に当る。
まるで鬼を相手にしたような手応え。
辛うじて弾いた。
勢いに任せて敵隊列に突っ込んだ。
正面の敵を鈴風が前足で蹴飛ばした。
騎乗の慶次郎も負けてはいられない。
立ち塞がる敵の槍を籠手で弾き、己の槍で相手の胸元を突いた。
具足ごと深々と貫いた。
手応え充分の筈が敵の動きは止まらない。
刺さった槍を無視し、己の槍を持ち直した。
慶次郎は即座に理解した。
白拍子に聞いた「魔物ではないか」と。
手早く槍を捨てて太刀を抜いた。
そして寄せてきた敵の槍を払い除けた。
具足の隙間を見逃さない。腕を斬り落とし、返す刀で首を刎ねた。
これで、ようやく相手が倒れた。
背後にチラリと目を遣る。
秀家と幸村が豪姫の左右に付いていた。
二人は押し寄せる敵に手こずり、防戦に必死であった。
今さら相手が魔物の軍勢だからと引き返せない。
ここで背中を見せれば全滅は必至。
勢いのまま突破する以外に手はない。
昌幸が味方を引き連れて雪崩れ込んで来た。
左右二手に分けた味方を交互に前進させた。
巧みな差配で敵陣を切り裂く。
そして豪姫等を味方の隊列に吸収した。
やはり頼りになる。
その昌幸が慶次郎に目で何かを訴えてきた。
厳しい色をしていた。
どうやら彼も相手の正体に気付いたらしい。
敵勢も無策ではない。僅かの間に隊列の穴を塞ぐ。
そして多勢の利を活かし、慶次郎達を押し包もうとした。
慶次郎は先手を打った。正面の敵隊列に斬り込み、道を切り開いた。
昌幸が慶次郎の後に続いた。
二手に分けた味方を巧みに入れ替えながら前進させた。
徒の吉岡藤次が先頭に飛び出し、縦横無尽に太刀を振るう。
鋭い切れ味。寄せる敵を具足ごと斬り捨てた。
もう一手の先頭を買って出たのは同じく徒の新免無二斎。
太刀と脇差し、両刀を左右に構え、遅れそうになる味方を叱咤激励。
一方の刀で敵の槍を受け止め、もう一方の刀で相手の片腕を斬り捨て、
ついでのように首をも刎ねた。
それでも味方は一人、また一人と槍で串刺しにされる。
数で勝る敵の単純な力押しに味方は劣勢に陥る。
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正月用に買った本をようやく読み終えました。
逢坂剛、志水辰夫、鳥羽亮、佐藤雅美の四冊。
暇がありすぎると、なかなか読み進めないようで・・・。
新年の初買いは、フリーマントル「片腕をなくした男」でした。
これもまだ読み終えてというか、開いてもいません。
このところ読書のペースが落ちています。
何とかしないと・・・。
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