俺は質問には質問で応じた。
「貴方は斧の小町の機敏な身体捌きを目の当たりにして、どう感じました」
比良信安は顎に手を当て、遠くを見る表情をした。
「驚いた。陳腐な表現だが、人間離れして獣そのものだった」
俺は周りを見回し、みんなに問う。
「皆様は武門の方々ですから、小さな頃より剣術の稽古を積まれましたよね。
そこで敢えて問います。
あの動きを真似できますか」
誰も頷かない。
「剣術を修めておるが、あれは無理だ」一人が吐き捨てた。
「ところが何の素養もない百姓の娘が、猿のように飛び跳ね、熊の如き怪力をみせ、
皆様方を相手に一騎当千の働き。
まるで関羽か張飛。
・・・。
何時までも続けられると思いますか」
「当然だが直に疲れが出る。
関羽か張飛も討たれた」
「そう、疲れです。
疲れない分けがない。
斧の小町は獣のような身体捌きを続けることによって、
自分で自分の首を絞めている、と思うのです。
全身を酷使しているツケが今にきます。
骨が折れるか、あるいは筋が切れるか。
今の状態は長くは保たないでしょう」
姫さんが口を開いた。
「それなら嬉しいが、信じて良いのか」
俺は姫さんと視線を交わして深く頷き、再び比良信安に質問した。
「古文書によるとですが、
赤い満月の夜に現れた怪物の騒動は数日で終結していますよね」
「そうだ。
退治したとは一つも記されていないが、数日で終わっている。
それとともに、最期に姿を見られた近くでは、山の獣の死体が沢山見つかっている。
それからすると、お主の言を信じればだが、
骨が折れ、筋が切れたところを獣達に襲われ喰い殺された、と解釈も出来る」
「まあ、全てが喰い殺されたとは言いません。
でも怪物は数日で姿を消す。
赤い満月の影響は数日で終わる、そう考えています。
・・・。
そして、身体を壊すことなく生き延びた者が血筋を残す。
その血を受け継いだ者全てが、とは言いませんが、
ある程度の、ごく少数の子孫が赤い満月を見ると強い影響を受けて怪物になる。
そう考えると突然出現することも、数日で消えることも辻褄が合う。違うでしょうか」
比良信安がフムフムとばかりに頷いた。
「否定出来ない」
姫さんが問う。
「身体を壊すことなく生き延びた者と言うけど、怪物には違いないんでしょう。
どうやって村や町に住みつくの」
「山で暮らす者も大勢いるのです。
隠れ住む場所には事欠きません。
・・・。
もっとも、ここまで喋ったことは何一つ確証がありません。
そうなのではないか、と思ったことを口にしました」
その時だった。
千住の宿側に強烈な殺気。
まるで一陣の風になったかのよう、こちらに跳んで来た。
途中の大勢を蹴散らして目の前に現れた。
斧の小町。
血走った目で獲物を捉えていた。
俺ではなく姫さんを捉えていた。
奴は陽射しを苦手とし、日の出とともに姿を消す、とばかり思っていた。
それが裏切られた。
愕然としたが、同時に俺の足は自然に動いていた。
姫さんの前に立ちはだかって斧の小町を突進を受け止めた。
牛の突進を受け止めたかのような衝撃。
角がないのは幸いであった。
奴の剛力を僅かな後退だけで耐えた。
奴は斧を落としたのか、手放したのか、それは知らないが素手であった。
互いに両腕で組み合った。
血飛沫が舞った。
奴の右肩の皮膚が裂けて骨が突き出た。
白い骨と赤い血。
ようやく姫さんが悲鳴を上げ、周りの者達が立ち騒ぐ。
一人、二人と刀を抜いた。
一撃で仕留められれば良いが、逆に刀を奪われる事態になれば最悪。
姫さんが危うい。
奴の荒い鼻息が俺にかかった。
心底からの恐怖が俺を襲う。
それでも俺は退かなかった、というか、退けない。
姫さんが背後にいる。
奴が手に力をこめた。
俺を引き剥がし、姫さんを捕らえようとした。
俺は、みんなに怒鳴った。
「刀は抜くな。姫さんを傷付けたら拙い。
俺もろとも川に落とせ」奴が泳げないことを願った。
俺は、ありたっけの力を振り絞って方向を転じた。
奴と踊っているかのような足捌きで、反転を繰り返しながら、欄干へ、欄干へと。
奴の消耗は明らかだった。
なにしろ、この俺と力が互角なのだ。
俺の背が欄干にドンとぶつかった。
「未だ、足を掴んで川に落とせ」
分かったのか、分かっていないのか、奴の手が俺の喉元に伸ばされた。
引き千切るかのように掴む。
俺の両足が宙に浮いた。
奴も足が宙に浮くと、激しく足掻いて抵抗した。
喚きながら、ジタバタ。
それでも俺の喉元からは手を離さない。
俺も奴から手を離さない。
誰かが俺の耳元に怒鳴った。
「何としても泳いで生き残れ」
答える間もなく欄干から落とされた。
頭から真っ逆さまに落ちて行くが、互いに掴んでいる手だけは離さない。
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比良信安は顎に手を当て、遠くを見る表情をした。
「驚いた。陳腐な表現だが、人間離れして獣そのものだった」
俺は周りを見回し、みんなに問う。
「皆様は武門の方々ですから、小さな頃より剣術の稽古を積まれましたよね。
そこで敢えて問います。
あの動きを真似できますか」
誰も頷かない。
「剣術を修めておるが、あれは無理だ」一人が吐き捨てた。
「ところが何の素養もない百姓の娘が、猿のように飛び跳ね、熊の如き怪力をみせ、
皆様方を相手に一騎当千の働き。
まるで関羽か張飛。
・・・。
何時までも続けられると思いますか」
「当然だが直に疲れが出る。
関羽か張飛も討たれた」
「そう、疲れです。
疲れない分けがない。
斧の小町は獣のような身体捌きを続けることによって、
自分で自分の首を絞めている、と思うのです。
全身を酷使しているツケが今にきます。
骨が折れるか、あるいは筋が切れるか。
今の状態は長くは保たないでしょう」
姫さんが口を開いた。
「それなら嬉しいが、信じて良いのか」
俺は姫さんと視線を交わして深く頷き、再び比良信安に質問した。
「古文書によるとですが、
赤い満月の夜に現れた怪物の騒動は数日で終結していますよね」
「そうだ。
退治したとは一つも記されていないが、数日で終わっている。
それとともに、最期に姿を見られた近くでは、山の獣の死体が沢山見つかっている。
それからすると、お主の言を信じればだが、
骨が折れ、筋が切れたところを獣達に襲われ喰い殺された、と解釈も出来る」
「まあ、全てが喰い殺されたとは言いません。
でも怪物は数日で姿を消す。
赤い満月の影響は数日で終わる、そう考えています。
・・・。
そして、身体を壊すことなく生き延びた者が血筋を残す。
その血を受け継いだ者全てが、とは言いませんが、
ある程度の、ごく少数の子孫が赤い満月を見ると強い影響を受けて怪物になる。
そう考えると突然出現することも、数日で消えることも辻褄が合う。違うでしょうか」
比良信安がフムフムとばかりに頷いた。
「否定出来ない」
姫さんが問う。
「身体を壊すことなく生き延びた者と言うけど、怪物には違いないんでしょう。
どうやって村や町に住みつくの」
「山で暮らす者も大勢いるのです。
隠れ住む場所には事欠きません。
・・・。
もっとも、ここまで喋ったことは何一つ確証がありません。
そうなのではないか、と思ったことを口にしました」
その時だった。
千住の宿側に強烈な殺気。
まるで一陣の風になったかのよう、こちらに跳んで来た。
途中の大勢を蹴散らして目の前に現れた。
斧の小町。
血走った目で獲物を捉えていた。
俺ではなく姫さんを捉えていた。
奴は陽射しを苦手とし、日の出とともに姿を消す、とばかり思っていた。
それが裏切られた。
愕然としたが、同時に俺の足は自然に動いていた。
姫さんの前に立ちはだかって斧の小町を突進を受け止めた。
牛の突進を受け止めたかのような衝撃。
角がないのは幸いであった。
奴の剛力を僅かな後退だけで耐えた。
奴は斧を落としたのか、手放したのか、それは知らないが素手であった。
互いに両腕で組み合った。
血飛沫が舞った。
奴の右肩の皮膚が裂けて骨が突き出た。
白い骨と赤い血。
ようやく姫さんが悲鳴を上げ、周りの者達が立ち騒ぐ。
一人、二人と刀を抜いた。
一撃で仕留められれば良いが、逆に刀を奪われる事態になれば最悪。
姫さんが危うい。
奴の荒い鼻息が俺にかかった。
心底からの恐怖が俺を襲う。
それでも俺は退かなかった、というか、退けない。
姫さんが背後にいる。
奴が手に力をこめた。
俺を引き剥がし、姫さんを捕らえようとした。
俺は、みんなに怒鳴った。
「刀は抜くな。姫さんを傷付けたら拙い。
俺もろとも川に落とせ」奴が泳げないことを願った。
俺は、ありたっけの力を振り絞って方向を転じた。
奴と踊っているかのような足捌きで、反転を繰り返しながら、欄干へ、欄干へと。
奴の消耗は明らかだった。
なにしろ、この俺と力が互角なのだ。
俺の背が欄干にドンとぶつかった。
「未だ、足を掴んで川に落とせ」
分かったのか、分かっていないのか、奴の手が俺の喉元に伸ばされた。
引き千切るかのように掴む。
俺の両足が宙に浮いた。
奴も足が宙に浮くと、激しく足掻いて抵抗した。
喚きながら、ジタバタ。
それでも俺の喉元からは手を離さない。
俺も奴から手を離さない。
誰かが俺の耳元に怒鳴った。
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頭から真っ逆さまに落ちて行くが、互いに掴んでいる手だけは離さない。
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