遺体に取り縋っていた者達が姫さんに気付いた。
慌てて脇に寄り、平伏しようとした。
ところが姫さんは、そんな彼等に優しい言葉をかけた。
「そのまま、そのまま、そのままで良いのです。
亡くなった者達に挨拶させて頂きます」
身分の隔てなく一人ひとりの顔を拝んで回る。
亡くなった者に手を合わせ、悼む仕草には威があった。
いや、こういう場であるから余計に、そう感じるのかも知れない。
かなりの時間が経った。
朝日も昇っていた。
辺りは新たに現れた者達で溢れようとしていた。
旗本御家人だけではない。
大名達までが家来を引き連れ、出動して来た。
騒々しくなったが姫さんの耳には入らぬらしい。
最後の一人まで一切、手を抜かない。
姫さんの疲れを見て取った女武者の一人が、途中で切り上げさせようとしたのだが、
「これも務めです」として聞き入れなかった。
真面目と言えば真面目。
俺からすれば損な性格とも言えた。
全て終えた姫さんが辺りの様子を見回して嘆息した。
「これだけの人数、今さら遅いわね」
武家だけではない。
野次馬も数を増していた。
俺は姫さんに歩み寄り、意見した。
「火盗改の頭も忙しくて、こちらまで手が回らないのだろう。
ここは姫さんの名で、規制したらどうだろう」
「規制・・・」
「街道に見張りを置いて、
立ち入りを許すのは怪我人の手当てが出来る者と、遺体を運べる者だけに限り、
他の者は身分に関係なく立ち帰らせる」
姫さんは一も二もない。
「それなら混乱が回避できるわね」
「姫さんの名代として守り役の方々が見張りに立てば、誰も異を唱えられないでしょう」
女武者七人が街道に立てば、それと傍目にも分かる。
あえて異を唱えても、女相手に力尽くで押し通ろうとはせぬだろう。
七人の女武者は反発した。
私達に課せられた役目は姫様を守ることと主張した。
それを姫さんが説得した。
「今は人手が足りないのです」
姫さんの傍に俺一人を残して、残り全員が移動を開始した。
彼女達が引き連れて来た足軽小者に加え、城方の足軽槍隊もだ。
これだけの人数が七人の背後に控えていれば、それ相応の圧力になる筈だ。
姫さんが俺を振り返った。
余裕のある口振りで、「さあ、家来、露払いなさい」と言い付けたのだが、
疲れだけは隠せない。
目の下に隈。
しかし、それを指摘すれば怒りを買い、余計に疲れさすことになる。
おれは返事代わりに肩を竦めた。
姫さんは怒る気力がないようだ。
「怪物の所に向かうわよ」先に向かおうとした。
俺は露払いを務めた。
怪物・金太郎の遺骸は大橋の真ん中辺りにあった。
その周りには黒山の人集り。
火盗改の頭・福田直太郎や陰陽師の比良信安の顔も。
何かをしている分けではなさそう。
皆が皆、無為に一種の野次馬として化していた。
戦いが終わったのに、その後始末が出来ぬのは、
現場の指揮を執っている者が素人のせいだろう。
俺は声を上げて伝えた。
「姫様のご到着です」
俺にだけ聞こえるように姫さんが呟いた。
「姫さんから姫様になったのね。良い心がけですよ、家来の小一郎」
効果は絶大。
人垣が二つに割れた。
場所が空けられた。
怪物の直ぐ傍に姫さんが歩み寄ると、お歴々が周りに来て挨拶した。
新顔もあるのだが、俺には誰が何者なのかは分からない。
分かろうとも思わない。
関わりのないこと。
この後も関わることはないだろう。
俺は姫さんの威を借りて最前列に出た。
怪物の顔を改めて見た。
若い、二十歳前か。
分かってはいたが相棒の斧の小町に瓜二つ。
さっきまでは何の興味もなかったのだが、不意に湧いて来た。
そこで姫さんの威を遠慮なく発揮した。
周りの者達に指示して怪物の衣服を剥がした。
遺骸は傷だらけ。
刀傷、矢傷、槍傷、鉄砲の弾傷。
直ぐに気付いた。
おかしい。
おかしいのだ。
・・・。
それは置いて、片膝ついて傷口を検めた。
一つひとつに指を差し込み、深さまでを測った。
両手が血に染まるが、気にしてはいられない。
腹側を検め終えると、怪物を無造作に転がし、背側を検めた。
何時の間にか周りの声が消えていた。
みんなの視線が俺に突き刺さった。
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触れる必要はありません。
ただの飾りです。

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朝日も昇っていた。
辺りは新たに現れた者達で溢れようとしていた。
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大名達までが家来を引き連れ、出動して来た。
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姫さんの疲れを見て取った女武者の一人が、途中で切り上げさせようとしたのだが、
「これも務めです」として聞き入れなかった。
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俺からすれば損な性格とも言えた。
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「これだけの人数、今さら遅いわね」
武家だけではない。
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俺は姫さんに歩み寄り、意見した。
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「規制・・・」
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立ち入りを許すのは怪我人の手当てが出来る者と、遺体を運べる者だけに限り、
他の者は身分に関係なく立ち帰らせる」
姫さんは一も二もない。
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俺は露払いを務めた。
怪物・金太郎の遺骸は大橋の真ん中辺りにあった。
その周りには黒山の人集り。
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皆が皆、無為に一種の野次馬として化していた。
戦いが終わったのに、その後始末が出来ぬのは、
現場の指揮を執っている者が素人のせいだろう。
俺は声を上げて伝えた。
「姫様のご到着です」
俺にだけ聞こえるように姫さんが呟いた。
「姫さんから姫様になったのね。良い心がけですよ、家来の小一郎」
効果は絶大。
人垣が二つに割れた。
場所が空けられた。
怪物の直ぐ傍に姫さんが歩み寄ると、お歴々が周りに来て挨拶した。
新顔もあるのだが、俺には誰が何者なのかは分からない。
分かろうとも思わない。
関わりのないこと。
この後も関わることはないだろう。
俺は姫さんの威を借りて最前列に出た。
怪物の顔を改めて見た。
若い、二十歳前か。
分かってはいたが相棒の斧の小町に瓜二つ。
さっきまでは何の興味もなかったのだが、不意に湧いて来た。
そこで姫さんの威を遠慮なく発揮した。
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遺骸は傷だらけ。
刀傷、矢傷、槍傷、鉄砲の弾傷。
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おかしい。
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両手が血に染まるが、気にしてはいられない。
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