幕末の長崎で活躍した人~「木下逸雲」~2 2012-06-01 15:01:19 | 長崎の歴史 長崎八幡町乙名(町役人)木下清左衛門勝茂の 三男に生まれる。 木下家は本姓藤原氏で、 代々八幡町の乙名職を勤めた家柄 文化14年(1817)18歳で 兄潤太郎従賢の跡を継いで乙名となる。 文政12年(1829)30歳で辞職し、 その役を兄の子勇之助隆衡に譲る。 自身は元来関心のあった医師を生業とし、 医門名を得生堂と称した。 蘭医オットー・モーニケによって伝えられた種痘術の 普及に努めている。 古美術崎陽 長崎の歴史 « 幕末の長崎で活躍した人~「... | トップ | 幕末の長崎で活躍した人~「... »
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