本日の朝日俳壇入選句40句から天地わたると木村弘子が気になった句を取り上げて語ります。
天地が●、木村が○。
【稲畑汀子選】
見事咲きそれほど手入れせぬ薔薇が 福島テツ子
○我が家の庭の薔薇で実感です。「それほど」がソフトな表現で気に入りました。
●上五は「見事咲く」として落ち着かせて欲しいですが、「それほど手入れせぬ薔薇が」は自分に引き付けた言葉です。
渓流やここも東京若葉風 村井田貞子
●たとえば奥多摩の渓谷を思います。東京の西のほうは山と川で最高峰の雲取山は標高2017mもある。「渓流のここも東京若葉風」と一気に浴びせ倒してもいいところですが視点がいい。
○私も渓流とちょっと違うかもしれませんが、多摩川の景を思いました。東京にも自然の気持ちの良い若葉風を経験できるところがありますね。
肩軽し任解かれたる更衣 福山悦子
○定年退職されたか、あるいはコロナ騒ぎで失業を余儀なくされた人でしょうか。「肩軽し」でほつとされた感じと、一抹の愁いを感じます。
●失業ではないでしょうね。無事長きにわたる仕事を終えた安堵感でしょう。「任解かれたる更衣」が作者独自のもので納得しました。
【長谷川櫂選】
涼しさを裸にしたる若さかな 稲垣 長
○「涼しさを裸」って擬人化でしょうか。トップの句として取り上げている、選者の意図を知りたいです。
●表現が凝っています。つまり涼を得るために着ているものを脱いだ、ああ涼しいなあ。脱ぐって若いんだよ、その人がたとえ80歳でも。女優さんが脱ぐのとは違う趣旨です。
蟇なんとかなるの構へかな 小出 功
●「なんとかなるの構へ」は言い得て妙。のそっとしてほとんど動かないあの姿に泰然自若を見たのがいい。
○蟇の季語がふてぶてしくどーんと構えた感じがし、私の人生観とマッチしているような気がして頂きました。
●アニミズムというのか命に密着した詠み方に好感を持ちました。
草を引く青き宇宙に身をゆだね 下道信雄
○小さな庭の草採りをしながら、草も自分も宇宙に存在しているんだなあ……と。そしてあの世のことも考えた句です。
●ええっ、あの世ですか。ぼくもこの夏かなり丈のある草を刈りました。あまり草が深いと刈る人が倒れちゃうんです。「青き宇宙に身をゆだね」は大げさのようで感覚でわかります。
花の如開く口元さくらんぼ 縣 展子
○女の子がさくらんぼを食べている、可愛いしぐさが想像されます。「花の如」が優雅できれい。
●口が花のようでそこに赤いさくらんぼが入ってゆく。男は高校生くらいの女性といっていい成熟を感じてしまいます。楚々としたエロティシズム。
白夜とは広場に兵士銃を持つ 寺本久夫
●モスクワに白夜があるか知らぬがあそこを思った。革命を達成し横たわっている白い屍のレーニン。
○白夜の季語と兵士の関係性がわかりませんが、銃を持つ兵士なんてちょっと物騒ですね。俳句として優れているのでしょうか。
●「白夜とは」という言い方は理屈めいていますが後に来る文言で決まったと思います。
もう一度祖母が亡くなる春の夢 矢野美与子
●夢の中で祖母が亡くなった。夢から覚めるとその祖母はとうに亡くなっていた。二重構造で祖母を描いて思いが深い。
○大好きなおばあちゃん、夢でもいいから会いたいなあ。私もそんな思いを与えるようないいおばあちゃんになりたい。
七月や遂に軍馬の食はれけり 森井敏行
●太平洋戦争末期の大陸のことかと思う。八月が無条件降伏を受け入れた月、その前の切羽詰まった窮状が端的に描かれている。
○終戦間近、食糧難の様子でしょうか。愛馬も生きるために許して、と辛い体験ですね。
●俳句で一句の中に「や」「けり」という強力な切字が同居するのは御法度とされていますが、あまり気になりませんでした。
【大串 章選】
親竹の凌ぐも皮を脱ぎ切れず 上村美津子
○子供は親からみればいつまでも子供です。もしかしたら子供の方がずーっと成長しているかもしれません。「凌ぐも」の意味が微妙。
●ぼくはこの句、疑問なんです。作者は「凌ぐ」で高さ、丈のことを言ってるとしたら親竹くらいになってもを凌ぐほど伸びるでしょうか。主観が入り込み過ぎていないでしょうか。
万緑を二軒で分けて峡暮らし 丹羽利一
●選者も評価するように、「二軒で分けて」に味がある。そう広くない谷の空間とそこに繁茂する草木が見える。
○「二軒で分けて」は子供達家族が、山峡で新生活を始めたのかなあ。
●昔よくあった本家と新家ですか。そうじゃないと思います。血族かもしれませんが家が二軒あるということでいいと思います。
父と子の足跡残る植田かな 天野昭正
○農村での後継者問題をよく耳にしますが、父と子が仲良く田植えをした様子にほっとし、平和を感じました。
●足跡に大小があって作者はそれを母と子ではなく父と子を思いました。そこに弘子さんのいうような願いがあります。
草笛の泣き声めきて山路かな 松島律子
●道がどんどん細くなってさびしげな風景になっていく。それが「泣き声めきて」でうまく出たと思います。
○草笛ってちょっと切ない音がしますね。山道を一人歩いて草笛を吹いた印象ですね。
【高山れおな選】
時計狂ふ雪加と時鳥鳴けば 上川畑裕文
●選者が「鳥たちの協奏の激しさが、<時計狂ふ>という幻想を呼び起こした」と評するように鳥の声がけたたましくて豊か。
○確かに沢山の鳥たちが一斉に囀っていると時間を忘れてしまいそうですね。春になって鳥たちも嬉しいのでしょう。
沖縄の足らぬ屍を原爆忌 浜田 昭
●選者が「<足らぬ屍>はうめくような怒りの表現だ」という。見つかっていない遺骨のことだと推察するが、人身御供としての数が足りないという誤解を生まないか……洪水をおさめるために水神に人柱を供したということがあるので。よい素材ゆえここは「沖縄の不明の屍原爆忌」としたほうがいいのでは。そうした場合、季語が近いという問題はあるが。
○沖縄には原爆は落ちませんでしたが、戦争の大きな犠牲を蒙ったところですね。大人も子供もたくさんの屍を想像して辛いです。
●沖縄に原爆が落ちなかったこともありますし、屍で戦争関係の季語がくるとべた付きなので季語は替えたほうが深みが出るでしょうね。
筍のペンギンほどの背丈かな 竹内宗一郎
●深い内容ではなくスケッチですが筍に対してペンギンを持ってきて意外性があり楽しいです。
○筍で可愛いペンギンを思い浮かべた作者は、きっとロマンチストですね。面白いです。
生きるとは演ずることよ七変化 長谷川瞳
●色の移り変わる紫陽花を見て人生を思う作者。人は場面場面で見せる顔、言う言葉を意識して世渡りをする。
○確かに納得する部分もありますが、演歌調でちょっと甘いかな。
●そう悪くもないですが臭みはありますね。生き方を詠むとどうしても。
嘘つきは孤独な人や水羊羹 宗本智之
○教訓めいてあまり好感が持てません。『水羊羹』の季語がふさわしいかどうか。
●前の句と同様、理がはたらいています。それで教訓めくわけです。それでも句は季語次第でうまくいくことがありますが、この場合水羊羹は疑問です。
撮影地:府中市南部