サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10512「グリーン・ゾーン」★★★★★★★☆☆☆

2010年12月25日 | 座布団シネマ:か行

『ボーン・スプレマシー』『ボーン・アルティメイタム』のマット・デイモンとポール・グリーングラス監督が、3度目のタッグを組んだサスペンス・アクション。イラク中心部のアメリカ軍駐留地域“グリーン・ゾーン”を舞台に、大量破壊兵器の所在を探る極秘任務に就いた男の決死の捜査を描く。共演には『リトル・ミス・サンシャイン』のグレッグ・キニア、『ハリー・ポッター』シリーズのブレンダン・グリーソンらが顔をそろえる。銃撃戦などのアクション・シークエンスを手持ちカメラで活写した臨場感あふれる映像は圧巻。[もっと詳しく]

「大量破壊兵器(WMD)」の存在を煽ったのは、誰であったのか。

2010年も残り少ないが、今年もっとも考えさせられたのは、「機密情報」の公開あるいは流出問題であった。
日本では厚生省の村木厚子局長が「凛の会」事件で大阪特捜部前田主任検事によって証拠書類のFDを改竄されるという事件が起こり、上司の大坪特捜部長らも含めた組織ぐるみの隠蔽工作ではないかということで、検察の「権威」を地に落とすスキャンダルとなった。
発端は、前田主任の同僚の検事らによる内部告発だといってもいい。
中国船による尖閣諸島沖での衝突事件においては、逮捕した船長を中国政府の圧力の前にすごすごと送還した弱腰民主党政権のていたらくはともあれ、その記録映像を公開しておればよかったものを理由にもならない理由をつけて公開をしぶったあげく、ひとりの海上保安官によってYouTubeに流出され、国際的な赤っ恥をかいた事件では、結局海事の情報管理の脆弱さを問題視するだけで幕を引こうとしている。
警視庁の公安部外事3課が作成したと見られる国際テロ関連資料流出では、2ヶ月余りも明々白々な流出の事実も調査中とのことで公式には認めず、最近になってイスラム教徒らの告発を認める形でしぶしぶ事実上形式的な謝罪をしたが、まだ情報漏えいルートについての明確な説明は無い。



国際的に見れば、なんといってもウィキリークスの120万を超えるといわれる機密情報公開による世界の権力者たちの大慌てぶりである。
創始者であるジュリアン・アサンジはインターポールによって「別件」で拘束されたが、世界中のネチズンたちの多くは喝采を送った。
国内外を問わず、インターネット社会の中で、情報を秘匿しようという側の目論見は、いとも簡単に破綻するものであることは明らかになっている。
内部告発などの方法をとって、あるいはハッキングによって取得された機密情報は、もちろん精査すればあえて機密にするほどでもないゴミ情報や、情報漏えいをあえて狙うと言った高度な情報操作もあるかもしれないが、少なくとも「口伝」でない限り、デジタル化された情報は、どのようにセキュリティをかけたとしても、完璧に漏洩を防ぐということは、相当程度困難になってきている。
一連の機密情報のリークに関して、もっともその存在理由を問われたのは、第三の権力と言われて久しいマスコミである。
論説委員の解説や、メディアの社説などを見るにつけ笑ってしまうのだが、記者クラブによって守られ、意図を持った「権力」の世論操作のためのリークを、そのまま自分たちの特権のように垂れ流している日本のマスメディアは、自分たちの存立基盤をもう説明することも出来ない。
ウィキリークスの情報が、まず日本のマスメディアに提供され、真偽の解明を委託されたとき、はたして真っ向から向かい合うマスメディアなど存在するのだろうか。



ウィキリークスに対する摘発は、世界各国で厳しくなるだろうし、逆にウィキリークスに対するミラーサイトの提供の動きはいたちごっこのように止まることは無いだろう。
そして主要メディアやグーグルやアップルが圧力を受けて便宜の供用を停止したとしても、世界的なユーザーからなるコミュニティがその文書を精査したり、議論したりすることに対しては、歯止めをかけることなど出来ない。
そのことに対して、少なくともわが日本の民主党政権の閣僚の中で、見識に値する発言は皆無といってもいい。
『グリーンゾーン』という映画は、2003年3月19日のブッシュによるイラン戦争開始の根拠とされるイランの「大量破壊兵器(WMD)の存在」という名分が、でっちあげられたものであったことを告発した社会派映画である。
マイケル・ムーアはこの作品に対して、「私はこの映画が作られたことが信じられない。愚かにもアクション映画として公開されてしまった。ハリウッドで作られたイラク戦争映画としては最もまっとうである」との賛辞を送っている。
たしかに、『ボーン・スプレマシイ』(04年)や『ボーン・アルティメイタム』(07年)でタッグを組んだポール・グリーングラス監督とマット・デイモンのコンビである。
配給会社が「ジェイソン・ボーン」シリーズを超えるマット・デイモンのアクション活劇との謳い文句で宣伝を仕掛けたことにも、仕方がないところもあるかもしれない。



MET隊長であるロイ・ミラー(マット・デイモン)は、WMDの発見のため緊急出動するが、三度も続けて空振りに終わった。
どこかおかしいと感じたミラーは、CIAのマーティンやウォールストリートジャーナルのローリーと接触しながら、情報提供者であるMagellanを探る中で、政府高官であるバウンドストーンらの陰謀に気づくことになるのだが・・・。
グリーンゾーンとは、かつて連合国暫定当局があったバクダッド市内10km圏内の「安全地帯」を指している。
バウンドストーンらは、このグリーンゾーンの中で、情報を操作しながら、真実を隠蔽しようとしている。
ロイ・ミラーら現場の軍人たちは、もちろんその外側にあるレッドゾーンで命をかけているのである。
『グリーンゾーン』の主要な登場人物たちには、もちろんモデルがいる。



もっとも重要なのは、映画の中でローリーと呼ばれるバクダッド特派員の女性記者である。
彼女が政府高官であるバウンドスイートに操られて、WMDの存在を煽るスクープを出しているからだ。
実際には、ニューヨーク・タイムズのジュディス・ミラー女史がモデルだ。
ピューリッツアー賞にも輝いたことのある名物記者であるが、2002年9月8日に「イラクが過去1,2年にウラン濃縮技術に必要なアルミニウム管数千本を入手しようとしていた」という政府関係者からの情報を掲載した。
この記事は、チェイニー副大統領の自作自演ともいう捏造記事であったが、ニューヨークタイムズは情報源の秘匿を理由に、ディープスロートを秘匿し続けた。
後に連邦大陪審での証言を拒否したため収監されたミラー女史が一転して取材源を明らかにすると、ニューヨークタイムズは今度は全社を上げて非難に回り、あるコラムニストは「大量破壊女」と女史を罵ったりもした。



ともあれ、イラク戦争はWMDの存在を捏造し、かつ「予防戦争」という理屈で数万人のイラク民間人を殺害した、「イラク民主化」を建前とした虐殺でもあった。
当時のブッシュ大統領やドナルド・ラムズフェルド国防長官やチェイニー副大統領らのご都合主義の言説を忘れてはならない。
もちろんWMDの存在を断言しまっさきにブッシュ支持をぶちあげながら、WMDが存在しなかったことが明白になるや「思いと予想と見込みは外れることがある」としゃあしゃあと言ってのけた小泉元首相や、「イラク攻撃の支持は合理的な判断だった」と言ってのける安部元官房長官の言説を忘れてはならない。
イラク戦争開始時にメジャーマスコミも開戦一辺倒であり国民の70%がイラク戦争を支持していたアメリカ世論だが、WMDが捏造とわかり、開戦5年後のCNN調査では国民の31%が支持、67%が不支持と完全にひっくりかえっている。
この年にパウエル国務長官は、イラク攻撃を正当化した国連演説は「人生の汚点だ」と語っている。
そして、IED(即席爆破装置)によってアメリカ兵にも4000人の戦死者、3万人の重傷者を出しながら、アメリカ兵の引き揚げは、多くの不安と矛盾を残しつつも、ともあれ2011年末には完了するのである。



『グリーンゾーン』の評価をめぐっては、アメリカでも賛否両論のようだ。
主人公であるロイ・ミラーの行動をめぐっては(もちろんモデルがいるのだが)、「おそろしく反米である」と非難する論者もいる。
逆に、内部告発者としての勇気を讃える論者も多い。
どちらにせよ、ハリウッド映画のひとつの伝統でもある社会派告発のジャンルにおいて、このポール・グリーングラスらのプロダクションには、『ユナイテッド93』(06年)のスタッフたちをはじめ、現在もっとも先鋭的でジャーナリスティックでもある良心的な映画人たちが集結していることは、疑いようがないところだ。

kimion20002000の関連レヴュー

ボーン・スプレマシー
ユナイテッド93






 


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12 コメント

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いろんな評価があり得ますが (KGR)
2010-12-27 11:14:28
私には言い訳映画に見えました。

政治のミスリードと言う意味では正しいんでしょうけど、諸悪の根源=ミスリードの中心はもっと複雑では。

それに、ミラーもデインも短絡的すぎる気がしました。
苦悩するジャーナリズムと言う点では「大いなる陰謀」のメリル・ストリープの方が良くできていたと思います。
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KGRさん (kimion20002000)
2010-12-27 17:22:57
こんにちは。
当然、そういう評価もあると思います。
諸悪の根源は、もっと複雑だし、とても2時間映画には収まらないでしょう。
9.11以降についてみれば、その後のアフガン、イラン戦争含めて、さまざまな視点が出始めていて、この作品もそのひとつだと思います。
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はじめまして (ゴーダイ)
2010-12-28 04:39:03
このたびはトラックバックありがとうございます。記事大変興味深く読ませていただきました。
私はこの映画の主人公のような人もいたと思います。
歴史や国家や組織と言った大きな流れを変えることはなかなか難しいですが、私たち日本人でさえこの戦争を間接的に支持してしまったのですから、いろいろ考えていかなければいけませんよね。
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ゴーダイさん (kimion20002000)
2010-12-28 04:48:20
こんにちは。
主人公のモデルとなった人物が、映画のアドバイザー役にもついたみたいですね。
娯楽映画ですから、描き方が中途半端であるという指摘も多いのですが、ハリウッドの社会派映画という範疇で言えば、とてもよくまとめられていると思います。
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どっちにしろ (sakurai)
2010-12-28 10:15:27
もし、硬派な告発映画として公開されたら、多くの人が映画館に足を運ぶことはなかったのではと思います。
あたしは、どっちしにしろ、多くの人の目に触れる形で作られたこの作品は、大いに価値あると思いますわ。
もともと、このセットコンビが好きなもんで、贔屓目もありますが、好きです。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2010-12-28 10:28:09
こんにちは。
そうですね。
ドキュメンタリーフィルムとしてではなく、娯楽映画としてメジャーで出されたということに、僕も大きな意味を感じました。
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しかし (KUMA0504)
2010-12-29 14:18:47
イラクには大量の「傭兵部隊」が残るようです。全然撤退になっていないという意見もあります。
告発型映画ですが、アメリカはいろいろな言いがかりをつけて「テロ容疑者だ」と逮捕できる権限をもつことが出来るようになり、オバマはさらにそれを強化しています。その中でのこの映画はまあよくがんばったという感じですね。
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KUMA0504さん (kimion20002000)
2010-12-29 17:09:12
こんにちは。
「傭兵」とは便利な言葉ですね。
傭兵の確保のために、膨大な軍事費(委託費)が出ていますが、結局、石油資源が安定的に確保する道筋をつけたようですから、つじつまは合うんでしょうね。
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TBありがとうございました (シムウナ)
2010-12-30 04:03:02
TB有難うございました。
ジェイソン・ボーンシリーズの監督と主演
ということでかなりの期待を持ったのですが
自分にはイマイチでした。しかし、アメリカが
この題材をそして真相を描いたには
感服します。

今度訪れた際には、ブログ記事の冒頭に、
【評価ポイント】☆をクリックしてこの
映画の評価をお願いします(5段階評価)とあって、
☆が5つ並んでいますが、その☆の1つ目~5つ目の
どこかをぽちっとお願いします!!
返信する
シムウナさん (kimion20002000)
2010-12-30 08:10:04
こんにちは。
ボーンシリーズは、個人が理不尽な包囲網に対して、肉体と知恵で抗するというものですからね。
今作はアクション映画ではないですね。
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