サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 06150「綴り字のシーズン」★★★★★☆☆☆☆☆

2006年06月01日 | 座布団シネマ:た行

リチャード・ギア、ジュリエット・ビノシュ共演による、家族の絆を描いた感動のヒューマンドラマ。末娘の才能が開花したことにより、完璧だった家族のバランスが崩れだし、次々と家族の隠れた一面が浮かび上がってくる。監督は『ディープ・エンド』のスコット・マクギーとデヴィッド・シーゲル。“スペリング・コンテスト”や“ユダヤ教”など、日本人にはなじみのないエピソードが盛り込まれていて興味深い。[もっと詳しく]

言葉の発生の遥かな起源に、少女は巫女のように入り込む。

 全米でベストセラーとなった女流小説家マイラ・ゴールドバーグの原作。
日本では馴染みのない「スペリング・コンテスト」を舞台にしているが、本当に描きたかったのは「家庭崩壊」の物語である。

宗教学者ソール(リチャード・ギア)は、家族の中で、絶対権威のように振舞っている。
息子エアロン(マックス・ミンゲラ)は、両親の期待を背負った「進学組」だ。ヘブライ語の修練にクラシックギターとの伴奏と、ソールはつきっきりでエアロンを指導する。
一方、娘イライザ(フローラ・クロス)はあまり構ってもらえない。しかし、イライザが「スペリング・コンテスト」の大会に出場し、勝ち抜くにつれ、ソールの関心と期待は、急速に、エアロンからイライザに傾斜することになる。
科学者である母ミリアム(ジュリエット・ビノシュ)は、そんな変化にもどこか無頓着で、深夜に家を抜け出すことが多くなる。

 

この家族4人のすでに崩壊の兆しをみせている関係を、この映画は全く描けていない。
前半の家族の描写のどこを切り取っても、家族の無意識の親和性が、伝わってこない。
公式サイトでは「原作そのままに」などと能天気に書いているが嘘である。
原作は、解体している家族そのものをもっと、強烈に、納得のいくように、説明している。

ソールはユダヤ教神秘思想にかぶれており、若い頃は、その秘密を探ろうとLSDにはまっており、家族からは勘当されたりもした。定職は持っておらず、もっぱら家事手伝いというポジションだ。
ミリアムは、小説では弁護士であり一家の生計を支えている。幼い頃の事故で両親を亡くしたトラウマもあるが、「パーフェクトムンド」と名づけた完全な理想郷に憑かれている。物事は、元ある位置に正確に配置されなければならないという脅迫観念。それが、心神喪失状態での「万引き」常習犯という病理の起因ともなっている。
エアロンは、いじめられっ子であり、父親の関心が薄れてからは、キリスト教、仏教、ヒンズー教と帰依するものを求めて、遍歴する。

すでに家族は病んでいる。
それなのに、映画では普通の北カリフォルニアにあるインテリ中流家族のようにみせてしまうため、まるでミステリーのように「この家族はなんなんだ?」といらぬ気を回す羽目になる。脚本の問題である。



ともあれ、「スペリング・コンテスト」は「Spelling Bee」と呼ばれ、毎年全米で1000万人が参加する由緒ある大会であり、テレビ・ラジオでも放映されるらしい。
日本でいえば、漢字検定?ちょっと、違いますね。
アメリカのような歴史のない国では、24文字のスペルの組み合わせに、古い歴史への憧憬や、言葉の起源(スペルの神秘的な発生)を無意識に重ねあわせたいという、屈折したアイデンティティの発露のようにも、思える。
無関心にほうっておかれたイライザに、どのようにそのコンテストを勝ち抜く能力が備わったのかは、謎である。
けれど、イライザが、勝ち抜くシーンは、とても興味が引かれる。
明らかに、秀才タイプの記憶力そのものを競う他の出場者と、イライザとは、正解にいたる道筋が異なるからだ。

 

審査員が任意に用意された言葉を順番に読み上げる。
解答者は、そのスペルを一文字づつ読み上げ、最後に単語の形で発語する。
そして、正解か、不正解か、審査員が宣告する。その勝ち抜き戦で勝者が決定する。
一人が不正解の場合、対決の相手に解答権が移動する。
きわめて、シンプルなルールである。

イライザは、審査員が読み上げた単語を聴くと同時に、目を閉じて集中する。
そうすると、その単語を読み上げる声が、ひとりでに別の誰かの声として詠唱され、次第にその単語が指し示すものあるいはスペルが、視界にヴィジュアルに現れることになる。
このプロセスは、極めて興味深い。

 

ソールはイライザの方法に、13世紀実在したアブラハム・アブラフィアが唱えた「カバラの秘儀」すなわち「字の綴リ方を極め、発音を極めることで。神の元に辿り付ける」という教義が再来されたのだ、と興奮する。
僕たちであれば、すぐに折口信夫の「言霊」論にひきつけたくなる。祝詞や呪言のような言葉の起源を、イライザは感知できる。精霊に呼び寄せられるように。
あるいは、白川静博士の「語源論」に満ちている感性と同質のものを感じ取る。
ギリシャやラテンに詳しいものであれば、そこから多くの「神話の発生」に思いを馳せるだろう。
あきらかに、イライザはその言葉のはるか起源の霊を、巫女あるいは女神のように呼び寄せているのだ。言葉は、神のものであったのだ。スペルもまた、ミステリアスだ。

精神病理学的にいえば、この能力は「聴覚」と「視覚」という異なるレイヤーの感覚野が、融解あるいは置換されるという「心的現象」をもたらしている、とみなすことができる。
鍵盤を見ると音符が聴こえる。あるいは、その逆もあるかもしれない。
この「心的現象」は、病理というようにくくられたり、芸術的天才の資質に近い特異例とされたり、シャーマンの条件のひとつにあげられたりもしている。
イライザは、偶然、その奇蹟のような能力を手に入れたのかもしれない。
聡明な彼女は、スペルを組み合わせ正解に辿りつくのと同じように、ばらばらになっている家族のピースを、この恩寵がもたらした奇蹟を付加することで、つなぎ合わせ、もう一度、家族を再生したいと願っている。
イライザは神(精霊)と取引をする。
最後に、正解を知りつつ、わざと間違ったスペルを発することになる。
このことの意味は、コンテストの観客達にはわからない。単なる間違いをおかし、敗退した少女にしか見えないはずだ。
だけど、ソールやエアロンやミリアムには、伝わるはずだ、と少女は確信する。
神(精霊)と取引したのだから・・・。



最後の出題は「折り紙(O・R・I・G・A・M・I)」。
いつものように、「折り紙」という詠唱の中で、イライザにしか見えない小鳥が飛んできて、会場に張られたアルファベットから正解の文字に、留まる。
最後の文字は「I」。けれども、しばらく沈黙し深呼吸をしたあと、イライザは「Y」と答える。
会場は、失望に、静まり返る。 イライザは「I(わたし)」ではなく、「YOU(あなた)」と暗示したかったのだろうか?

彼女は、満足そうに、笑みを湛える。
映画としては成功しているとはいえない。唐突で説明不足な脚本のせいだ。
しかしイライザを演じたフローラ・クロスの目を閉じて集中する姿には、本当に言霊が舞い降りているようであった。
そのことだけが救いである。

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51 コメント

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TBありがとうございました。 (sabunori)
2006-06-01 14:16:58
こんにちは。

「I」→「Y」と言いかえたイライザの解釈、同じように考えてしまいました。

(ちょっと考えすぎかな?とは思いましたが)

スペルのイメージの映像が美しい作品でしたね。
sabunoriさん (kimion20002000)
2006-06-01 15:49:55
コメントありがとう。

あの解釈、まったく自信はないんだけどね(笑)
はじめまして (ami)
2006-06-01 15:51:59
TBさせていただきました。

とっても詳しくて読みやすい記事で

勉強になりました☆

これからも記事のUP楽しみにしております♪

amiさん (kimion20002000)
2006-06-01 16:17:09
コメントありがとう。

いい、主題なのにねぇ。惜しい作品です。
TBありがとうございます♪ (COO)
2006-06-01 19:50:13
こんにちは。

すみません、原作も読まずに“観覧後感想残像文”みたいなものを書いてしまっていたものですから。。

とても興味深く拝見しました。

ソール家の内情であるとか、

>精神病理学的にいえば……

の、段落ですね。参考になりました。

ありがとうございました。
cooさん (kimion20002000)
2006-06-01 20:10:57
コメントありがとう。

いやいや、原作と映画は、内容が異なって当たり前なんですね。この映画は、原作関係なしに、映画として、説明不足になっているんだと思いますよ。
はじめまして (更紗)
2006-06-01 20:21:46
トラコメありがとうございました。

原作を読めば、もっと深い部分が理解できるかもしれませんね。

映画だけでは分かりにくいものがありましたが、

それでも、イライザの少女ながらの行動や知恵に感動できました。
更紗さん (kimion20002000)
2006-06-01 22:21:31
TBありがとう。

イライザの集中する姿は、とても美しかったですね。
TB有難う御座いました♪ (Aki.)
2006-06-02 03:53:51
凄く描写不足な作品でしたね^^;

ワタクシも観ていて何も伝わって来なかったです。

原作はもっとしっかり描かれてるとの事なのでやっぱり監督と脚本家の技量不足でしたか・・・

納得です^^



ではでは~、これからもよろしくお願いします。
Akiさん (kimion20002000)
2006-06-02 09:03:45
こんにちは。

予告編だけをみると、なんか、期待してしまうんですけどね。

ビノシュも、精彩なかったように、感じました。

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