サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 11534「ソフィアの夜明け」★★★★★★★☆☆☆

2011年08月13日 | 座布団シネマ:さ行

第22回東京国際映画祭コンペ部門で最高賞の東京サクラグランプリをはじめ、最優秀監督賞と最優秀男優賞に輝いた心を打つ人間ドラマ。元ドラック中毒患者の芸術家の兄と、反抗期の彼の弟の関係を軸に現代社会のもろさを描く。監督は、本作が長編デビュー作となるカメン・カレフ。本作撮影終了間近に急逝した故フリスト・フリストフが破天荒な兄を熱演する。社会の底辺でもがきながらも必死に生きようとする人々のリアルな青春が胸にしみる。[もっと詳しく]

どんな絶望にも、いつか薄明の夜明けが訪れんことを。

ブルガリアの映画と言うのは、見た記憶がない。
ブルガリアを舞台にした映画と言う意味では、ブルガリアの強制収容所を脱出した少年の物語である『アイ・アム・デヴィッド』の記憶があるが。
ブルガリアは人口も800万人ぐらい、もともとはソ連南方の方の遊牧民が、土壌豊かなこの地域に根を下ろしたらしい。
南はトルコ・ギリシャ、西はマケドニア・セルビア、北はルーマニア、東は黒海に囲まれるこの小国は、500年近くオスマントルコの占領下にあり、その後はソ連の衛星国のひとつであった。
現在はEUにも加盟している。
ブルガリアで制作される映画の本数は年に十本にも満たないと言う。
そこから劇場長編作品が初監督のカメン・カレフが登場し、自ら脚本・製作・編集もこなしている。
そして第22回東京国際映画祭で、最優秀監督賞、最優秀男優賞、そしてサクラグランプリの三冠を獲得すると言う番狂わせが起きたのである。



この作品の主人公イツォのフリスト・フリストフは、カレフ監督の幼馴染の木工アーチィストであり、そのフリストの生き様に共鳴した監督が、半ばドキュメンタリーのように彼を主人公に映画を製作したのである。
映画の中でも、フリストは木工技師でアーティストでもある青年を演じている。
原因は詳しく知らないが、撮影終了間近に、フリストは不慮の死を遂げたらしい。
スタッフは悲しみを乗り越えて、編集作業を続け、『ソフィアの夜明け』を完成させたのだ。
もしかしたら、本当はあといくつかの撮りたかったシーンがあったのかもしれない。



イツォの弟である17歳のゲオルギは家族との折り合いも悪く苛立っている。
頭をスキンヘッドにして、町のネオナチを気取ったようなギャング団に誘われている。
スキンヘッドがトレードマークのネオナチはドイツあたりでも1万人ぐらい存在するらしいが、旧ソ連の衛星国のなかにもかなりの数が存在する。
失業率の高さや経済の低迷が原因になってはいるが、移民排斥の主張と結びつき、暴力沙汰を頻発することになる。
先日のイギリスの25万人ぐらいがキャメロン政権の11兆円にものぼる超緊縮財政路線に反発し、暴動に近いような騒ぎを生み出したが、そのほとんどが十代であったらしい。
ゲオルギ少年のような層なのかもしれない。



ゲオルギの兄であるイツォは、ヘロイン中毒から脱するため、メタドン治療を続けている。
メタドンは強力な鎮痛剤であるが、人によってはヘロイン以上の常習性に苦しめられることがあるという。
イツォは、たぶんその薬のせいだろうが、朝からアルコールに依存しており、恋人ニキにもつらくあたる自暴自棄の生活を繰り返している。
イツォとゲオルギの兄弟はともに息苦しい日常を送りながら笑顔もない。家に戻っても敵対してしまう父と口やかましい後妻にうんざりしている。
街の表情も広漠としている。
僕たちが五木寛之のロマンチックな小説『ソフィアの秋』で読んで憧れたような、古都ソフィアのイメージはどこにもない。
話がどう流れるのか、まるでわからない。
ただ主人公たちの自暴自棄な生活態度に、こちらまで気分が重くなってくる。



そこで少し転調となるのが、イスタンブールから来てソフィアに滞在しているトルコ人一家だ。
一家はゲオルグが属するネオナチギャングに不条理にも襲われ、父親が血だるまになる。
単純な外国人に対する排斥暴力なのだが、ゲオルグも加担させられる。
偶然、その現場を通りかかったイツォのおかげで一家は病院に運ばれ治療を受けることになるが、その過程で一家の娘であるウシュルとイツォは親愛感を持つことになる。
ウシュルは世界の理不尽な暴力や差別に異議申し立てをしたがっているが、トルコ人一家の家族の中では、保守的な父親に従順であらねばならない。
そんな時に、アーチストの資質を持つゲオルグに「旅行中」ということもあり惹かれるものがあったのだろう。
しかし、民族の異なる二人の交際は、親によって疎外されることになる。



イツォは深夜の街を、一人で孤独と自己嫌悪に苛まれながら、歩いている。
老人がダンボールを引き摺っており、イツォに「荷物を持ってくれないか」という。
イツォはいいよと請負い、老人のアパートに連れて行かれ、居心地のよさそうなチェアに腰掛ける。
老人は何も話さないが、親密なまなざしをイツォに向ける。
イツォは安心しきったかのように、そのまま眠りに落ちる。
ゲオルグもイツォに「彼らとつるむのはヤメロ」と諭され、新しい快活そうな女の子と知り合い、イツォのアパートに連れて来て、ひとつベッドで雑魚寝する。
別に日常が大きく変わったわけではない。
けれどもどこか、ゲオルグやイツォに笑顔が垣間見える。
本当に不思議なことなのだが、このあたりで僕は不覚にも涙してしまった。



世界中の孤独な魂たちは、もしかしたらちょっとしたきっかけがあれば立ち直ることが出来るかもしれない。
そこに「神」のまなざしが届いているのかどうか、それはわからない。
けれども、僕たちは、この世の中を器用に生きていけるものなど、そんなに多くはないんだということを知っている。
闇が深ければ深いほど、薄明のような夜明けの美しさが心に沁みることも、また知っている。

kimion20002000の関連レヴュー

アイ・アム・デビッド

 



 

 


 

 





 


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
印象的な (sakurai)
2011-08-25 11:09:59
映画でした。
抱えてるものは普遍ですが、もっとなんとかならないもんか!と、ケツを叩いてやりたくもなったのですがね。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2011-08-25 15:06:27
こんにちは。
主人公の男には、最初はいらいらさせられましたね。
でも薬による副作用で、そういえば病院の窓口で、薬をやめられないかという会話をしていましたね。
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弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2012-11-23 21:56:13
本作とはまるで逆のいかにもドラマらしい作り方の史劇「略奪の大地」というブルガリア映画の迫力は半端ではありませんでした。

僕は左脳人間なので、セミ・ドキュメンタリーは比較的苦手ですね。
フレキシブルな鑑賞スタンスなのでダメということはないのですが、河瀬直美などは作品ごとに評価が大きく揺らぎます。
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オカピーさん (kimion20002000)
2012-11-23 22:51:41
こんにちは。

おっしゃるように『略奪の大地』がありましたね。
あれは、宗教弾圧でもあり、おそろしく迫力のある映像でしたね。
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