that blog-ish thingy

ブログ的なアレです。

ショートショート:寿命

2005年02月28日 | なんとなくアレなやつ
本屋に立ち寄ったら、星新一の本があったので思わず買ってしまった。中学・高校時代はよく読んでいたのだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。

星新一は「ショートショート」というジャンルにおける第一人者。
一つ一つの話しは3,4ページほど。多くの作品が、不思議で不可解で、何とも歯切れが悪い。しかしそれが星新一作品のミソだったりもする。










読んでて気づいたのだが、星新一作品の多くは、ごく当たり前に溢れている日常におけるちょっとしたところに着眼しているものが多い。
幽霊、宗教問題、天変地異、UFO、戦争、借金、などなどテーマは多岐に渡る。
なんとなくこのBLOGのコンセプトにも似ているかもしれない・・・。

というわけで、僭越ながらショートショートを一筆したためてみました。










大手企業に勤めるMは今日も徹夜で残業をしていた。
迎える4月で入社4年目。任される仕事の範囲も広がり、日々充実していたが、仕事量が余りにも膨大なため、連日の徹夜。まだ25歳だというのに、Mは体が着々と蝕まれている事を日々実感していた。

Mには一緒に仕事をしている先輩がいる。徹夜をしても、なんのその、疲れ知らずでありながら、仕事の内容も正確。その尽きる事のないエネルギーには舌を巻くばかり。部署のエースであり、数々の功績を挙げてきた10年目。社長賞にも何度か輝き、次期課長候補の声も名高い憧れの先輩なのだ。

「俺も先輩に近づけるようにもっと頑張ろう」
Mは日々そう自分に言い続けていたのだった。

そんなある日、Mは喫煙所で先輩とばったり出会った。
先輩が近々結婚する話し、自分の仕事に対する期待・不安、今度の連休の予定など、たわいもない話をしていたのだが、Mはふと気になり、思い切って先輩に聞いてみた。

「先輩、よく徹夜してますけど、よく体持ちますよね。徹夜明けなのに、お客さんと平気で飲みに行ったりするし・・・」
「いや、なに。ははは。大学時代鍛えたからかな?」
「何か健康法とかがあるんですか?」
「いやー。そのなんだ。ないわけじゃないんだけどさ。ははは・・・」

いつも自信に満ち溢れている先輩が始めて動揺しているところを見たMは、何か裏があると思いさらに続けた。

「先輩!俺、先輩みたいに仕事が出来るようになりたいんです!今ならこの人生捧げてもいいくらいやる気があるんです!何かあるんだったら教えてください!」
「・・・今、人生捧げても良いって言ったよね?なんとかならないこともないんだが・・・」
「え?」
「いや、なに、実はだな。人間寿命というものは天命で決まっているんだ。その寿命というものはこの世で生を受けた時点で決定されている。その生をまっとうするまでは人間死なないんだ」
「・・・はぁ」
「信じられないかもしれないが、それを教えてくれるところがあるんだ。それによると、俺は80歳までは生きていられるから、今どんなにきつい仕事をやっても死ぬ事は決してないんだ」
「決して?」
「そうなんだ。決して。信じられないかもしれないが。そうだ。百聞は一見にしかず。一度行ってみたらどうだ?」

Mは一枚の名刺を渡された。そして先輩はバツが悪そうに部屋を出て行った。

「寿命・・・なんなんだ・・・」
とにもかくにも一度行ってみるくらい損はないだろう。そう思い、Mは週末にその場所にでかけた。

名刺に書かれていた場所は、都内の繁華街をちょっと入ったところにある小さな雑居ビルの3階だった。いたって普通の場所だ。「こんな汚いビルに何があるんだろうか」と思いつつも、好奇心からMは雑居ビルのエレベータに乗り、3階へと向かった。

エレベータのドアが開くと、そこは汚い雑居ビルの外観からはおおよそ想像もつかないほど豪華絢爛な造り。
大理石の床と柱。Mの年収では何年かかっても買う事が出来ないであろう高そうな家具や絵画。あとは叶姉妹がいれば完璧なのだが・・・。

受付の男がMに気づき歩み寄ってきた。日本人版ショーンコネーリーの様な顔の堀の深い男だ。
「ようこそ当社にいらっしゃいました。今日はどのようなご用件で?」
Mは先輩から紹介され、一度話しを聞いてみたいという旨を伝えた。
「左様でございますか。当社はバイオ科学の最先端技術を駆使し、人間のDNAから寿命を計測する事に成功しております。M様の寿命も5分程度でお調べ出来ます」
「ただ、金額が・・・ということですよね?」
「お若いのになかなか鋭くていらっしゃいますね。そうですね、人間と寿命というものはクレオパトラの時代から人間の永遠の課題となっておりましたので、寿命を知るためならいくらでも払うというお客様も多いので・・・金額はこちらになりますが、いかがでしょうか?」

Mは金額を見てびっくりした。とても入社3年目で賄える金額ではない。サマージャンボ宝くじを何回当てればこんな金額を支払えるのか。先輩がどうやってこんな金額を支払えたのかすら見当がつかない。

Mの落胆の表情を読み取ったのか、男はこう切り出した。
「実はですね・・・我々、寿命の切り売り的な事もしております。つまり、M様から10年寿命を頂戴すれば、それに見合った金額をお支払いすることが出来ます。この金額であれば、寿命の計測もする事が出来るかと思いますが、いかがでしょうか?」

なるほど、恐らく寿命を知った後に、意外と自分の人生が短く終わってしまう金持ちが寿命を延ばせないか相談してくるのだろう。人の寿命を売買するとは・・・末恐ろしい限りだ。Mはそう思いつつも、自分の健康には自信があったし、何よりも自分の寿命を知るという衝動を抑える事が出来なくなっていた。クレオパトラしかり、楊貴妃しかり、過去に歴史の偉人たちが、自分の寿命に執着していた理由も分からないでもない。

「分かりました。では10年分の寿命を差し上げますので、計測をお願いします」

男は軽く会釈をすると、手馴れた様子で書類の束を奥から持ってきた。
「それでは、一度こちらの書類をお読みになってください。色々な規約や同意書です。寿命を知った後に色々と面倒な事が起きるケースがありましたので、それを未然に防ぐためにお客様には一度目を通してください」

しかしMはそれどころではなかった。
自分の寿命を早く知りたいという溢れんばかりの好奇心。その衝動は、今まで人生で味わった事がないほどの興奮を伴っていた。何しろ、そんな分厚い書類を読んでいるほど悠長な性格は持ち合わせていない。

「もういいです、サインします。寿命売ります。だから早く僕の寿命を教えてください」
男は面食らった顔をしたが、何を言っても無駄だということを察知し、すぐに事務手続きを開始した。
「了解しました。では、こことここにサインを・・・はい、ありがとうございます。」

そして男はカバンの中から一本の注射器を取り出した。
「では、まずこの注射器でM様の血液を抽出します。血液で寿命を計測しますが、それと同時に寿命も抽出されます、そして・・・」
「ごたくはいらないので急いでください。早く始めてください」
「了解いたしました・・・」
男がMの腕に注射器を刺し、採血を始めた。

Mは興奮をしていた。心拍数がミシンの針のように早くなっている。
「もうすぐ自分の寿命が分かるんだ・・・ああ、今にも心臓が口から飛び出そうだ・・・」

男は手際よく採血を終え、奥の部屋へと移動した。何やらおどろおどろしいコンピューターにMの血液を入れた。しばらくするとコンピューターがカタカタと結果をはじき出した。

その結果に、男は血相を変えた。男はしばらく落胆の表情をしていたが、その表情はまもなく冷笑へと変わった。

男はゆっくりと入り口まで戻った。
そこには大理石の地面に横たわるMの姿が。

男はため息交じりにこう呟いた。
「ああ、この人も自分の寿命が10年以内だと先に分かっていれば、こんな事はしなかっただろうに・・・ただこういったお客様がいるから我々の寿命切り売りビジネスが儲かるから複雑な心境ではあるのだが・・・」
コメント
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