渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

ヤマカガシ

2021年12月27日 | open


友人とマムシ等の蛇の話をしてい
た。毒ヘビの中でもヤマカガシは
血清の無い危険毒ヘビだという
事らしい。野戦が本職の奴が言っ
いた。
世の中いい加減なもんで、私が
子ども時分の1960年代は、ヤマ
カガシを山や田んぼの畦で見つけ
ても「大丈夫、大丈夫、毒ヘビ
じゃないから」などと言っていた。
「なんだ、ヤマカガシか。マムシ
じゃなくてよかった」などと。
とんでもない。毒ヘビだった。
毒ヘビ認定は1974年以降。
咬傷による死亡例も出ている。
血清は試験的に今世紀初頭に作ら
れたのみで、実験保管のみ。
一般的に血清は無い。

しかし、日本の長い歴史の中で
毒ヘビだと誰も気づかななかっ
たのかなあと思う。
怖いですねえ、思い込みは。
子ども時分にはヤマカガシは無毒
と信じ切ってたもんね。
でもどう見ても、模様からして
毒ヘビじゃねえの?という疑問は
持っていたが、やはり研究進むと
毒ヘビだった。

自然界の生物はまだ研究が全く進
んでいない種も多い。
鱒類の研究もそうで、殆ど生物学
的に分かっていない事だらけだ。

ヤマカガシ。どう見ても毒ヘビ(笑
ただ、東日本と西日本のヤマカガシ
は色が違う。西日本のヤマカガシ
は無毒のシマヘビと似ている色合い
なので注意が必要だ。
東日本の関東あたりのヤマカガシは
もうマムシの親戚か?てな程に毒毒
しい。

これ、東日本系ヤマカガシかと。



全国お国柄運転

2021年12月27日 | open






茨城全体で括ってるけど、茨城と
いっても広いよ。全域で茨城ダッ
シュがあるのかなあ。
ただ、啓発が盛んになってきたと
いうのはかなり深刻な事態なのだ
ろう。

日本全国、各地で特色ある無軌道
わがまま運転が存在する。
「松本ルール」とかね。
都内も環七などはまず車線変更で
方向指示器を出さない。
あと、全国には知られてないのが
「三原ショートカット」。
これは尾道市や広島市には見られ
ない広島県三原市限定の無軌道
自己中わがまま運転で、交差点で
は信号あるなし関係なく右折車は
反対車線を逆走するようにイン
に寄せて曲がって来る。
信号のない交差点などでは、交差
点待ちで左右確認している右手
車線の交差点先頭車に正面衝突
しそうになる。
市内での走行車両のほぼすべてに
近い数がこの三原ショートカット
運転をしている。
それとS字カーブや90度カーブなど
では三原市内の車両はほぼ全車が
対向車線まで大きくはみ出して走行
する。
極めて危険。
取締りや危険防止の啓発はされて
いない。
たぶん、事実を自己認識していな
いのではなかろうか。
特に女性ドライバーに非常に多いが
男もほぼその走法。
事実として蔓延している三原ショー
トカットはひどすぎる。
不思議な事に、隣接の尾道市や竹原
さらに西の呉市、広島市ではこの
ショートカット走法は見られない。




落ちない葉っぱ

2021年12月27日 | open


藁にも、でなく葉っぱにも、なのか。



数年に一度の寒波

2021年12月27日 | open

(広島市)

広島県は数年に一度の大寒波。



渋谷のピロシキ

2021年12月26日 | open


横浜に今も住む弟から渋谷のピロシキ
が届く。
書斎でそれを食べた。
昭和の味がした。








「枯木鳴鵙図」宮本武蔵

2021年12月26日 | open

宮本武蔵の「枯木鳴鵙図」の写し
の掛軸を買おうかと思ってたら、
うちの奥座敷にあった(笑
えらく傷んでるけど。

しかし、宮本武蔵という人は剣技
だけでなく、書画にしても天才な
のではなかろうかと。


武蔵、ただものではない。


八朔(はっさく)

2021年12月26日 | open

盗まれないように庭の八朔を早めに
収穫した。
以前、レモンと合わせて80個が全部
盗まれた。目撃者によると、おばち
ゃんが白昼堂々と敷地内に入って盗
んで市営住宅の団地のほうに消えて
行ったという。
本日全て収穫。百数十個。
これは屋内の日陰に置いて2月まで
寝かせると食べ頃になる。うちだけ
でなく親戚知人友人に分ける。
八朔は甘酸っぱいので好みは分か
れるみたい。
この邸内の果実は敷地内で大事に
育ててきたものだ。
ことしはバレーボール程の大きさに
育って楽しみにしていた安政柑が
全部盗まれた。
柿も全て盗まれた事がある。
この町、なぜか知らぬが盗みが
とても多い。
東京から親が実家に引っ越して
来て45年、私が住んだ事のない
この町に都内から転住して20余年。
未だにそうしたこの町の作風には
馴染めない。
街中のバイク屋が盗難バイクを
大量に集めて転売していて当局に
摘発されたのも記憶に新しい。
窃盗、カツアゲ、恐喝、脅迫。
差別、集団強圧、意識の強要。
それがごく「普通」なのらしい。
この町は。
よくないなあ。そういう気風。
病気と同じで改善できるだろう
に、数十年、なんら快方には向
かわない。そら、病気も治す気
がなければ治るもんも治らない。
かといって、今の時代は現代なの
で、市中の無法無軌道の慮外者を
斬り伏せて成敗する訳にもいかな
い。自衛と官憲の努力に託すしか
ない。
一度、敷地内で大捕物があった。
県警の人たちは存分にお働きめさ
れた。捕縛検挙せり。
でも、市内の悪しき気風に変化は
無い。
良いとこも沢山数え切れない程に
あるのに、人的資質が残念過ぎる
面をまだ多く残存させている。
何か抜本的な大変革が無い限り、
この先も何十年も変化無しだろ
う。

レモンは裏年なのか数個しか成っ
いない。


本日のお駄賃。
レモン1個。
この1個を育てるに、どれほど
大変か。たれか知るらむ。



映画『ワイルド7』(2011)

2021年12月26日 | open


『ワイルド7』(2011)

突込みどこ満載の痛快駄作、その名も
『ワイルド7』。
原作とはて~んで違う作り。
まあ、映画はエンターテイメント
だから良いのだが、一番のミスキャ
ストは、ゲリラハンターのユキが
深田恭子という配役。これがひどい。
大根だし、運動神経鈍くて超どん
臭いし、バイク乗れないからトレー
ラー積載での特撮での跨って走って
いるかのような撮影でのフォームは
ド素人無免以下だし。ユキではない。
深キョン一人でダメな映画をとこ
とんさらに駄目にしている。
オープニングから少しの間は努力賞
的なアクションシーンだが、あとは
もうトンデモセブンになってる作品。

オープニングの銀行強盗のシーン。
北九州市であることバレバレの
道路標識のまま。でも都内設定。
戸畑区というのがそのまま写って
いる。


ラストシーン。
これは北九州空港の橋だが、先に
衛生打ち上げ施設がある設定で、
そこはCGをかましていて、よい
ラストだった。
んが。この最後のケツについた
新メンバーユキの乗り方のしどい
事。吹き替えだろうが、これは
しどい。台車に載せての撮影も。
瑛太たちは監督から「背を丸めろ」
と演技指導あったが、この女は
無視のようだ。もっとも、乗れて
る女は今は世の中ほぼいない。皆
背中に福田照男さん言うところの
直角定規を入れてたり、逆にそっ
くり返ってる。ステップにはだら
しなく足を置いているだけ。
腕は突っ張らかってる。危険載り。

この映画、一番良くないのは、
最後のテロップの時に、撮影
風景を内輪ネタ風に撮って流
していることだ。学芸会。
全員にカチンコを持たせて、
大林宣彦『時をかける少女』
(1983)と同じことをやって
いる。
僕たち頑張って作りました感を
出そうとしてる監督のセンスを
疑う。これは観ていてきつい。
年賀状で子どもの写真だけの賀
を送ってくる馬鹿な親の親バカ
を見るほどにイタい。

だが、爆破シーン、銃撃シーン、
バイクの走行シーン等々はかな
り演出が良い。
物語のダメダメ感はアクションで
どうにか見るに堪えるようにして
ある作品だ。
ただし、リーダー飛葉が感情的
に激昂して「守りてえんだよ!」
とかチンピラみたいに叫ぶ事など
は、原作では絶対にあり得ない。
この脚本を書いたライターは
原作をちゃんと読んでいるのか
とさえ思う。
ま、すべては監督の責任。
映画の良し悪しの全責任は映画
監督にある。そういうもの。
チームで作るのが映画だから。

飛葉の銃がコルトウッズマンで

あるのは、原作者の望月三起也
先生が「それだけは絶対に譲れ
ない」として主張した結果だ。
それゆえ、撮影当時、どこの
メーカーからも発売されていな
いモデルガンのコルトウッズマン
ゆえ、MGCの
30年近く昔の中古
を探して何丁か
買い求めてステー
ジガンを製作
した。原作では
ファーストシーズン
の後のシリー
ズから飛葉が使用
するマグナム
ウッズマンだ。相棒のクロスも
同じウッズマンを使う。

.357弾設定。
それはオープニングで正確に表現
されていた。ただ、リムドカート
でリボルバーのような薬莢だった。
詰めが甘い。

ところが、何度も観てしまうと
いう不思議な駄作だ。
まるで超駄作『彼のオートバイ.
彼女の島』(1986角川)のよう
な妙な力を持っている映画だ。
隊長役の草波を演じた中井貴一

はさすがに上手い。
彼は熱烈な原作ファンだった。


斬鉄剣 初代康宏

2021年12月26日 | open



これは初代小林康宏斬鉄剣。
長くてぶ厚くて重たくて、これを
帯びていたら腰が多分かなり重い
ぞ〜、てな感じの刀。
幕末刀というより慶長新刀みたい
な感じの刀。
ごつい!

二代目のほうは姿形は尋常なるも
モロに斬鉄剣なので、私は初代の
功績は大きくチャレンジャーとし
も歴史的だとは思うが、個人的
差料としては二代目康宏の作を
好む。
ただ、私の二代目作は肉置きが
タップリあるハマグリ姿で、餃子
か木刀みたいにでっぷりしてる。
二尺三寸六分で鞘を払って1.2キロ
あった。
それを英信流の定寸に磨り上げの
時に上研ぎして「游雲」の号名を
銘に切って再登録してもらった。
勿論、拵もすべて作り直し。
磨り上げ後は鞘払い1050gまで
落ちていて、軽いので手捌きも
良い。

あまり重た過ぎるのは長時間は
振れないけれど、刀は重くても
軽くても私はいいのよ。
それなりに刀に合わせて使うから。
ただ、あまり軽くしすぎると、
それはまるで踊りの用具みたいに
なってしまって、(やらないけど)
本当の斬り合いには使えなくなる。
つまりオモチャのテッポ持って
バンバンとか言ってるのと同じ
になってしまう。
手捌き良いからと刀を軽くし過ぎ
るのは、刀剣として死んでしまう
ので考えもんなんです。
刀を軽くしてなんとかしようとする
邪(よこしま)な算段は、武とはかけ
離れるので、これもまた宜しくない。

そうした打算的目論見系とは別に
「桐の木刀で稽古せよ」という
教えも古伝剣術にはある。
軽い刀を使える人は重い刀も使え
る。その極意を表した教え。
ところが、重い刀頼りだったり
い刀頼りという偏った考えだと、
大切な刀法に習熟できない。
そして、健康体操ではなく日本の
伝統武芸として剣を振るのである
ならば、ことさらに常に軽い刀に
して何かを目論むのは、それは武
とは乖離して行く「それは悪しゅ
うござる」という仕儀になる。

こうした事は、ずっと江戸期から
憂慮すべき傾向として武士の中で
は言われ続けて来た事なんですけ
どね。今に始まった事ではなく。
でも、どうせ武芸やるなら、本物
の刀を持ったほうがよくはないで
しょうか。試合の用具などとして
は扱わずに。
斬り合いは無いけれど、「実戦
剣戟に使える日本刀」で武芸は
取り組んだほうが本物の道を行く
のではないでしょうか
本道のど真ん中を。


游雲

2021年12月25日 | open


この景色を見た時、思わず単車を
道の端っこに停めた。
「あ!俺の康宏刀だ!」と思った
から。
暫く、雲が見えなくなるまで歩道
から眺めていた。
私の康宏作は粟田口のようなつんだ
小乱れの刃文に青い地鉄。
そして、その青い地の中にふわふわ
と空に浮いた雲ような飛び焼きが
一箇所ある。
まるでそれは空を楽しむはぐれ雲の
ような游雲。
それが悟空の筋斗雲みたいでかわい
いの。
なので、後銘で「游雲」と号を銘
に切ってもらい再登録した。
作者小林康宏先生は飲んだ時に
「あれは失敗。ごめんね」とサラッ
と言ってた。
失敗かぁ〜い!と思ったが、かわい
いからいいのさ。
気に入ってるし、めちゃくちゃ切れ
る二代目小林康宏斬鉄剣だし。
切れすぎて稽古にならないから刃を
引いて試斬刀法の稽古してたくらい
で。

斬鉄剣康宏は、初代はすべてが
虎徹興里と同じく実験刀のよう
な方向性だったが、二代目の子息
直紀康宏が斬鉄剣を完璧に完成さ
せた。工夫は鍛え方と熱処理方法。
二代目康宏は1988年〜1996年頃
の作と2014年〜現在までの作域
が最も切れる。
長く刀工本人と付き合っていると
よく分かる。
総じて全体的によく切れるが、その
二つの期間の作は切れ過ぎて気持ち
悪いほどに切れる。


柳生石舟斎

2021年12月25日 | open


私は日本の歴史の中で一番好きな
剣士は柳生厳包(としかね/蓮也
1625-1964)だ。
しかし、一番惹かれるのは柳生宗厳
(むねとし-柳生読み-/むねよし-
江戸柳生読み-/石舟斎/1529-
1606)である。
新陰流一国一人の認可を受けた人。
新陰流を創始した上泉伊勢守信綱
(1508-1577)の高弟だ。
信綱は歴史上初めて武士が天覧
演武をして正親町天皇から武蔵守
従四位下を賜った傑物の仁。上野
国の小大名だったが、晩年は剣聖
として天下に名を轟かせた。
信綱の第一の弟子は神後宗治(鈴木
某)だが、生没年不詳の謎の剣士。
豊臣秀次の剣法指南番だったよう
だ。
新陰流四天王の第一人者が来歴
不明なのは今もって謎。
他の三名の高弟は著名で、疋田
文五郎景兼(1537-1605)、奥山
公重(1526-1602)、丸目蔵人
長惠(1540-1629)がいる。
三名とも各地に赴き、流門を
興し、長らく道統は続いた。

柳生の剣を完成させたのは蓮也だ
が、柳生の剣を新陰流としたのは、
悪手悪足を上泉の高弟疋田文五郎
に木剣で打たれて直された石舟斎
からだ。
そして、柳生の剣が特筆的な事は、
柳生本家である尾張柳生の現宗家
(養子)の先代延春氏まで、石舟斎
からずっと血脈が続いていた事だ。
延春氏もその先代の厳長氏も、
江戸期の尾張柳生家の当主の肖像
や江戸柳生の宗矩(但馬守)に顔が
そっくりだ。
たぶん、柳生十兵衛三厳も似た顔
だったのではなかろうか。

血脈道統として剣術流派が現代ま
で存続しているという例は稀有だ。
江戸柳生は養子に次ぐ養子で石舟
斎からの血脈は途絶えている。
尤も江戸期の武家も武士も完全血脈
主義ではなく、「家」という器を
いかに継続させるかに腐心した
システムの中に生きていた。
徳川家の将軍家などもそうで、
無縁の血脈者は後継させないが、
血縁関係者を養子として宗家の
当主としていた。なので大名は
各家で御家騒動が発生する。
次期徳川宗家の当主予定の方は
立憲民主党の議員だった50代の
人だが、徳川宗家の後継者とい
っても、松平容保の血脈子孫だ。

剣の流派の世界では、血統主義は
珍しい。
尾張柳生は、つい先代まで柳生
石舟斎の直系子孫が流派の宗家
(江戸期には尾張徳川家の剣術
指南番)を継続させていた。
これは、日本史の中でも珍しい
例としてある。

柳生というと、とかく但馬守宗矩
や十兵衛や蓮也が有名で人気があ
るが、もっと文芸作品でも石舟斎
を若き日から追う作品があっても
よいのではと私は思う。
大きな足跡を残した歴史的な人だ。
石舟斎の功績は、彼自身の業績より
彼の血脈的後継者たちが世に出て
各方面で大仕事をした、というとこ
ろにある。
柳生石舟斎は、現代風ならば、プロ
ジェクトXのような番組で取り上げ
て掘り下げてもよいような人物で
あるように私には思える。


寒到来

2021年12月25日 | open









寒到来。
どなた様もご注意ください。








剣の理

2021年12月25日 | open



剣の理は鉄馬乗術の理と同じ。
剣の術も鉄馬乗術も根幹の核は
原理、道理、物理に規定されて
いる。
その理を解することを「理解」と
ぶ。
大切な事は、理(ことわり)を解(わか)
るという事だ。
ただし、理(ことわり)を論(あげつ
ら)いする事が「理論」ではない
だが、そこを勘違いしている認知
不覚の者は世の中には多い。
そうなると、心根がダークサイド
に転落するので、出口も見えなけ
ば、行く先に光も見えない。
ただ闇の中で行き場の無い魂が
彷徨うだけだ。
そして、邪(よこしま)な悪事を犯し、
他者への罵詈雑言で己が言霊を汚
(けが)し、それを続ける。
心が清浄ではないので、無限地獄
の汚泥から抜け出せない。


鉄馬乗術の理は剣の理と根源は
一(いつ)なり。
剣は心だ。
心正しからずんば、剣また正し
からず。
其の要諦、鉄馬乗術もまた同じ
なりけり。


見抜く目

2021年12月25日 | open
 
日本刀が見える人、日本刀を知ら
ない人でも芸術に通じている人で
あるならば、この二作の鍔を並べ
たら、見えるものが見えて来る事
だろう。
 
そうした人たちの差異は、物を見
「目」の
問題であり、これは訓
とかでは確実なものは得られない。
視力と同じく、持って生まれたもの
だからだ。眼力とはそうしたもの。
ゆえに、刀が見えない人は一生見え
ないし、芸術に接しても理解の深度
は限界性がある。モノが見えないの
だから。
 
見える人は、この私の拙い鉛筆の
描画からさえも、この拵がどの様
な造りであり、鍔の材質どころか
鍔の流派や作者まで見抜く。


こうした「ものを見抜く目」は生
まれ持ったものに負うところが大
きいが、ある程度の訓練と教育で
ある程度育成する事はできる。
人には持って生まれた長じるもの
の差異が各人にはあるが、ある
一定のレベルまではその能力を
引き上げる事が可能だ。
特に芸術的な素養については。
それは、幼い頃から、多くの音楽
を聴き、また、多くの絵を実見して、
そして多くの文章と物語に接し、
多くの芸術作品に触れるという情
操教育を受ける事だ。
ものが見える見えないの根幹にある
のは、情操なのである。

彫り

2021年12月25日 | open
 


私が作った武用刀剣用の鉄目釘。
滑り止め笹模様の彫り入り。
なました鉄を旋盤でコンマミリ
単位の精度で加工。この後、防
錆の為に黒で色あげして依頼者
に渡した。




この特製鉄目釘の彫りは脱落防止
の食い込みの実用性を付与する為
に鑽(たがね)枕を立たせている。
彫りには彫金用の鑽は使ってい
ない。
銘切り鑽を独自に研いで刃先を
造形させて使用した。
ツルツルの鉄目釘は脱落の危険性
があるので要注意。
私は刀工小林康宏作品直営工房
日本刀探求舎鍛人(かぬち)の
法を引き継ぐ者として、日本刀
探求苑游雲会の一人としてこの
鉄目釘を製作した。
丸棒のブランクのベースは自動車
製造メーカーの生産工場で使用
ている鋼材で私が厳選して
調達、
私が焼きなましをして調質
した。
旋盤加工の細部工程はプロの熟練
旋盤工が目黒区内の工房で加工し
た。彫りと色あげは完全に全行程
私の手。


打ち込み予定の康宏刀身の穴の実
寸から適切な数値を割り出して設
計したのも私。


タガネは良く切れるように専門的
に私が研いだ。ベタ研ぎでは鉄を
切る鑽の刃先は形成できない。
特殊な知識と研ぎの技術が要る。
彫り物は彫りだけ出来ても駄目
だ。
刃物を任意に狙った通りに研ぎ
上げ
技術が無いと仕事になら
ない。
 
刀などの銘切りは専用の銘切り
タガネでなくとも代用できる。
特殊鋼のドリルでさえも、それ用
に研ぎ上げれば刀銘は切れる。
刀の銘は彫るのではなく「切る」
のである。
彫金のように掘って、彫りクズ
捨ててはいないので、鑽跡を
寄せ
て埋めて鑢(やすり)で均せ
ば刀の銘
は無銘になる。
それに時代錆を巧くつけたら無銘刀
のナカゴとなるが、賢者には容易く
見破られる。刀剣工作での邪な悪事
はよくない。