渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

大河ドラマの方言

2015年01月25日 | 映画・ドラマ・コミック



最近の大河ドラマは、『八重の桜』でもそうだったが、舞台となる地方
独特の方言や言い回しを連発して地方の色を出そうとする演出が
あるようだ。
『八重の桜』では「ならぬものはならぬ」だった。
今放送している『花燃ゆ』では「世話ない(=大丈夫)」という言葉が
よく出てくる。

しかし!
これね、全国の人に分かりやすいように原語をアレンジしている。
本当のネイティブ長州弁では「せやぁない」というような発音なのである。
長州弁と周防・安芸弁は似ている部分もあり、この「せやぁない」は現代
の行政区分でいえば、広島県の西部(特に芸北山間部)のエリアあたり
まで今も普通に使われる。厳密には広島に入ると「せやぁあない」と尻から
二音目が強調される。
広島県東部の備後に近づけば近づくほどこの「せやぁない」は
あまり使わ
れない。


ただし、「~してつかぁさい(~してくださいませ。=丁寧語)」という言い回し
は岡山県中部域まで現代でも使われている。
用法は主として「懇請」の心象の場合に使われる。「~してください」では
なく「どうぞ~してくださいませ」というような心情を表している。

こうしたネイティブ発音や言い回しは、現地を知らないと全国的には知られ
ないことだろうから
ここに公開しておきます。

(せやぁない地方)


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逆刃刀

2015年01月11日 | 映画・ドラマ・コミック

漫画はマンガであるから面白い。
ただし、マンガの世界を現実の世界と勘違いするとトンデモ
君になったりする。

だが、現実世界にはトンデモ君が実際にいたりするのだから
恐ろしい(笑
武術界にはトンデモのデムパのDQNが多いが、これは日本一
のような気がする。
 こちら → 飛天御剣流とイカサマ試斬

何度読んでも噴き出してしまう(^^;

ところで、るろ剣の逆刃刀って、現実世界ではあるにはあるのだけどね。
短刀だが、いわゆる花刀というやつね。



荘司直胤さんは花刀を何口も造っている。
これなんて立派な作りだよぉ。

→ こちら(説明が分かりやすい)

私も近所の刀屋さんで実際に手に取って直胤の花刀を見せて
貰ったことがある。直胤らしく上出来の作だった。
そこの店主も「風流人が差したのだろう」などと言ってた。
直胤だけに、「長いと折れるからじゃね?」なんて少し意地悪く
も考えたが、刀身に和歌を彫るなどという洒落たこともやって
のけている。どうやら、大慶直胤自身が武張ったことがあまり
お好きではなかったのかも知れない。
風貌はかなり武張ったような感じだったけどね、直胤は。


「今時正宗のような卸鉄をやっていたら金がいくらあっても足りない」
と文章で残している位だから、良い鋼が手に入らなかったゆえに
あのような折損しやすい刀になってしまったのかも知れない。
ただし、見た目は直胤の作は上々作、新新刀でも第一級とされ
たりしていたし、現在でも人気は高い。刀は見た目では頑丈さや切れ
味は判らないという典型が直胤や金道ともいえる。
まあ、直胤は世相騒然となる時期
以前の人であるので、武用とかけ
離れた江戸期の絢爛時代
最末期の人の作だから、武用と無縁という
のも仕方ないかもしれない。

黒船が来てこりゃ国防考えないとやばい!ってんで、国内の各藩
は日本刀を徹底検査したり強度試験したりして武器として戦国時代の
ように再興させたのだから。


ところで、この逆刃刀というのは、短刀だからできるのであって、
長い大刀だと、正直なところ作るのは可能でも、現実にはぶっ叩きの
棒にもならないように思える。
それは、日本刀独特の外的衝撃による応力除去の吊り橋システム
というものからくる形状をまるで無視しているからだ。
鎌じゃないんだからね。あのような形で衝撃に耐えられようもない。

直胤の両刃の花刀はこのような切先形状になっている。


ようするに上古直刀のような切り刃造りなのである。
片側は平造りね。式包丁のような形状を想像してもらえば分かり
やすいかも知れない。

(古式形状の式包丁)


ただ、鋩子がある通常の刀の形の棟に焼き刃をつけるということは
こういう形状になるということだろう。

これねぇ。。。
反りによる応力拡散除去の原理を無視なんだよねぇ・・・。刃側を使うと。
かといって、ぶち殴り用の道具としてもかなりいろいろな面で強度的に
どうかと思う。

そして、仮に作るとして、焼き入れ前にはこのようなボッコシの反りを
つけておかないと、マルテンサイト変態で膨張するから、普通の刀
の反り具合にはならない。通常の刀は反りが強くなるので反り浅めに
仕上げてから焼きを入れるが、その逆ということになる。

小刀などの直刀がうつむいた逆反り、つまりタケノコ反りなのは、あれは研ぎ減り
ではなく、完全に焼き入れによるマルテンサイト変態の膨張の影響だ。
切先の返りを深く大きく取るでしょう?小刀は。
そうすると、焼刃が背中まで深く回っていることになる。
すると膨張する体積が増えるから、グンと張る訳、背中側が。背中のほうが
刃先よりも太いからね。物理的に化学変化でそうなる。焼きがキッチリと入れ
ば入るほど小刀はうつむく。だからそこまで見越して焼き入れ後にまっつぐに
なるように仕上げてから土を置いて加熱するのが本当なのだが、最初から
直線にしておくと、きれいに焼きが入ったならば刃側にコンニチハしてしまう。
俺の作なんて典型だよ。これはたぶん、上古形状の切刃直刀でも返しを取っ
たらそうなるね。



で、話は戻るが、戦闘用の大刀で鉄の棒としても、人を斬らないために
刃を逆に付けるなんてのは、いわゆるマンガなのよ。
まあ、なんというか、ようするにマンガだからファンタジーなんですよ、

ファンタジー。


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映画『博多っ子純情』初DVD化予告篇

2015年01月10日 | 映画・ドラマ・コミック

映画『博多っ子純情』初DVD化予告篇 光石研デビュー作
監 督:曽根中生 DIGレーベル第一弾


2013/04/12 に公開

2013年6月7日(金)堂々発売&レンタル開始!
長谷川法世原作の人気漫画『博多っ子純情』を映画化。
脚本は、『約束』、『旅の重さ』­等で知られる名匠、石森史郎と
長谷川法世自身が担当。監督は大ヒットシリーズ『嗚呼!­!花の
応援団』を手掛け、その後、突然消息不明となり、不穏な噂が
飛び交う中、201­1年に突然表舞台に現れて話題になった曽根
中生が担当。今や個性派俳優として名を馳せ­る光石研のデビュー
作でもある本作は、70年代の九州の空気と中学生の青春の炎上・
爆­発を見事にパッケージングし、九州のみならず全国的に大ヒット。
昭和の世をシゴく青春­の数々が展開していく青春映画の金字塔
とも言える傑作が遂に初DVD化!
(1978年­公開 キネマ旬報ベストテン作品)

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うわぁ。このDVDほしいなぁ。
高校生でキスしたとかせんとか純情すぎるっちゃろうもん。
中学生みたい(笑
タイムリーにおれも高校生やったけどが(苦笑
というか、設定からすると中学の役か。
あれ、中学から大学までの話だからね。
学内で高校生(中学生?)なのにヘルメットかぶってゲバやってる
のが1970年代の時代を感じさせる。うちの高校も紛争高校だった
けどさぁ(笑
この映画が撮影されたのが1977年。公開が1978年で、原作は
1976年から1983年まで漫画アクションに連載された。
なんつーか五木の『青春の門』の当時の現代版で地方都市と
学園ラブコメにしたような物語だった。なかなか面白かったよ。

博多もんの独特の感性というのは、首都圏育ちの俺には高校の時
にはまったく理解できなかったけど、俺も大学で国内の別の土地の
人と触れ合って初めて「感性の違い」を知った。九州弁や大阪弁や
東北弁を生で聴いたのも大学に入ってからが初めてだった。
大阪弁なんて1980年の漫才ブームがテレビでオンエアされる前は
東京では関西弁はまさに「映画などの画面の中のこと」でしかなかった。
お笑いブームが来て、関西芸人が東京でのTVに出るようになってから
はじめて東京人は大阪弁に身近に触れた。だから今では東京人も
「めっちゃ」とか言うようになったし、大阪人も逆に「~さぁ」とか言う
ようになった。1980年までは、きっぱりとそのような言葉は使わな
かった。

大学生になることの最大のメリットは、大学は日本全国から人が
集まるから、視野が広がることではなかろうか。まったく異文化や
感性を持った人が全国から集まる。そこで触れ合って交流すると
よく日本が見えてくるよ。
かわいい子には旅をさせろとはよく言うが、プチ海外留学で見聞を
広めるような土壌が大学という学府にはある。
学問などより、そうしたことが一番ためになったように私自身は思える。
東京地方も、東京しか知らない連中は実は東京のイナカモンであって、
東京から出たことなくて
全国各地の日本人と触れ合った経験のない
人は、やはり地方から出たことがない人と同じで非常に視野が狭い。
視野というか世界観が信じられない程に狭い。
東京・大阪・京都の大学に進むと、自分中心のそれまでの自己文化
を中心に据えてのみの世界観でゴリ押しするいわゆる「中華思想」が
如何に傲慢で世の中それでは通用しない、ということを全国の人と
触れ合うことで知ることができる。東京のイナカモンも地方のイナカモン
も視野が広がる。狭い世界から一歩踏み出して「世の人」となれる。
やはり、「井蛙大海を知らず」てのはすごくあるよ。
大学といっても、地方の同じ地域の人間のみが集まるとこは、あまり
そういうものは得られないみたいだけど。同族ばかり集まって視野狭窄
の延長線上にあるから。これまた地方のそういう私立大学出身者集団を
見ていると、現実的によく分かる。

こういうことは、現象面として確かにある。
社会人になってからもそうだけど、東京でも大阪でもよいが、人が多く
集まる場所で(つまり「社会」で)人の波にもまれないと人間は視野が
広がらないということだと思う。
最近、東京で独り暮らししている娘と話していて、彼女が言ったことが
ある。彼女は東京で生まれたが1歳半から18歳まで広島県で育った
から、東京の大学で初めて「他の土地の人」と接触したのよね。「広島
だけの狭い見方や考え方がガラリと変わった」と本人も言っていたが、
やはり垣根をとっぱらうことは大切だよ。これはインターナルでインター
ナショナルな視点を持つということにおいて。
本当の意味のグローバルというのは、恣意的な政治操作用語ではなく、
そういうことのように感じる。
そうしたことを踏まえた上で、「(自分は)博多もんやき」という矜持のような
ものを持つことは、アイデンティティの確立であるので、これはいいことで
あるのではないかなぁ。


ところで、俺が常々妻子はじめ友人たちから「ブス好み」と言われている
理由が分かった気がする。
俺、松本ちえこさん大好きだったもの(^^;
離れ目アイドルの原点ここにあり!
てか、好きな顔の原点、ここにあり!
トレーラー観ていて自分で納得した(笑


(撮影時松本さんは18歳でした。撮影時は高校3年。高校生なのに
中学生の役(笑)。公開が1978年12月なので、年内撮影だとしたら
もしかしたら19歳だったかも。高校の時は品川の中延学園学園女子
に通ってた。おらの1コ上。1975年バスボンのCMでブレイクして、
俺が中学の時にはかなり人気ありました。ブスかわアイドルはこの人
が日本初かと)


曾根監督は2014年8月26日に逝去されました。
ご冥福をお祈りします。


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