渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

「孤独のグルメ」目黒

2022年10月26日 | open

【期間限定】第7話 目黒区駒場東大前
のマッシュルームガーリックとカキ
グラタン 孤独のグルメ Season3 松重豊
異色のグルメコミックを松重豊主演で
実写ドラマ化!【公式】
2013年8月21日放送



わが生まれ故郷の目黒を「孤独の
グルメ」の井之頭五郎
(松重豊)
が行く。

この回、かなり印象的だった。
アンティーク家具屋の店長の女優
さんがさりげなく良かったりする。
演技にあざとさが無い。
今から9年前の作品。

最近自分の年齢からではなく、世の
中がゆっくり動いている
ように感じ
る。

例えば、1979年から9年前の1970年
などは、まるで世の中が違う世界だ。
さらに1970年から9年前の1961年は
もう別世界。
さらにさらに、1953年の9年前の
1944年などは世が天と地の差だ。
年齢が進むと、時の流れがゆっくり
感じるとはいうが、それとは異なる
時の流れが現代にはある。
おそらくだが、前世紀末期にすでに
現代の今の世の骨子は完成されて
いて、それほど世の中が変わって
いないのではなかろうか。
2000年プレミアムの頃などは今と
ほとんど変わりのない世の中だ。
すでに22年前なのに。
これが50年前時点の22年前などと
いったら隔絶の世界なのだ。

昭和時代ならば9年前といったら
大昔の
ように世の中が違ったが、
この
9年前のドラマは、ことしの
夏の
物語です、と言われても全く
違和感
はない。
めぐるましく世の中が変わった

激動の昭和と異なり、平成中期
以降の現代は、「すでに完成
された
世の中」のように思える。
閉塞した社会として。
人のえげつなさが露骨に現出し
たのも2000年頃からだ。
ネットの普及と連動している。

あさましい連中が正義面して大手
を振るようになった。
この記事を晒し上げて嘲笑する
ような族が典型だ。
卑劣で心さもしき者ども。
その心根の行く所、未来は無い。


ナツメ

2022年10月26日 | open


今の時期、ナツメの実がたくさん
生っている。

ネット百科によると、以下。
「木材としては、硬く、使い込む
ことで色艶が増す事から、高級工
芸品(茶入れ、器具、仏具、家具)
等に使われている。その他、ヴァ
イオリンのフィッティング(ペグ、
テイルピース、顎当て、エンド
ピン)にも使われている。比重と
してはツゲと黒檀の中間程度」

果実以外ノーチェックだった(笑
ナツメさん。


平板木材。


赤みがかったケヤキみたいな風合い。




ナツメの箸。
ええやん。レッドチェリーみたい。


のど飴代わりに摘んで食うかな。



クリア塗り

2022年10月26日 | open
 

クリア塗りましてん。
ハレーションすごっ。

外の景色が映ってます。




このザンボリング、綺麗だなあ。
ただの青いタネ板かと思ってた
ら、貝を埋めてた。


角度変えると色合いと柄が変化
するメイプルも味がある。


物見台の猫の足跡おまけつき。
 
まだ磨いてません。
ケミカルコンパウンドによる磨き
今後の作業。
鏡面研磨は完全に乾いてからやり
ます。

このキューの切れ味。10秒動画。


アメリカン・ポケット・ビリヤード=プールの魅力

2022年10月26日 | open



アメリカン・ポケット・ビリヤード
=プールの魅力。
それは、「最大の先鋭化された
攻撃性」にこそある。
スヌーカーと同じく、セーフティ
というのはプールでも高度な戦法
でもある。
だが、プールの最大の特徴であり
魅力である対戦の骨子は、的玉を
入れて入れて入れまくって撞き
抜いて圧倒的な展開で勝利する
事にある。
その過程では超絶技法を含めた様々
なスーパーショットがプレーヤーに
よって繰り広げられる。
観戦している観客は、そうした
プレーヤーの高度な技術とそれを
実行するトライ精神に感動し、
称賛の拍手を送る。
セーフティはそうした戦法のごく
一部として活用される技法だ。

かつてのプールの試合では、そうし
たTHE POOL とも呼べる戦いがくり
広げられていた。熱い試合だ。
だが現在。
戦闘的な攻めのセーフティではなく、
消極的な逃げのセーフティを撞いて
場をしのごうとするしょぼいプレー
が多すぎる。特に日本のプロやアマ。
ガッチガチのセーフティをオフェン
スの戦法として実行するのではなく、
手玉の出しミスという自分の失敗
から次の玉が取れない所に手玉を
出してしまったから次のショット
をセーフティとかやっているプロ
やアマが多すぎる。
あるいは見えている玉なのに距離
があるからと入れに行かずセーフ
ティを選択するプロやアマの多い
事、多い事。
これ、かなりレベルとしてひどい。
英国本場のスヌーカーのトップ
プロや米国選手権の全米トップ
プール選手のプロたちとは大違い
だ。

また、少し昔になるが、私の友人
の凄腕アマが国内のオープン公式
大会に出た。
マスワリ連発撞球者だ。四ツ球を

撞かせれば延々と撞き続ける人。
すると、対戦カードで当たった日本
の某トッププロは、すべてセーフティ
しか撞かない玉撞きをやってきた。
友人はそのカードの試合、見えた玉
は3回しか撞けなかった。
セーフティはルール上OKではあるの
だが、日本のトッププロ(当時一位)
がアマチュア相手にそうしたゲーム
プレーをして、どういうつもりなの
かと思う。
プロの厳しさを教えたつもりなのか。
また、どうしても勝ちにこだわり
たかったのか。
なりふり構わぬプレーでも勝ちが
ほしかったのか。
プロである。
プロとは何か。
その者の心の中は、観客不在なのだ。
観客を沸かせるプレーで勝利する
試合を見せるのではなく、自分の
個人的な勝ちにのみ拘泥して、その
為だけのプレーをしてようやく勝っ
た。
アマチュアですね、発想が。

あるいは、観客不在で何がなんで
も勝ちだけを優先する賭け玉師
のそれ。
セーフティ合戦がナインボールの
骨子ではないのだから、プロなの
に何を考えとるのかね君は、と
いう感じ。

ある外国人の友人が言った。
日本のプール界にはプロはいない、
と。
ボウラードで点を取れるだけでライ
センスが得られるのが日本のプロだ。
現在プールだけで300名ほどのプロ
登録者がいる。
その中で、何人が「観客」「ファン」
を意識したプレーをしているのか。
否、しようとしているのか。
玉突きがただ上手いのがプロなのか。
心得違いをしている「選手」があまり
にも多すぎるように私でさえ感じる。

攻めてくれ。しょぼい守りを最優先
せずに、プレーでは攻めてくれ。
徹底的に。
「最大の攻撃性」。
それがアメリカン・ポケット・ビリ
ヤードの骨だ。大樹の幹である。
なぜアメリカ人がプールを大好きな
のか。
それはプールの積極果敢な種目性格
がアメリカンにどんぴしゃマッチ
しているからだ。
実は日本人にも、戦う者には骨子が
マッチしている。
己の一刀を手に戦陣から出撃したら、
斬って斬って斬りまくる。
それがプールだ。
やってくれ。ドカンとズバンとやって
くれ。こせこせした事しないで。
そしてスーパープレー、ファイン
プレーの連続で、観衆の大拍手と
勝利をもぎ取ってくれ。


「福祉」に名を借りた「治安維持」という実質目的の遂行

2022年10月26日 | open












始まりましたね。
安倍氏殺害を利用した治安維持法
成立の下準備が。
特定勢力の計画通り。
また、これは見えすいた予想通り。

しかし、ひでぇ事しやがる。

リマ

2022年10月26日 | open




南米ペルーのリマ。
太平洋に面した断崖絶壁の上に立つ
900万人都市だ。
撞球会元メンバーの一人は本国に
帰り、今ここに住んでいる。
沿岸高速道路の渋滞半端ない。日本
の昼間の東京の首都高なみだ。

リマと東京の共通点。
それは太平洋に面しているという事。
東京は深い湾内にあるが。
東京の人口は1396万人だ。
つまり・・・、日本人の10人に1人
以上は
東京人であるという事になる。
これ、意外と日本人は気づいていな
い。

日本の人口は中世から江戸幕末まで

ほぼ横ばいで3000万人だった。
それが明治富国強兵政策で一気に人口
が右肩上がりに爆発増加した。産め
や増やせやで。

それにより確かに国は富んだ。
真実の背景は他国を分捕る侵略によ

る繁栄だが。日本は資本主義の高度
発達段階である帝国主義により反映
した。
戦後は日本は直接戦争参加はせず、

隣国や環太平洋エリアでの戦争に
より特需でボロ儲けして驚異的な
敗戦の惨状から東洋の奇跡とも呼
ばれた戦後復興を一挙に成し遂げ
た。アジア人民の血によって戦後
日本の爆発的繁栄が実現した。
戦争により戦後日本は繁栄したのだ。
これ、事実。
何が「戦争を知らない子供たち」

だ。ギター弾いて世迷言の寝言を
言ってはいけない。

何が「平和大国日本」だ。薄らとぼ
けてはいけない。
日本人が実直に働いたから、勤勉な
日本人がいたから、ではない。
他国の戦争による軍需拡大で数度の
「~景気」と呼ばれた戦後特需景気
日本に発生していただけだ。
他国の人々の不幸を踏み台にして

戦後の日本は栄華を得たのである。
自国の歴史と自らの身に刃を向ける
血裁猛省の視点無くして、真の国際
連帯や海外協力は存在しない。

軍国主義時代には子どもを出産でき
ない女性は人ではない位にある特定
差別
語でののしられて差別排外され
た。

今少子化に向かっているが、1920年
で人口は5600万人、高度経済成長期
の頂点である50年後の1970年で1億人
だった。
その約50年後の今、1億2630万人だ。
少子化といっても、多少減っただけ
だし、将来的にも100年前程までの
激減は予想されない。
少子化により国が亡びるかのような

事を言う勢力もいる。
人口が減ると貧しくなるのか?
違うだろう。
日本の少子化は中国の陰謀とか言う
者も
いる。
荒唐無稽だ。
今よりも人口が少ない高度経済成長
時代やバブル時代のほうが富んでい
たのだから。国も国民も。
国民の現在の経済的疲弊の原因問
題は政策
であり国策だ。
誰が国民の生活を苦しめているか。
国民自身がやっている事ではない。
だが、国民が選んだ連中によって
その国民疲弊の愚策は遂行されて
いる。
バカノミクス遂行と支持者により、
今後ますます国民の格差は広がる
だろう。バカノマスクが無益で
あったように。

国民は自分で自分の首絞めてりゃ
世話ない。
自業自得というものだ。
カルトに牛耳られたような連中を
推すから今がある。
誰のせいでもない。てめえ自身の
せいだ。
自民党、大政翼賛会のなれの果て。