今日のうた

思いつくままに書いています

街場の戦争論 4

2015-03-15 17:08:11 | ⑤エッセーと物語
 日本の特定秘密保護法は防諜関係の法律としてきわめて質の低いものだと僕は思います。
 わざわざ立憲政治や民主主義を傷つけるような法律を防諜のために作っておいて、
 それが防諜的にまったく機能しないものであるということがこの法案立案者の愚鈍さを
 表しています。僕の結論は「日本は諜報活動ができない国だ」というものです。
 機密がひたすらアメリカに漏れ続けるだけで、見返りにアメリカから「ジャンク」な
 情報しか入ってこない。
 そういう非対称的な情報交換がおこなわれている。その現状を固定化するために、
 さらに法律まで作ってみせた。日本というのはそういう国なんです。

 そういう国でもなんとか平和にやっていけているのは、これはもう誰が何と言っても
 九条のおかげです。改憲だ、秘密保護だ、海外派兵だというような平和ボケした
 政策に熱中できるのは、とりあえずどこからも国境が侵犯されるおそれがないし、
 テロも起こりそうもないと毎日枕を高くして眠っていられるからです。
 「交戦権を放棄した」国に宣戦布告する国はありません。あっても、国連加盟国
 の中でそれを支持する国はありません。九条があるかぎり、日本に対して
 「こちらが先制攻撃をしなければ日本がわが国に侵略してくる蓋然性があった」と
 いう言いがかりをつけることのできる国はどこにもありません。
 日本はその恩恵に二世代、七十年間浴してきました。そして、それがどれほど
 「ありがたい」ことかを忘れてしまった。

 (2020年オリンピック招致で)東京の際立ったアドバンテージが「安全」に
 あったことは誰にもあきらかでしょう。なぜ、そんな当たり前のことをメディアは
 放送しないのか。理由は簡単です。
 それを口にしたら、「なぜ、東京だけは例外的に安全なのか?」という問いが
 続くに決まっているからです。それに対して「日本政府がこれまで海外の紛争に
 軍事介入したことがないので日本を標的にするテロ組織が存在しない」と答えるしかない。

 日本でテロのリスクがきわめて低いのは、日本が海外の紛争に軍事介入して
 こなかったからです。
 そして、軍事介入しなかったのは、日本国憲法第九条がそれを禁止していたからです。
 招致成功の最大の理由は「憲法九条」の効果です。でも、招致派の人たちは誰も憲法に
 対する感謝を口にしませんでした。
 安倍首相をはじめ招致派のほとんどが改憲派です。自分たちが否定している当の平和憲法
 から恩恵を受けながら、それをまるで自分ひとりの手柄であるかのような顔をして、
 招致「成功」の勢いを借りて平和憲法を廃絶しようとしている。
 大恩ある日本国憲法に対するこの「忘恩」の態度に僕は我慢がならない。

 集団的自衛権の行使容認によって、日本がアメリカに随行して海外での軍事活動に
 コミットする可能性が高まってきました。このまま事態が推移すれば
 (安倍首相が近い将来失権しなければ)、
 日本政府はアメリカの要請があれば、海外派兵に踏み切るでしょう。
 そして、おそらくはイラクかアフガニスタンかシリアかイスラエルか、
 中東のどこかでイスラム組織を相手に戦闘行為をおこなう。戦闘員だけでなく、
 非戦闘員も殺し、都市を焼く。

 彼らが日本に攻めてきたわけではありません。日本が勝手に彼らの土地に入り込んできて、
 彼らの同胞を殺している。
 戦争というのはどちらかが正しく、どちらかが間違っているから始まるのではなく、
 「どちらも正しい」から始まる。だから、戦時国際法は戦争行為そのものについては
 正否を論じないのです。

 今後、集団的自衛権を発動して、日本がイスラーム圏でアメリカの軍事行動に帯同
 した場合、日本はイスラーム過激派のテロの標的になるリスクを抱え込むことになります。
 そのことが高い確率で見通せるにもかかわらず、安倍首相とその周辺が前のめりに戦争に
 コミットしようとしているのはなぜか。
 半分は安倍首相という個人のパーソナリティに起因していると思います。
 「戦争がしたい」という個人的な理由があるでしょう。でも、それは個人の
 無意識の領域で起きている出来事ですから、われわれには関与のしようがない。
 けれども、そのような無意識的欲望が政策的に展開するのは、
 それとは違うもっと実利的な理由があります。経済成長です。

 日本にはもう経済成長の余地がありません。これはすでに何度も書いてきたことです。
 それでも無理やり成長させる手立てがまったくないわけではない、
 それは「無償で手に入るもの」をすべて「有償化」することです。
 今ならただかただ同然で手に入るものを市場で商品として購入しなければ
 ならない事態にすれば、消費活動は活性化し、貨幣の運動は加速し、
 経済成長率は跳ね上がります。

 それは経済成長率の高い世界の国々のリストを見ればわかります。2013年の
 経済成長率世界一は南スーダンです。・・・理由は簡単です。
 長く続いた戦乱がいったん収まると人々は破壊された市民生活を取り戻すためには、
 生きていくために必要なものをすべて市場で調達しなければならなくなるからです。
 住む家も着る服も家財道具も、むろん食糧も水も医薬品も文房具も書物も、
 すべて買い揃えなければならない。経済が活性化するのは当然のことです。

(内田さんも私も、1950年生まれです。この年の6月に朝鮮戦争が勃発しました。
 戦後たった5年での朝鮮戦争特需で、日本は飛躍的な経済成長を遂げました。
 このことをかんがみても、戦争が経済効果をもたらすという考えは
 否定できないと思います)

 今の政権は経済成長のことばかりを問題にして、ストックについては言及しない。
 でも、日本は世界でも例外的に豊かな国民資源に恵まれている。たとえば、
 森林資源、水源、大気、治安、医療、教育、ライフライン、交通網、通信網。
 そういうものが整備されている
 おかげで僕たちは無用な出費をせずに済んでいるわけです。
 でも、経済成長のためには「安定したストックがある」ことはむしろ邪魔になる。
 たとえば、日本は治安がよいわけですが、これは治安が悪い状態(たとえばテロのリスク
 がある状態)にすれば、人々は金を出して安全を買わなければならなくなる。

 今、安倍政権は原発事故の処理がまったく進んでいない段階でありながら、
 原発をなんとか再稼働しようと懸命です。国民の健康や国土の保全よりも経済成長率や
 株価を優先している。
 でも、「命より金が大事」というのは典型的な「平時モード」の発想です。
 国民の相当数が原発事故処理の現状を「非常時」「異常事態」とみなしているときに、
 政府はこれを「平時」「よくある事態」とみなして、実際にそうアナウンスをしている。
 つまり、政府のほうが民間よりも平時/非常時の切り替え基準が「甘い」ということです。

 ということは、これから先、何か危機的事態が起きた場合に、国民が
 「たいへんなことが起きた。
 緊急避難的行動を取るべきだ」と感じたときにも、政府は「平気です。安全です。
 何でもありません。ふだん通りに行動してください」と言って、事態を鎮静させ
 ようとする。必ずそうなります。
 「ここが国運の切所(せっしょ)というときにはきっぱりと「金よりも命が大事」
 「株価や成長率よりも国民の命と国土の保全が優先」という「非常時モード」に
 切り替えてもらわなければならない。果たして今の政府にそれができるか。
 僕はできないと思います。

(この本は、2014年10月20日初版発行です。これ以後、
 いろいろなことがありました。
 エジプトにおける安倍首相の演説、そして「イスラム国」による湯川遥菜さんと
 後藤健二さんの殺害。たった5か月で日本を取り巻く環境は、これまでとは
 比較にならないほど厳しさを増しています)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする