南みや子,永瀬輝男共著,ポアンカレの贈り物 数学最後の難問は解けるのか,講談社ブルーバックス1322,2001.
10月下旬,NHK でポアンカレ予想に関する特集が放映された。
それを観て,以前から噂を聞いていたポアンカレ予想について興味が湧いたので,
「まずは一般向けの解説書から」をモットーに,本書あたりから調べてみることにした。
まず,この本はすでに過去の遺物と化してしまった。
多くの天才数学者を百年間悩ませ続けてきたポアンカレ予想は今世紀に入ってすぐに解決してしまった。
副題の通りなら「数学最後の難問」が解決されてしまったことになるが,未解決の難問なら他にもたくさんあるので,これは大げさなタイトルである。
本文は小説風に綴られており,一人の女子学生が男友達に奇妙な物体を預けられたことをきっかけに「ポアンカレ予想」を含む「位相幾何学」という数学の一分野に関わっていくという物語を通して「位相幾何学」について平易に解説されている。
小説風なので読みやすいが,ストーリー展開や数学の内容が気になって先を読み進めたい時に細かい描写がはさまっている箇所では,文学的な部分が少々うるさく感じられた。
巻末にはこの分野の専門家の永瀬輝男氏による,専門的な解説および文献がある。
その解説には「どんな地図でも,四色あれば各国を塗り分けられる」という,永らく未解決であった「四色問題」の解決者のひとり,ハーケン博士の人となりが紹介されている。
ハーケン博士の言であるという,非常に印象深い言葉が記されていたので,ここに引用する:
「場合分けで証明ができてしまうなら,それが一番である」
なんと数十億に及ぶ場合分けによって四色問題を解決したというのであるから驚きである。
その場合分けの検証にはコンピュータを使用したということで,「四色問題」は「数学の証明とは何か」という議論をかもしたことでも有名な問題である。
本格的な場合分けに出会ったのは,おそらく高校1年生の時だろう。
つい場合分けをあまりせずに済むようなうまい道を探しがちだが,大家によるこの一言は非常に含蓄がある。
英語かドイツ語に翻訳しなおして額に入れて飾っておきたいくらいである。
読み始めたのは昨年11月の初旬であり,実に2ヵ月もかかってしまった。
それだけ時間がかかった主な理由は,専門的な内容を理解するのにてこずったためである。
それだけ時間をかけたにもかかわらず,書かれているすべてのことを理解することを断念した。
特に本編の第4章の内容はほとんど判らずじまい。巻末の解説はさっぱりだった。
しかし,図形をゴムのような素材で出来ていると考え,伸ばしたり縮めたりする変形で互いに移り変わる図形を「同じもの(同相)」とみなす考え方にはかなり馴染めたと思う。
たとえば○と□,△はそういう変形で互いに他に移り変われるので「同じ図形」であり,中身の詰まった円板○とドーナツのように穴の開いた◎では,伸ばしたり縮めたりする変形だけでは穴が開いたり完全にふさがったりしないので,「別の図形」である。これが位相幾何学(トポロジー)の図形の分類の仕方である。
この本で学んだ知識をもとにつくった頭の体操のクイズをいずれホームページで公開したいと考えている。
すでに問題は出来ているので,それを公開できる形に加工するための時間を作れるかどうか,が課題である。
そういうクイズに取り組むと,脳みそがねじれたりひっくり返ったりしてごったがえすという体験を味わうことが出来るだろう。
というわけで,本書を読んで思いついたクイズの一例をば。
Q1. 穴が開いた球面は,その穴をどんどん広げて全体を平らにのしてしまえば,平らな円板にまで変形することが出来る。だから,「穴の開いた球面」は「円板」と「同相」である。
では,穴が2つ開いた球面はどんな図形と同相なのか?
Q2. 浮き輪に開いた空気穴を広げることができるとして,その穴を使って浮き輪を裏返すことはできるのか?できないとしたら,それはなぜなのか,理由は?
穴が2つ開いていれば裏返せるのか?それとも,やはり裏返せないのか?
Q1 に対する自分なりの答えは出ているが,Q2 の答えは知らない。
「トポロジー」という理論の一般向け解説書は山ほどあるので,それらを調べれば答えが書いてあるだろうと期待してはいるが,調べてはいない。
なお,答えが知りたい問題の一つに,次の本書 p.205 ページの問題がある。
yyyxy-1y-1x-1=1, xxxyx-1x-1y-1=1 の2式から,x=y=1 を導け。
x,y は正則な正方行列,1 は単位行列のようなものだと思って欲しい。
したがって,xx
-1=x
-1x=1 などが成り立つが,積の順序は一般には変えることができないため,xy と yx は別物として取り扱わなければならない。
一度,数時間かけて取り組んだが,結局解けずじまいである。
「ポアンカレ予想」は,皮肉にも位相幾何学的な手法ではなく,彼らから時代遅れとみなされていた微分幾何学を用いて解決された。
解決に至る道筋を示したペレルマン博士の論文は三編,総ページ数は百ページ程度であるが,それを他の数学の専門家達にもわかる形で解説した他の数学者達の手になる解説論文は,合わせて千ページにものぼる。
この歴史的偉業と同時代に生きる数学に携わる者としてはその理論の全容を知りたいものであるが,解説論文の検討だけでも一体何年かかるのか見当もつかないのでなかなか手出しが出来ない。
ライフワークとして取り組もうとは考えているのだが,本書の内容すら満足に理解できないようでは,ちょっと絶望的かもしれない気がしている。