特に最近気になっていることについてメモしておく.
平面幾何などで顕著なことであるが,数学的な事実を文章で述べる際,
(1) 二等辺三角形の2つの底角は相等しい.
(2) 三角形ABCにおいて,AB=AC ならば ∠ABC=∠ACB が成り立つ.
という,
(1) 一般名称のみで述べる形式
と,
(2) 対象に具体的にラベルをつけて(点や辺にアルファベットの名前をつけて)述べる形式
とに大別できるように感じる.このあたりのことを意識し始めたのは,斎藤憲氏の『ユークリッド『原論』とは何か』という著書を一読した時だったと思う.
(なお,この2種類の述べ方それぞれの特徴をどう言い表したらよいのか,語彙が貧弱なせいでうまい言い回しが思いつかないのだが,もう一度その本を読み直せば何かわかるかもしれない.)
最近になって,例えば微分積分学の授業で,小テストか何かで学生に
「連続関数の中間値の定理を述べよ」
とか
「(微分の)平均値の定理」(Lagrange の平均値の定理と呼ばれているものや,Rolle の定理,でもよいか)
と知識を問う問題を出したとすると,出題者としてはどんな解答を期待すべきか,回答者はどう判断してどう述べるだろうか,といったことが気になるのである.
中間値の定理でいえば,
(1)「ある区間で連続な関数は,その区間の両端における関数の値が異なれば,両端における関数の値の間の任意の数値を,その区間の両端の間で取る」
という,それなりに正確な叙述であるはずだが,なかなか難解な印象の言い回しになってしまっている.
これは,
(1.5)「区間 [a,b] で連続な関数 f について,f(a)≠f(b) ならば,f(a) と f(b) の間の任意の実数 k に対し,f(c)=k となる実数 c が a と b の間にある」
というように,「ある区間」とやらを具体的に [a,b] と明記し,「関数」とやらにも f というラベルをつけ,「値が異なる」というのを数式で表すなどすると,何を言っているのかかなり見通しが良くなるように感じる.
ただし,「間の」という,誤解を招きやすい用語を不用意に使っている点が私は個人的に不満である.「a と b の間に c がある」といった場合,c が端点の a や b と一致する場合も含めるのか,あるいは除外するのか,曖昧だと思うからである.その点を,この定理の前後のどこかではっきりと定義を示して明らかにしなければならないのではないかと思う.このような立場に立つと,現行の微分積分学の教科書の多くの中間値の定理の記述は,私の基準からすると「不合格」である.
そこで,こうした批判をかわす,最も好ましい叙述スタイルは,
(2)「区間 [a,b] で連続な関数 f について,f(a)≠f(b) ならば,f(a)<k<f(b) または f(a)>k>f(b) を満たす任意の実数 k に対し,f(c)=k かつ a<c<b を満たす実数 c が存在する」
となる.
しかし,この (2) の形式は次のような問題点も抱えているように思う.例えば,今問題にしている関数がすでに g やら h やらとラベルが付けられていて,区間も [a,b] ではなくて [c,d] という別の文字が使われていたとしよう.そうすると,
「g は区間 [c,d] で連続であって,g(c)≠g(d) であるから,(2) の定理により,・・・」
と定理を引用した際,
えっ?!(2) の定理には区間 [c,d] とか関数 g とかいう記号は全く出てきていないんですけど・・・?
とツッコむ人もいるかもしれない.「定理の言明に使われている記号」と「今適用したい問題で使われている記号」との不一致はどのようにして解消すればよいのだろうか.
このような,数学的な理論の記述の様式に関する基礎的な問題は,間違いなく古くから数学もしくは哲学のどこかの分野で論じられているはずであるが,不勉強にしてそうした理論を全く知らないままでいる.
ちなみに,平均値の定理については,その重要な応用例としての,
区間 I で微分可能な関数 f について,
I 上で常に f'(x)>0 ならば f は I 上で狭義単調増加である;
I 上で常に f'(x)=0 ならば f は I 上で定数関数である;
I 上で常に f'(x)<0 ならば f は I 上で狭義単調減少である
といった区間における増減の性質について,上のような述べ方がなされることがあるが,これらの性質を真面目に証明しようとすると,述べ方がやや面倒になるような気がしている.問題は,単に「区間」といっても,
[a,b]
[a,b)
(a,b]
(a,b)
[a,∞)
(a,∞)
(-∞,b]
(-∞,b)
の8種類もあるため,最悪,「区間 I」とやらが,これら8パターンのうちのいずれであるかに応じて場合分けして証明を述べることになるという,なかなかにダルい作業が必要になりそうなことである.まあ,実際にはそのような場合分けは一切不要で,
I 内の異なる2点を取り,小さい方を c,大きい方を d とおくと,[c,d]⊂I(区間内の異なる2点を端点に持つ「部分区間」は,元の区間に含まれるという,自明ではあるがちゃんと証明すべき事実を用いた.その証明には区間の8通りの場合分けが必要な気がするが.)であって,f に関する仮定より,f は [c,d] で連続かつ (c,d) で微分可能であるから,平均値の定理が発動して・・・
というように切り抜けることができるのであるが.
ここで話題に取り上げたような問題は,特に数学的な内容を人と音声の会話で議論するときなどで顕著となる.
「今考えている関数は連続で,しかも定義域はコンパクトだから,関数は有界でさ・・・」
という言い回しの方が,
「f は K で連続であって,K はコンパクトだから,どの K の元 x に対しても f(x) が m 以上 n 以下となるような定数 m と n があって・・・」
とか言われるより,ずっと議論が把握しやすいように思われる.
こうしたことは,数学に限らず,何らかの現象などを脳がどう認識するか,という認知の在り方に深く関わる話であるに違いない.
詳細をちまちま列挙されるより,ざっくりと特徴を述べられた方が分かった気になれる,という話なのではないかと思うが,うーん,知識不足でうまく表現できているとはやはり思えない.
平面幾何などで顕著なことであるが,数学的な事実を文章で述べる際,
(1) 二等辺三角形の2つの底角は相等しい.
(2) 三角形ABCにおいて,AB=AC ならば ∠ABC=∠ACB が成り立つ.
という,
(1) 一般名称のみで述べる形式
と,
(2) 対象に具体的にラベルをつけて(点や辺にアルファベットの名前をつけて)述べる形式
とに大別できるように感じる.このあたりのことを意識し始めたのは,斎藤憲氏の『ユークリッド『原論』とは何か』という著書を一読した時だったと思う.
(なお,この2種類の述べ方それぞれの特徴をどう言い表したらよいのか,語彙が貧弱なせいでうまい言い回しが思いつかないのだが,もう一度その本を読み直せば何かわかるかもしれない.)
最近になって,例えば微分積分学の授業で,小テストか何かで学生に
「連続関数の中間値の定理を述べよ」
とか
「(微分の)平均値の定理」(Lagrange の平均値の定理と呼ばれているものや,Rolle の定理,でもよいか)
と知識を問う問題を出したとすると,出題者としてはどんな解答を期待すべきか,回答者はどう判断してどう述べるだろうか,といったことが気になるのである.
中間値の定理でいえば,
(1)「ある区間で連続な関数は,その区間の両端における関数の値が異なれば,両端における関数の値の間の任意の数値を,その区間の両端の間で取る」
という,それなりに正確な叙述であるはずだが,なかなか難解な印象の言い回しになってしまっている.
これは,
(1.5)「区間 [a,b] で連続な関数 f について,f(a)≠f(b) ならば,f(a) と f(b) の間の任意の実数 k に対し,f(c)=k となる実数 c が a と b の間にある」
というように,「ある区間」とやらを具体的に [a,b] と明記し,「関数」とやらにも f というラベルをつけ,「値が異なる」というのを数式で表すなどすると,何を言っているのかかなり見通しが良くなるように感じる.
ただし,「間の」という,誤解を招きやすい用語を不用意に使っている点が私は個人的に不満である.「a と b の間に c がある」といった場合,c が端点の a や b と一致する場合も含めるのか,あるいは除外するのか,曖昧だと思うからである.その点を,この定理の前後のどこかではっきりと定義を示して明らかにしなければならないのではないかと思う.このような立場に立つと,現行の微分積分学の教科書の多くの中間値の定理の記述は,私の基準からすると「不合格」である.
そこで,こうした批判をかわす,最も好ましい叙述スタイルは,
(2)「区間 [a,b] で連続な関数 f について,f(a)≠f(b) ならば,f(a)<k<f(b) または f(a)>k>f(b) を満たす任意の実数 k に対し,f(c)=k かつ a<c<b を満たす実数 c が存在する」
となる.
しかし,この (2) の形式は次のような問題点も抱えているように思う.例えば,今問題にしている関数がすでに g やら h やらとラベルが付けられていて,区間も [a,b] ではなくて [c,d] という別の文字が使われていたとしよう.そうすると,
「g は区間 [c,d] で連続であって,g(c)≠g(d) であるから,(2) の定理により,・・・」
と定理を引用した際,
えっ?!(2) の定理には区間 [c,d] とか関数 g とかいう記号は全く出てきていないんですけど・・・?
とツッコむ人もいるかもしれない.「定理の言明に使われている記号」と「今適用したい問題で使われている記号」との不一致はどのようにして解消すればよいのだろうか.
このような,数学的な理論の記述の様式に関する基礎的な問題は,間違いなく古くから数学もしくは哲学のどこかの分野で論じられているはずであるが,不勉強にしてそうした理論を全く知らないままでいる.
ちなみに,平均値の定理については,その重要な応用例としての,
区間 I で微分可能な関数 f について,
I 上で常に f'(x)>0 ならば f は I 上で狭義単調増加である;
I 上で常に f'(x)=0 ならば f は I 上で定数関数である;
I 上で常に f'(x)<0 ならば f は I 上で狭義単調減少である
といった区間における増減の性質について,上のような述べ方がなされることがあるが,これらの性質を真面目に証明しようとすると,述べ方がやや面倒になるような気がしている.問題は,単に「区間」といっても,
[a,b]
[a,b)
(a,b]
(a,b)
[a,∞)
(a,∞)
(-∞,b]
(-∞,b)
の8種類もあるため,最悪,「区間 I」とやらが,これら8パターンのうちのいずれであるかに応じて場合分けして証明を述べることになるという,なかなかにダルい作業が必要になりそうなことである.まあ,実際にはそのような場合分けは一切不要で,
I 内の異なる2点を取り,小さい方を c,大きい方を d とおくと,[c,d]⊂I(区間内の異なる2点を端点に持つ「部分区間」は,元の区間に含まれるという,自明ではあるがちゃんと証明すべき事実を用いた.その証明には区間の8通りの場合分けが必要な気がするが.)であって,f に関する仮定より,f は [c,d] で連続かつ (c,d) で微分可能であるから,平均値の定理が発動して・・・
というように切り抜けることができるのであるが.
ここで話題に取り上げたような問題は,特に数学的な内容を人と音声の会話で議論するときなどで顕著となる.
「今考えている関数は連続で,しかも定義域はコンパクトだから,関数は有界でさ・・・」
という言い回しの方が,
「f は K で連続であって,K はコンパクトだから,どの K の元 x に対しても f(x) が m 以上 n 以下となるような定数 m と n があって・・・」
とか言われるより,ずっと議論が把握しやすいように思われる.
こうしたことは,数学に限らず,何らかの現象などを脳がどう認識するか,という認知の在り方に深く関わる話であるに違いない.
詳細をちまちま列挙されるより,ざっくりと特徴を述べられた方が分かった気になれる,という話なのではないかと思うが,うーん,知識不足でうまく表現できているとはやはり思えない.
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