拝啓、世界の路上から

ギター片手に世界を旅するミュージシャン&映画監督のブログ(現在の訪問国:104ヶ国)

インペリアルトルテとメランジェ・コーヒー(ウィーン/オーストリア)

2009-10-21 | 世界の食


ウィーンで食べたホテルインペリアルのインペリアル・トルテとメランジェ・コーヒーです。


ウィーンのトルテ(ケーキ)といえば、ホテルザッハーのザッハトルテが有名ですが、最近ではこちらのインペリアルトルテが人気だとか。

マジパン入りで外観も高級感が溢れ、小さいものは5ユーロ位のお手頃値段から購入できるので、お土産にも人気があります。(お店で食べても5ユーロ位から。製造後2~3週間日持ちするみたいです)


ザッハートルテもそうですが、かなーり甘いので、個人的には甘さ控えめのフツーのケーキの方が好みなのですが、ウィーンの思い出にはぴったりの一品かもしれません。


写真左上はウィーンで人気のメランジェ・コーヒーです。

カプチーノみたいに泡立てたミルクとコーヒーが約半々で、カフェオレ派の自分好みのウィーンナー・コーヒー(ウィーン風コーヒー)です。


ウィンナー・コーヒーといえば、昔から日本で有名な生クリーム入りのウィーンナー・コーヒーを思い出しますが、実は同名のコーヒーはウィーンには無く、アインシュペナー(生クリーム入りモカ・コーヒー)というコーヒーがそれに近いものみたいです。


ナポリにスパゲティ・ナポリタンが無いのと同じですね。(笑)

まもなく冬?

2009-10-20 | その他


ここのところドイツでは寒い日が続いています。

早朝など気温がマイナスの上、最近ぐっと日照時間が短くなって、通勤時間は日の出前・日没後になる為、近所の公園でのジョキングもままならない状態です。
(ドイツは公共の照明等が少ないです)

日照時間といえば、もう今週末はサマータイムも終わって冬時間になります。
いよいよ欧州も冬支度が始まります。

寒さで新陳代謝も悪くなってリバウンドぎみなので、本気で昼休みにジョギングでもしようかと考えている今日この頃です。(汗)

シシュ・ケバブ(トルコ&北キプロストルコ共和国)

2009-10-19 | 世界の食


ラム肉の串焼きケバブ(Şiş Kebabı)です。

日本でもトルコ料理の代表格として有名ですが、トルコからインドまでのアジア地域で広く食べられています。


写真は北キプロスで食べた時のもので、ギリシャ色の強い南キプロスとは違い、人々も言葉も、そして写真のように食も、北キプロスはまさにトルコという感じです。


ケバブ等と一緒に出されるアラブ風サラダやピラウ(トルコ風ピラフ)は日本人の口によくあいます。

MAZE(キプロス)

2009-10-18 | 世界の食


キプロスで食べた魚料理、MAZEです。

キプロスの魚料理といえば、フィッシュ・メゼ(Fish Meze)が有名ですが、通常2人前からの為、この時は魚の夏野菜の盛り合わせというこのMAZE(マゼ)を食べました。

欧州ではよく食べられる、海老やムール貝、スズキやサーモンの他、ホタテ貝などもあり、新鮮でかつ繊細で、キプロスの人々の食への情熱の大きさ、魚料理が生活・文化に深く根付いていることを感じました。


キプロス(南キプロス)はギリシャ語が公用語ですが、欧州で美味しい食事を食べるなら、やはりラテン語圏(フランス語・イタリア語・スペイン語・ポルトガル語・ギリシャ語等)なのかもしれません。(笑)


グリークサラダ(ギリシャ&キプロス)

2009-10-17 | 世界の食
世界的に有名なサラダの1つ、グリークサラダです。

山羊チーズであるフェタ・チーズ、オリーブ、キュウリ、トマト、タマネギ等が入ったサラダですが、ギリシャチーズの代表格であるフェタは、フレッシュチーズでクセがなくとても食べやすいです。


写真はキプロスで食べた時のものですが、ギリシャで食べたグリーク・サラダも同様、フェタの塩味とコクがキュウリ・トマト等の野菜と絶妙にあい、大好きなサラダの1つです。

グリークサラダは昼食・夕食の前菜としてだけでなく、朝食でもよく食べられるせいか、ギリシャは世界一のチーズ消費国なんだとか。


ギリシャ料理のつけあわせとしてよく出される、写真左側のタラモサラダ(魚卵とマッシュポテト・酢・オリーブ油等をあわせたディップ)や、中央のセサミパンも絶品でした。

予防接種

2009-10-16 | その他
日本をはじめ、世界的に猛威をふるっている新型インフルエンザですが、昨日予防接種を受けてきました。

といっても新型ワクチンは近所の診療所では受けられないので、もちろん季節性の方ですが。


併せて肺炎もやっておくといいという話だったので、1週あけて来週はそちらをと思っています。


ところで初めて知ったのですが、ドイツでは病院や診療所に常備していない予防接種のワクチン等を、近所の薬局等で買って持ち込み、診療所で打ってもらうといったことがよくあるのだそうです。

病院側からも「今切らしているから自分で買ってきて~」とフツーに言われるのだとか。


ただ救急車で運ばれた時等には、さすがにこのセリフは言わないだろうと信じているのですが、この国なら自力歩行が可能な状態だと言われかねんと思ってみたりして。(汗)


この話を聞いた時、製薬会社関係者は新型インフルエンザのワクチンを「お持込み」しているのだろうか?と思ったのですが、まあどのみち製薬関係に知り合いのいない自分には関係の無い話です。(苦笑)



日本でも連日新型インフルエンザ被害のニュースが報道されているようですが、1日も早く一般の人々にもワクチン等が行き届き、この騒動が落ち着いてくれることを心から願う今日この頃です。



寒波到来

2009-10-15 | その他
ドイツは寒波の影響で冬並みの気温です。

この数日は最低気温も1度~-1度といったところで、急激に冷え込んだせいか風邪をひいてちょっと寝込みました。(汗)

外出時はダウンジャケットを着込んで、完全に冬装備です。


10月も中旬ということで、このまま冬に突入なのでしょうかね。

既に春が待ち遠しい気分です。(笑)

ひとりの日本人として、ヒロシマ・ナガサキについて思うこと

2009-10-13 | 旅人のひとりごと


広島、長崎が共同で2020年の五輪開催都市に立候補するというニュースを耳にしました。

時を同じくして、アメリカのオバマ大統領が核廃絶を訴えたことが評価され、ノーベル平和賞を受賞したという話を聞きました。

アメリカ国内をはじめ欧州でも「オバマはまだ何もしていないのに」という意見が多く聞かれますが、オバマ大統領をはじめ、世界はヒロシマ・ナガサキに原爆が投下されてから75年後にあたる、その2020年の核廃絶を目指しているのだそうです。


核兵器の話をするとき、世界中どこへ行っても必ず話題に出るのがヒロシマ・ナガサキのこと。

戦争の歴史を持つ場所や、中東方面の反米感情のある国等を旅していて、自分が日本人だとわかると、他国の人達の口からヒロシマ・ナガサキについて同情的な言葉をかけられたりすることがあります。

また以前に他国の人から、ヒロシマ・ナガサキについてどう思う?と自分が聞かれた際、別の他国の人から「それはデリケートな話題だからむやみに聞くのはよくない」といった言葉をかけられたことがあります。


その時は「全然大丈夫だから」と笑って返した気がしますが、一方で自分は「ヒロシマ・ナガサキであった出来事」を知識として知ってはいても、知っているだけで、それ以上でもそれ以下でも無いのではないか?という思いが脳裏をよぎったことを、今回の五輪招致の話を聞いた際にふと思い出しました。



「愛情の反意語は憎しみではなく無関心である」という言葉を聞いたことがあります。



先程の言葉ではないですが、世界で唯一の被爆国である日本人は、ヒロシマ・ナガサキ・核というものに対して、特別な感情がきっとあるはずだと他国の人達は思っているのに、自分を含め多くの日本人は「遠い過去の歴史」にしてしまっている事実があります。


確かに毎年夏の季節になると、必ず原爆の話題がメディアでとりあげられます。

しかし戦争というものにリアリズムを感じられない、我々多くの日本人にとって、それは毎年繰り返される単なる情報になってしまっていて、そこで何を考えることなく、ひょっとすると何も感じることさえ無く、自分達を通り過ぎて行っているのではないかと思います。


2020年の核廃絶を世界に訴える為、ヒロシマ・ナガサキ両市がこれからアピールを続けていくのでしょうが、ひょっとするとそれは「世界に対して」というより、「我々日本人自身に対して」とても意味のあることなのではないかと思っています。


「五輪なんて別にどこでやったっていいじゃないか」、「税金の無駄使いだ」等、色々な意見があるでしょうが、未来に向かってほんの少しでも世界が良い方向へ進むように、自分は両市の五輪招致運動を応援して行きたいと思います。


※写真:原爆ドーム(広島)

聖ラザロ教会(ラルナカ/キプロス)

2009-10-12 | 旅フォト(ギリシャ・キプロス)
ラルナカの聖ラザロ教会です。

ラルナカがキティオンと呼ばれていた時代。

新約聖書にも登場する聖ラザロが、1度死を迎えるもののイエスの力によって生き返り、その後イスラエルからキプロスに渡ったラザロが、この町のキリスト教最初の主教として30年以上過したという言い伝えがあります。

その後ラザロが再度死を迎えた後、この教会にその骨が埋葬されたのだとか。


エルサレムからキプロスに渡り、その後ロドス島、マルタへ逃れた騎士団もそうですが、地理的にイスラエルと欧州との中継地にあたるためか、キリスト教の多くの聖人等が、この地に足を運んだというエピソードが残っています。

グリーンライン(レフコシア/キプロス)

2009-10-11 | 旅フォト(ギリシャ・キプロス)

 

 

キプロスの首都二コシア(レフコシア)を分断する国境線、グリーンラインです。

1974年にキプロスを2つに分けたこの停戦ラインは、首都二コシアを含む、キプロス全土300キロメートルに渡って引かれており、コンクリート・有刺鉄線・監視等・地雷設置区域等で構成されています。

 

長い間武力衝突等が起こっておらず、紛争の緊迫感をまったく感じないキプロスですが、グリーンライン近辺では今も、国連平和維持軍がパトロールしています。