昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第五章“パワーストーン” ……8

2014年02月05日 | 日記

久美子は、タクシーを富ヶ谷の交差点で止めた。深夜だというのに、交差点を行き交う人の数は多い。コンビニの灯りに、羽織っただけのダウンコート姿が恥ずかしい。急がねば、と思う。

高山のマンションに着く。一群の人だかりが喧しい。横をすり抜ける。中庭に高山オフィスからの明かりは、もうない。池があることに気付く。小さな水面に月明かりが揺れている。安達が何度か口にしたお気に入りの池なのかもしれない。生き物がいなくて、ただ水を湛えているだけの小さな池が好きだ、と言っていた。

「こんばんは」

そっとドアを開ける。高山がすぐ姿を現す。待ち受けてくれていた顔が優しく微笑んでいる。宴の後の倦怠が漂っている。中央のテーブルの顔が三つ、一斉に久美子に集まる。値踏みをするような視線に、脱ぎかけていたダウンコートの前を慌てて合わせる。

「どうぞ、どうぞ。お待ちしてたんですよ~~」

男女が立ち上がってくれたのをきっかけに、中へと進む。終始にこやかに寄り添ってくれていた高山がダウンコートを受け取ってくれる。

「どうぞ、どうぞ」といざなわれた椅子に着く。背中の力が徐々に抜けていく。安堵が全身に沁み渡って行く。まるで、安達と一緒にやって来たかのようだ。

「その椅子、安達君専用の椅子なんですよ~~」

向かいにやってきた高山が指差す。久美子は跳ね上がり、しげしげと椅子を眺め撫でてみる。背もたれは低く、クッションは固い。肘あての柔らかな曲線とすべての木端が滑らかに仕上げられているのとは対照的だ。安達が好みそうな椅子だ。

「その椅子、他人じゃないような気がしたでしょ?」

めぐみが微笑み、

「安達ちゃん、どこに行ってるのかしらねえ」

と高山に目を送る。

「とりあえず、現状を詳しく教えてください」

高山が久美子を正面から見つめる。その目は穏やかに微笑んだままだが、奥には真剣な光を宿している。

久美子は、連絡が途絶えてからの2週間を、順を追って説明した。時折高山がディテールを確認する以外、全員押し黙ったままだった。

センターテーブル辺りの光景が変わったことに気付いた数名が順に帰路につき、30分もすると高山オフィスは、5人だけとなった。

一通り説明が終わる。高山が「安達ちゃんの持ち込みだよ、これ」と差し出したグラス1杯の日本酒を一気に飲み干す。少し前屈みに緊張していた身体を椅子に落とすと、久しぶりの深い安堵感が身体を浸していった。

しばらくその様子を見守っていた高山が、切り出す。

「さて、我々も協力しようじゃないか。ただ、次の3点には気を付けようね。まず、簡単に悲観的にはならないこと。二つ目は、みんなで協力するにあたって、それぞれ無理をし過ぎないこと。三つ目。情報は共有し、仲間以外にはできるだけ漏らさないこと。……どう?以上だけど……兵藤さん、何かありますか?」

「いえ。ありません。お心遣い、ありがとうございます」

久美子は、深々と頭を下げる。

「悲観的にならないようにね、兵藤さん。今はただわからないだけの状態なんだからね。……憎しみと悲観には…」

「平安と希望は近寄らない。でしょ?!高山さんがよく言う言葉よね。私、そうだと思うわ。ねえ、兵藤さん。悲観しないようにしようね」

あゆみが言葉を引き取り、下げたままの久美子の頭にそっと触れる。小刻みな揺れを掌に感じる。

触れた手をそのままに、めぐみを振り返る。と、めぐみが耳に口を近付けてきた。

「強い人ね。大丈夫そうね」

言い終わると同時に、久美子が顔を上げる。

「悲観なんかしてません。大丈夫です。ありがとうございます」

やや震えていたが、力強い声だった。目と頬に咄嗟に拭った涙の跡があったが、そこには明るさが差し込み始めているようにも見えた。

「まったく!どうしようもないなあ、あいつら!」

そこにドアを勢いよく開けて入ってきたのは田端だった。

 

                                   *次回は1月6日(木)予定    柿本洋一                           

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795

*第四勝:ざばぁ~~ん http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=959c79d3a94031f2e4d755a4e254d647


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