昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   20

2011年05月27日 | 日記

三枝君と京子がいそいそと帰っていくのを、僕はバスタオルを腰に見送った。後には、睦言の余韻が残った。

窓から路上を見下ろすと、肩を寄せ合うようにして急ぐ二人の後ろ姿が光っていた。

「アイロン借りてきたから、ちょっと待っててね~~」

声に振り向くと、和恵が古そうなアイロンをかざしていた。彼女が寝ていた掛け布団の上には、僕のジーンズが置かれている。

「悪いね」

ぴょこりと頭を下げて、気付いた。タバコがない。

「あ!三枝君、タバコ全部持って帰りよった~~」

思わず声が大きくなった僕に、「買ってきてあげるから、大丈夫よ~~」と和恵が囁やくよう言う。

女の子の下宿であることを僕は突然思い出す。アイロンを借りてきたのだから、家主も在宅であることは間違いない。男の大声は、禁物のはずだ。

「ごめん。頼むわ~~。お金、出す」

ポケットをまさぐろうとして、ボクサーパンツに触れる。妙に気恥しい。

「お金、洗う時に出しといたから、そこから持って行くね」

少し赤らんだ僕の顔を上目使いに見て微笑み、和恵はささっと階段を下りていった。

“今のうちだ!”と立ち上がりトイレに行こうとしたが、場所がわからない。吐いたおかげか汗のおかげか、もう少しは我慢できそうだと諦め、ジーパンにアイロンをかけることにした。

初めて会ったに等しい女の子の部屋で、自分のゲロに汚れたジーパンを脱がされ、洗われ、アイロンかけまでされる、というのは、どうも心穏やかではない。遠く離れた所から挨拶をして、瞬きをしたら、もう目と鼻の先に相手の顔があったような気分だ。

言葉を交わしたこともほとんどない者同士が、酒が起こした流れとはいえ、流されっ放しのまま狭い部屋に一緒にいるということ自体、良しとはできないことだ。

三枝君と京子の理解しがたい成り行きといささか生臭い言動を見た後だけに、僕の心はかえって澄んでいる。嫌な言葉と酒の名残を吐き出したせいかもしれない。

「まあ!いいのに~~」

2~3度アイロンを滑らせた時、和恵が帰ってきた。

「ちょ、ちょっと待って!」

僕は慌ててアイロンを置いて、腰を引く。ジーンズを左手で鷲掴みにする。引いた腰に当てようとして、“これくらいなら穿いてまえ~”と決意する。

「ちょっと待ってて!って。……“いいよ”って言うまで待ってて!」

顔だけ出している和恵に強く言って、顔が引っ込むと立ち上がり、なんとかジーンズを腰まで引き上げた。

「私は男の人のパンツ姿平気やから、そんな無理せんかてええのに~~。一つ違いの弟で見慣れとるし~~」

和恵の語尾を長く伸ばす話し方が、急に気になり始める。年子の弟がいることはわかったが、長女なのだろうか。それとも、兄や姉はいるのだろうか……。

「暑そうやねえ、外。……外は、確実に40度超えてるんやろなあ」

なんとも所在なく、中腰で窓から首を出す。三枝君と京子が歩んで行った方向を見る。熱気にゆらめく空気の向こうに、汗にまみれて抱き合う二人の蜃気楼を見たような気がした。

「どう~~?お茶でも飲んでから帰る~~?」

ドキリとして振り返りざま、窓枠に頭を打ち付ける。

「テ、テ、テ~~!」

しゃがみこむと、「頭が受難の日ね~~。気を付けないとね~~~~~」と和恵は笑った。

そしてそれが、きっかけになった。

「帰ります!……仕事あるし。冷房の利いた店なんかに入ると、足から風邪引きそうやし」

と、お茶も断わった。

「シャツ、忘れてない~~~?」

言われて。上半身裸を思い出す。

「あ~~~~!」

両方の胸を手で押さえる。と同時に、突然笑えてくる。この24時間ずっと、誰の意志の力も及ばない世界にいたようだった。刺激的で馬鹿馬鹿しく、それでいて妙に生っぽかった。

「さて!」

二人でひとしきり笑い終わると、非日常に決別するように、僕は一瞬気合を入れた。

「じゃ、帰ります。……お世話になりました~。いろいろ、ありがとさ~~ん。………また、機会があったら」

まだ濡れたシャツを受け取り、なんとか袖を通しながら、漠然とした再会の意思を込めたお礼を言った。

「きっと、会えるわよ~~~」

階段を降りようとした僕の背中にかけられた和恵の言葉に振り返る。その言葉には、確信の響きがあった。

 

     月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

第一章“親父への旅”を最初から読みたい方は、コチラへ。

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第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読みたい方は、コチラへ。

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第三章“石ころと流れ星” を最初から読みたい方は、コチラへ。

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もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)

2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)


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