昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第一章:親父への旅   雨のち晴れ ②

2010年10月14日 | 日記

休憩室は、珍しく老夫婦一組のみ。2度目だが、前回と同じように、奥さんが二つに千切ったタバコの一方を煙管に差してもらい、旦那がいとおしそうに吸っている。肺癌を警告するポスターが目の前になければ、麗しい光景だ。

ちょこんと僕にお辞儀をし、むせかえりながら、千切られたタバコのもう一方をおねだりする。「駄目、駄目!」とたしなめた険しい顔を緩めながら、奥さんは僕に話しかける。

「肺癌なんですよ~。でも、こうやって欲しがるんですよ~。懲りないんですねえ。困ったもんです。……駄目です!駄目だって!もう~~」

遂に奪い取った旦那は、身を屈め慌てて火を点けている。僕は1本取り出したタバコのやり場をなくしてしまう。

少女のことが浮かび、消えていかない。昨晩一晩、僕が自由で静かな時間を過ごした一晩を、彼女はどんな想いで過ごしたのだろう。雨に濡れエレベーターに駆け込んできた時の姿のまま、僕の中の少女はベッドサイドに蹲っている。

残り半分を吸い終わり満足そうな旦那を奥さんが追い立てるようにして、老夫婦が去っていく。やっとタバコに火を点けるが、吸う気になれない。一口煙を吐き出し、僕も休憩室を去る。

親父は親父だ。生命はそれぞれにあり、それぞれに展開していくんだ、と思おうとするが、足は重い。

 

親父の個室は平和な空気で満たされていた。安らかな寝顔は僕が出て行った時のまま。微かな寝息に安心感が漂う。窓からは、うっすらと光が差し込んでいる。雨が止むのも間もなくだろう。

あの少女は、この光が映し出す光景を受け止めかねながら、しかし、しっかりと記憶に刻み込んでいることだろう。

生命は、ふっと消えていく。残るのは、残された者の想いだけだ。彼我の距離は、そう大きくはない……。

そっとソファに腰を下ろす。溜め息が止まらない。押しとどめると、涙になりそうだ。彼女の心に、エネルギーが再び満ちてくるのはいつのことだろう……。

 

「あれ?!どうした?!」。親父が目を覚ます。「帰って来たんだよ」「飛ばんかったんか」「そう。欠航」。親父の声に胸の奥がほぐれていく。

「仕事はせやあないんかい?」「大丈夫。スタッフがしっかりしてるから」「連絡したんかい?」「これから。まだ誰も来てないもん」「そうか。遅いんじゃのお。…じゃあ、夕方の便か?」「ううん。この際だから、もう一泊する」「そうか」……。どこか、拍子抜けした気分だ。

携帯の電池の残量を確認する。10時半になったら関係者と事務所に電話することにする。

 

「朝飯は食ったんかい?」。2~3分の沈黙の後、思い出したように親父が言う。「食べたよ。空港で」と応える。そして、微妙な空気の変化を感じる。

雨が止んでいく。日の光が輝きを増していく。薄暗い光の中で繰り返されてきた、親父と僕の手と手のコミュニケーションも、光の中に押し出されていく……。

言葉が乾いていく。親父と僕の間に、薄く透明なカーテンが降りてくるような気がする。

もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと等あれこれ日記)

2.60sFACTORY活動日記

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