快風丸

俺の船に乗らないか。

多摩蘭坂

2009-09-26 23:30:15 | Weblog
 想像したよりなだらかな坂だった。何の変哲もない住宅街であることなど知っていた。それでもいいんだ。ただ、自分の気持ちにふんぎりをつけに来たのだ。
はなから何もないんだよ。

 しかし、これがそうかと不安になった。

 こっちの横道がそうかも。午前中の住宅外は車の通りはあっても歩いている人はいない。聞く人もない。それはそれでしょうがない。

 坂の下で車を洗っているおじさんがいた。
おそるおそる「こっちが多摩蘭坂ですか。」

「そうです。」
老紳士は、答えてくれた。そうか、やっぱりこのなだらかなバス通りじゃないんだ。その坂に向かって歩きだしたころ、

「すみません、間違ってました。こっちが多摩蘭坂です。」

カン違いしたらしい。

「昔はもっと急な坂で、子供のころは、雪が降るとスキーみたいに滑り下りて遊んでたんですよ。」

 バス通りを見上げながら教えてくれた。多摩蘭坂の下に子供のころからずっと住まわれているとのこと。

「このあたりはぜんぶ森でね、良かったんですけどね、どんどん開発されちゃって、今はダメですね。昔は買い物だけが不便でね、国立の駅前にスーパーが一軒しかなかったのでね。」

 清志郎さんはどのあたりに住んでたんですか。

「その上のほうに学生が住むようなアパートがあってね。この石垣も、今はコンクリートだけど、少し前までは玉石で、いっぱい落書きがしてあってね、僕は知らなかったんだけど家内が知っててね、忌野清志郎という人がこの坂の歌を書いたんだよって。」

「この家の人がね、国立市にかけあって49日まではって、ここにずいぶん花が置いてあってね、毎日掃除されてたんですよ。」

 ありがとう、おじさん。

「僕ももう何年生きられるかわからないので、最後の車検に出そうと思って、車を洗ってたんですよ。」

 写真撮らせてもらった。
失礼ですけど、おいくつですか。

「85歳です。」

国立に向かって歩いた。歩きながらこみ上げてきたのは失った悲しみからではなかった。
名前も聞かなかったけど、まさか、そんな話が聞けるなんて思ってもみなかったから。ほんとにうれしかったんだ。

 「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」の歌詞のとおり、国立駅の南口に着いた。
僕の供養は終わった。

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2 コメント

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泣けるねぇ (やっち)
2009-09-28 09:31:39
この時代をまんべんなく生ききるぞ!
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この時代 (oni)
2009-09-28 23:51:11
 生きましょう。
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