■鳥居■
(28th April 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/6a/3f584a48660d7f378c010cb8e6bb287f.jpg)
★伊達社★ 和歌山県和歌山市園部1580
・延喜式内社、紀伊國名草郡、伊達社、名大。
・舊社格は郷社。
・祭は五十猛命、八井耳命。相殿に市杵島姫命。本來、伊達(イタチ、イタテ)一神。伊達を五十猛命と同一視している。
・志磨社、靜火社とともに「紀三所」とされるが、これは、祭をそれぞれ建速須佐之男命の子である五十猛命、大屋津比賣命、都麻津比賣命に見立てての名稱である。ただし、志磨社、靜火社に關しては疑問が殘るとされる。
・八井耳命は園部の氏とされており、園部氏がその後裔であると言っているが、当社に合祀された時期や事情は不明である。
・中世以来、五十猛命の父神素盞嗚命を合わせ祀り、祇園牛頭天王と稱していたという。
・織田信長の紀伊國侵入により社殿が破壊され、寶、文書の類がすべて紛失したため、社記は殘っていない。
・寛保年間(1741-1744)、和歌山城下小野町の吹上社が「当社こそが式内伊達社である」と主張し、和歌山藩がその主張を認めたために「伊達社」の社名は吹上社に移り、当社は鎭座地名から「薗部社」に改稱させられた。後にその主張は誤りであることが判明し、明治時代に「伊達社」に復した。
・伊達は船のとしての性質が強いが、これは、五十猛が紀州の山の、樹木のであり、その靈はそのまま、杣山の樹から伐り出した材木で作った船の守りになる、という思想によると考えられている。
■拜殿■
(28th April 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/b9/dd1867853bfb37d829b6fa68e1f1d16b.jpg)
■本殿■
(28th April 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/0e/e358ddd7051b6b33b5548fe8f69b7a02.jpg)
■木■
(28th April 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/1d/1745ae6dbe94ee2f0d5218451bd75734.jpg)
((コメント))
2009年4月28日
園部にある延喜式内名大社イタチ社。園部というと、社どころか、どうしても、「毒物カレー事件」「林眞須美死刑囚」が頭に浮かび上がってしまうのだが、そういう事件の起こった集落に伊達社は鎭座している。車を停めるところもない狭い路地の中にぽつんと社は鎭座していた。正直、名大社とはいうものの、個人的にはあまり感じるところはないような社であった。がいなくなったというか、殘り香を感じるか感じないか、というような感覚であった。
(28th April 2009)
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★伊達社★ 和歌山県和歌山市園部1580
・延喜式内社、紀伊國名草郡、伊達社、名大。
・舊社格は郷社。
・祭は五十猛命、八井耳命。相殿に市杵島姫命。本來、伊達(イタチ、イタテ)一神。伊達を五十猛命と同一視している。
・志磨社、靜火社とともに「紀三所」とされるが、これは、祭をそれぞれ建速須佐之男命の子である五十猛命、大屋津比賣命、都麻津比賣命に見立てての名稱である。ただし、志磨社、靜火社に關しては疑問が殘るとされる。
・八井耳命は園部の氏とされており、園部氏がその後裔であると言っているが、当社に合祀された時期や事情は不明である。
・中世以来、五十猛命の父神素盞嗚命を合わせ祀り、祇園牛頭天王と稱していたという。
・織田信長の紀伊國侵入により社殿が破壊され、寶、文書の類がすべて紛失したため、社記は殘っていない。
・寛保年間(1741-1744)、和歌山城下小野町の吹上社が「当社こそが式内伊達社である」と主張し、和歌山藩がその主張を認めたために「伊達社」の社名は吹上社に移り、当社は鎭座地名から「薗部社」に改稱させられた。後にその主張は誤りであることが判明し、明治時代に「伊達社」に復した。
・伊達は船のとしての性質が強いが、これは、五十猛が紀州の山の、樹木のであり、その靈はそのまま、杣山の樹から伐り出した材木で作った船の守りになる、という思想によると考えられている。
■拜殿■
(28th April 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/b9/dd1867853bfb37d829b6fa68e1f1d16b.jpg)
■本殿■
(28th April 2009)
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■木■
(28th April 2009)
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((コメント))
2009年4月28日
園部にある延喜式内名大社イタチ社。園部というと、社どころか、どうしても、「毒物カレー事件」「林眞須美死刑囚」が頭に浮かび上がってしまうのだが、そういう事件の起こった集落に伊達社は鎭座している。車を停めるところもない狭い路地の中にぽつんと社は鎭座していた。正直、名大社とはいうものの、個人的にはあまり感じるところはないような社であった。がいなくなったというか、殘り香を感じるか感じないか、というような感覚であった。