12月4日にテレビを見ていたら「アフガンで中村哲医師死亡」のテロップが流れたのですが、恥ずかしながらどのような活動をされていた方なのか存じておりませんでした。
翌日の新聞は一面を始め多くの紙面を割いて、事件の詳細や中村さんの評伝、死を悼む声などを報じており、福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の現地代表として治安情勢の良くないアフガニスタンで人道支援活動を続けてきた中村さんが、武装勢力に銃殺された理不尽極まりない事件の詳細を知った次第です。
若者が武装勢力に加わるのは「貧困が背景にある。アフガン和平には戦争ではなく、貧困解決が不可欠だ」との強い信念のもと、医師としての活動はもとより水不足を解消するための用水路建設に着手すると、専門外の河川工学を学んだという立派な方です。
また、多くの護衛をつけ、快適な暮らしを続けながら活動する欧米諸国の多くのNGOとは異なり、日本のNGOは治安の悪い国に丸腰で入ることで信頼を得てきており、アフガニスタンの貧困層の中で清貧を貫いた中村哲氏はそんな日本を象徴する人物だったと言う、この部分にも注目して詠んだ句を氏に捧げたいと思います。
ここからは妄想気味の私見ですが、このような方こそ「桜を見る会」に招待するべきであるが氏は招待されても欠席したであろうし、政府は招待したことも欠席したことも知らぬままだったのだろう、なぜならば名簿は会が終われば廃棄されるからです。
中村医師の死後、氏の偉大な業績を称える多くの記事に接しました。
誠に惜しい方を亡くしました。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
戦後も地球規模で観ると紛争が絶えませんが、その背景の一つに貧困や飢餓の問題があります。
視点は違うかもしれませんが、地球温暖化防止や農業支援など、我が国が平和的に貢献できる分野は多くあるように思います。
中村医師は73歳でお亡くなりになりましたが、私たちはその年齢まで幾年かあります。
どのような貢献ができるか、考えてみる必要があると思いました。
中村医師の死後、氏の偉大な業績を称える多くの記事に接しました。
誠に惜しい方を亡くしました。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
戦後も地球規模で観ると紛争が絶えませんが、その背景の一つに貧困や飢餓の問題があります。
視点は違うかもしれませんが、地球温暖化防止や農業支援など、我が国が平和的に貢献できる分野は多くあるように思います。
中村医師は73歳でお亡くなりになりましたが、私たちはその年齢まで幾年かあります。
どのような貢献ができるか、考えてみる必要があると思いました。
例えば地球温暖化対策、個人で出来ることは限られ、その効果は微々たるものですが、車を運転する時次のようなことに気を付けてます。
不要なアイドリングをせず、小まめにエンジンを切ります。寒い時期の暖機運転もせず、防寒着を着て乗り込み、暖かくなったら脱ぎます。
急加速、急発進などは止めて燃費の向上と、安全運転につなげます。
徒歩30分程度の買い物などは、自転車や徒歩で行います。
とは言いながら、今温風ヒーターの前で入力中ですし、週明けにはスキー場に出かけるつもりです。
省エネ運転=安全運転の心構えは持ち続けたいと思います。