はりさんの旅日記

気分は芭蕉か司馬遼太郎。時々、宮本常一。まあぼちぼちいこか。
     

常高寺と浅井三姉妹 (福井県小浜市)

2015-09-13 22:00:42 | 寺社めぐり
福井県小浜市にある常高寺を訪れました。この寺は、お初の発願によって建立されたお寺です。お初という人は、2011年のNHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』で一躍有名になった、浅井三姉妹(茶々・初・江)の次女にあたります。
 
少し歴史のお勉強になりますが:三姉妹の母親は、あの織田信長の妹のお市の方です。お市は、近江の小谷城主浅井長政に嫁ぎ、三人の娘をもうけました。お初が6歳の時、父長政は織田信長に滅ぼされます。(姉妹には、男の兄弟もいましたが殺されいます)その後、お初が15歳の時、柴田勝家に再婚したお市の方に伴われて越前に赴いたのもつかの間、またもや勝家は秀吉に滅ぼされてしまいます。母親のお市の方も勝家とともに自害します。その後、秀吉に引き取られて成人し、お初20歳の時、京極高次に嫁ぎました。
 
他の姉妹はというと、長女の茶々はご存知のように秀吉の妻(淀君)になり、秀頼を生みます。末っ子の江は、徳川家康の息子秀忠に嫁ぎ、三代将軍の家光を生みます。このように波瀾万丈の三姉妹ですが、まだまだ歴史の試練がつづきます。
 
秀吉の死後、関ヶ原の戦いがおこり、お初の夫京極高次は、徳川方に付き、姉の淀君とは敵という関係になります。ともあれ、高次は合戦の功により若狭8万5千石を与えられて小浜藩主になります。(やっと、小浜との関係がわかりました)お初が42歳の時、高次が亡くなり、お初は剃髪して常高院と称しました。(常高寺の名前の由来もわかりました)

しかし、まだ終わりません。次は大阪冬の陣・夏の陣がおこります。お初は姉の淀君・秀頼を救わんと、家康の命で大阪城に乗り込み和議の交渉にあたりますが、その甲斐もなく大阪城は落城します。
晩年、夫の菩提を弔い、父母の供養のために建立したのがこのお寺ということです。:以上、歴史のお勉強でした。
 
明治以降、寺は衰運に向かい、大正12年には本堂も焼けたそうですが、近年になり、次第に盛り返してきたということだそうです。

信長・秀吉・家康らと同時代を生きたお初の発願によって建立された常高寺、このお寺は、上記のような歴史をふまえて訪問すると、いっそう感慨深いものとなるのではないでしょうか。
撮影不可でしたが、狩野派のふすま絵もすばらしかったです。


せっかく小浜に来たのだから、おいしい物を食べましょう。食べログで調べると「こだま食堂」のソースカツ丼がおいしいということなので行ってみました。名物はわらじサイズのカツだったのですが売り切れていて、普通のソースカツ丼と120円プラスで越前そばが付くので、セットで注文しました。(これって、どちらも福井県の名物ですよね)

普通のカツでも十分に大きいです!そして、おいしい!これで990円安い!満腹になりました。

蘇洞門めぐりの船着き場の近くです。




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