世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

スピカが主な管理人です。時々留守にしているときは、ほかのものが管理します。コメントは月の裏側をご利用ください。

青いりんご

2022-05-27 05:01:49 | 花詩集

くるしみもかなしみも
ふるい衣のように
さらりと脱げるものだとは
ついぞ知らぬことでした

重い器を
おのれをまもろうとして
頑なにかぶっていたものが
それが苦しみであったとは
脱いでみてはじめて
わかったことでした

空はひろくかろく
いちまいの大きな
りんごの香りでできていました
青々と澄んだ甘やかな香りの
風の上をころがりながら
せかいの指はこうもやわらかく
ここちよいものだったのかと

さあ
わたしはもうゆかねばならない
つねに新しいあの故郷へと

ゆっくりと閉じてゆく
空のほほえみの中に
みるくのようにとけてゆく
ただひとすじのその光を
追いかけてゆかねばならない

青いりんごの奥にかくした
かすかに痛む追憶のあえぎを
ひそやかな約束の
形見にして




(花詩集・38、2006年7月)




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