今日は昨日の雨の影響も少なく、カラッとした晴天となりました。それでも暑いのには変わりなく、汗ふきシートが手放せない一日でした。
さて、今日8月19日は《上を向いて歩こう》がテレビで初披露された日です。
《上を向いて歩こう》は坂本九の大ヒット曲で、作詞は永六輔、作曲は中村八大の『八六コンビ』による作品です。日本のみならず海外でもヒットし、アメリカではラジオ番組から人気に火がついて、ビルボード誌では1963年6月15日付でHot100週間1位を獲得し、同誌の1963年度年間ランキングでは第10位にランクインしました。
《上を向いて歩こう》は、元々は中村八大が1961年7月21日に開催した自身のリサイタルのために制作した楽曲でした。その後、坂本九のシングル曲としてレコーディングされることになり、1961年7月21日にサンケイホールで開催された『第3回中村八大リサイタル』で、坂本九の歌唱によって初披露されました。
この時、坂本九はリサイタルの2時間ほど前に初めて譜面を渡されて、ぶっつけ本番で初披露したといいます。元々の譜面では4ビートで書かれていたそうですが、それを坂本九が8ビートにアレンジして歌いました。
そしてほぼ一月後の8月19日、NHKで放送されていたバラエティ番組『夢であいましょう』でテレビ初披露されました。《上を向いて歩こう》は同番組で1961年10月・11月の「今月のうた」として発表され、同年10月15日にレコードも発売されることになりました。
10月にレコードが発売されると爆発的なヒットとなり、発売から3か月で30万枚を突破しました。当時の日本のレコード売り上げランキングでは1961年11月から1962年1月までの3か月にわたって1位を独走しました。
この曲が何故こんなにもヒットしたのか…そこには中村八大による巧妙な仕掛けが隠されています。
この曲のメインテーマには『四七(ヨナ)抜き音階』が使われています。四七抜き音階とは、
ハ長調のドレミファソラシドから4番目のファと7番目のシの音を抜いた音階で、この音階を使うと日本古来の和音階のような五音階の響きになり、日本人の心に刺さりやすくなります(この音階が使われた曲の代表作には映画『男はつらいよ』のテーマソングや北島三郎の『函館の女』等があります)。
そして、《上を向いて歩こう》をハ長調で検証してみると
うえをむ〜いて あ〜るこ〜〜う
ドドレミドラソ ドーレミドラソ
なみだが こぼれないよう〜に
ドドレミ ミソラ ラソラソミレ
おもいだす は〜るのひ
ドドドラレ レーレドミ
ひと〜りぽっちのよる
ド ドーラ ソミドラドド
と、見事なまでにファとシが一回も出てきません。こうした四七抜き音階でメロディを作ることによって、中村八大は日本人の心に刺さるメロディを編み出したということができるのです。
ただ、《上を向いて歩こう》は四七抜き音階だけでできているわけではありません。中間部になると
しあわせは〜 くもの〜うえに
ファファファソラ ファラソーソミソ
とファの音が登場し、しかも次のフレーズでは
しあわせは〜 そら の〜うえに
ファファファソラ♭ ファラ♭ソーミドレ
とラがフラットしてマイナーの影がさすのです。
勿論、四七抜き音階だけでも曲は成立するのですが、それだけだとどうしても雰囲気が演歌調に偏ってしまいます。そこで四七抜き音階に抜けているファの音を中間部のフレーズにフッと入れ込み、更にその2度目に出てくるラをフラットさせることによって実にモダンな印象も感じさせることに、中村八大は成功しているのです。
このマイナーになる部分、実は坂本九がリハーサルの時に音を外して半音低く歌ってしまったために急遽そうなったという説もあります。中村八大という作曲家は歌手がたまたま音程を外してしまったりアレンジして歌ったものが面白かったりしたらその場で譜面を書き換えてしまう大らかさがあったといいますが、そうした機転がこの作品の中間部の思わぬセンチメンタルな効果を生み出し、日本人のみならずアメリカを始めとした世界中の人たちの心までもガッチリとつかんだわけです。
余談ですが、クラシック音楽界隈では《上を向いて歩こう》の最初のフレーズとベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番《皇帝》のメインテーマのフレーズが酷似しているという意見があります。聴き比べてみると確かに似ていますが、だからといって中村八大がベートーヴェンをパクったわけではありません(笑)。
そんなわけで、今日は昭和の名曲のひとつである《上を向いて歩こう》をお聴きいただきたいと思います。1961年に放映された『夢であいましょう』の画像と、その後に収録された画像とを織り交ぜた動画でお楽しみください。