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共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

気持ちのいい午後に〜シューベルト《弦楽五重奏曲 ハ長調》

2025年04月26日 16時00分00秒 | 音楽
今日は風の涼しい、気持ちのいい陽気となりました。そんな中、今日は自宅でいろいろとデスクワークをしながら音楽を聴いていました。

あれこれ聴いていたのてすが、その中で印象的だったのが



シューベルト(1797〜1828)の《弦楽五重奏曲》でした。この曲はかつて私も演奏会で弾いたことがあるので、個人的に好きな作品のひとつです。

《弦楽五重奏曲 ハ長調 D956》はシューベルト最晩年の室内楽曲で、1828年の夏に作曲され、9月下旬か10月上旬に完成されました。死を2ヵ月後の11月19日に控えて完成された、シューベルトの遺作のひとつです。

シューベルトは完成後に出版者の一人であるハインリヒ・アルベルト・プロプストにこの曲を出版検討のために提出しました。ところが、シューベルトを歌曲とピアノ曲の作曲家としか見做していなかったプロプストはこの作品を顧みなかったため、シューベルトは出版されるところを見ることなく2か月後に死去してしまいました。

原稿は死後まもなく兄のフェルディナントによってウィーンのアントン・ディアベリに売却されましたが、出版まで25年も放置されていました。そして完成から22年後の1850年11月17日にウィーン楽友協会でようやく初演され、1853年に初版が出版されました。

この作品はシューベルトの多岐にわたる楽曲の中でも、唯一の本格的な弦楽五重奏曲として目立った存在となっています。また、独特な楽器編成でも抜きん出ていて、ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ2という楽器編成となっています。

たいていの弦楽五重奏曲はモーツァルトの先例に従って、弦楽四重奏に第2ヴィオラを加えた編成を標準としていますが、シューベルトのこの作品ではチェロを2台重ねることによって低音域の充実とバランスが図られています。この編成は、『ボッケリーニのメヌエット』で知られているルイジ・ボッケリーニ(1743〜1805)の弦楽五重奏曲にも多く見られるものです。

この作品は古典的な形式である4楽章で構成されていますが、演奏時間は一時間近くかかります。すなわち、この曲はかなりの大作で、気軽に仲間内の演奏会で愉しめるような作品ではないのです。

第1楽章の演奏時間は前半の繰り返しを省略せずに演奏すると20分くらいかかり、作品全体の中でも重要な位置を占めています。ハ長調という明るい調性で書かれているのですが、「陽気で勇壮」なだけではなく、感情の機微に触れるような繊細な箇所が登場する場面も多く見受けられます。

特に、2本のチェロの間での二重奏として導入されるこの楽章の第2主題は、平穏な安らぎを聴く者にもたらしてくれるものです。自らの内に休らうようなこの主題は、おそらくシューベルトにしか書けないものではないでしょうか。

第2楽章はアダージョで演奏時間が13〜14分なので、やはりこの作品の中では独特の重みを持ってます。「A - B - A」という三部形式を採用していて、最初の部分は第2ヴァイオリン・ヴィオラ・第1チェロが息長く歌うトリオに第2チェロの低音のピチカートと第1ヴァイオリンの装飾的な音型が印象的な静かな曲想です。

ところが、この静謐な光景は突然ユニゾンのトリルによって破られ、荒涼たる嵐が吹き荒れるような中間部が駆け抜けていき、やがて長い休符を挟んで様子を窺うような音型で鎮静化していきます。最終的には最初の部分と同じような静かな曲想に回帰し魂の平和をしますが、第2チェロの音型が嵐の名残の遠雷のように轟き続けます。

第3楽章は、狩猟用のホルンを連想させるような響きを弦楽器で表現してエネルギッシュに始まりますが、中間部(トリオ)は変ニ長調という深い響きと不自然なほどゆっくりとしたテンポで、静かに独白するような曲想になります。最終的には冒頭の力強い曲想が戻ってきて、しっかりとこの楽章を締め括ります。

第4楽章はハ短調でハンガリー舞曲のような軽妙な趣きがあり、作品の中で最も密度の濃い楽章になっています。しかし、この軽快な見せかけに拘わらず、2台のチェロの音を活かした重厚な音楽は次第に重みを増していきます。

この楽章はハ長調を主調にしていますが、実際には長調と短調の間を短い間隔で行き来しています。そして、終結部の畳み掛けるような勢いは、シューベルトが最後の力を振り絞ってこの曲を書いたことを感じさせるものとなっています。

この曲でヴィオラの立ち位置は、ある時にはアンサンブルの中間音、ある時にはヴァイオリン群の最低音、はたまたある時にはチェロ群の最高音…と、フレーズ毎にコロコロ変わります。しかも、ヴァイオリンやチェロにはある程度の休みがあってもヴィオラはその間にも一人でやることがあるためほとんど休みがなく、楽譜をめくるポイントも無いに等しいので泣きそうになった思い出があります(汗)。

そんなわけで(どんなわけぢゃ…)、今日はシューベルトの《弦楽五重奏曲ハ長調》をお聴きいただきたいと思います。ボロディンカルテットの演奏で、シューベルト晩年の『重厚かつ軽妙』な室内楽の傑作をお楽しみください。


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