『 一番気に入ってるのは、4年前に撮ったその写真。こんな瞬間はめったに撮れるものではない。この写真を超えるものは撮れていない。 』 と、写真家加藤貞治さんは静かに語ります。
“ その ” 写真には、獲物の魚を嘴にしっかりと銜え、水面から翔び立った瞬間の、水玉状の水しぶきを無数に従えた山翡翠 ( ヤマセミ : ブッポウソウ目カワセミ科 ) の姿が写っています。
朝早くからブラインドに囲まれて自らの姿は消し、山翡翠の出現を待つ写真家。
写真家の前に現れる山翡翠は、写真家によって計算しつくされた背景をバックに瞬時にカメラの写角を横切ることでしょう。
素晴らしい根気と愛情と技術が重ね合わさることによって写し撮ることができる傑作だと思います。
そういった傑作をも超えた作品を作りたいという写真家の執念には、いや情念でしょうか、ただただ感服するのみです。
私が一番感銘を受けたのは、山翡翠が画角いっぱいには収まらないほどの写真。
『 2.5メータの至近距離に山翡翠が来てくれた。もうこんなことはないだろう。 』 と、写真家自らの心臓の鼓動が、山翡翠に聞こえて驚かすのではないかと思ったという写真。
写真家は更に語ります。
『 目がポイント。目がきれいに写ってないのは、鳥の写真でない。 』
そして、 『 鳥の生態を知っている人から、 “ よくこんなシーンが撮れましたね。 ” と、言われるのは嬉しい。 』 と。
会場に並ぶ写真の全てが山翡翠の生きる力をいかんなく捕らえて表現しています。
写真が単なる紙ではなく、今まさに写真を目の当たりにする者の視界には、鮮やかに写しとめられた山翡翠の生態が生のままの姿で飛び込んできます。
写真という表現媒体の凄みを感じる作品です。
「 第弐回 加藤貞治 写真展 」 は、明日の9日(日)まで一宮市尾西歴史民俗資料館で開催されます。
“ その ” 写真には、獲物の魚を嘴にしっかりと銜え、水面から翔び立った瞬間の、水玉状の水しぶきを無数に従えた山翡翠 ( ヤマセミ : ブッポウソウ目カワセミ科 ) の姿が写っています。
朝早くからブラインドに囲まれて自らの姿は消し、山翡翠の出現を待つ写真家。
写真家の前に現れる山翡翠は、写真家によって計算しつくされた背景をバックに瞬時にカメラの写角を横切ることでしょう。
素晴らしい根気と愛情と技術が重ね合わさることによって写し撮ることができる傑作だと思います。
そういった傑作をも超えた作品を作りたいという写真家の執念には、いや情念でしょうか、ただただ感服するのみです。
私が一番感銘を受けたのは、山翡翠が画角いっぱいには収まらないほどの写真。
『 2.5メータの至近距離に山翡翠が来てくれた。もうこんなことはないだろう。 』 と、写真家自らの心臓の鼓動が、山翡翠に聞こえて驚かすのではないかと思ったという写真。
写真家は更に語ります。
『 目がポイント。目がきれいに写ってないのは、鳥の写真でない。 』
そして、 『 鳥の生態を知っている人から、 “ よくこんなシーンが撮れましたね。 ” と、言われるのは嬉しい。 』 と。
会場に並ぶ写真の全てが山翡翠の生きる力をいかんなく捕らえて表現しています。
写真が単なる紙ではなく、今まさに写真を目の当たりにする者の視界には、鮮やかに写しとめられた山翡翠の生態が生のままの姿で飛び込んできます。
写真という表現媒体の凄みを感じる作品です。
「 第弐回 加藤貞治 写真展 」 は、明日の9日(日)まで一宮市尾西歴史民俗資料館で開催されます。