のしてんてん ハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

折師・まかこ・のしてんてんのへび太コラボ

2017-06-25 | 人間力

人生の素人さんこと、折師さんの折り紙、へび太 

関連記事はこちら ペーパークラフトとアプリゲームと歩む人生の素人

 

 

今日はこのへび太が主人公の物語です。

 

その昔、ちょうど一週間前のことでした。

筆触法が話題 になっておりました折に、

こんなコップが案内役をつとめたのです。

ご来場のお客様はみなさん、小さなアリになって、このコップの上を自由気ままに散歩されておりました。

そのうちに、まかこさんアリがコップの裏側を散歩中に、大変な発見をいたしました。まさに未知との遭遇でした。そしてこんな手記を残されたのです。



愛用のコーヒーカップが

輪郭の向こうで

カップを休んでいる

こちら向きの曲面は

年中無休だから

あちら向きの曲面で

週に一度ぐらい硬度をゆるめ

カップの羽目を外すらしい

そおっと指をまわして

ウロコに触れると

ひんやり驚いた拍子に

陶器の仕事にもどるのだが

もともとカップの形にトグロを巻いて

尻っ尾が取っ手になっている

食器類蛇だから

しかたがない



真鹿子(まかこ)



この食器類蛇の名前はへび太。

食器類蛇のへび太の発見は、当ブログ歴史上最大のニュースとなったのです。

何より、このへび太の健気な態度と、要領よく手を抜く姿の絶妙なバランス感覚に狂喜いたしましたわたくし(のしてんてん)が、気持ちを抑えきれずにへび太を写し取り翌日の記事に紹介いたした。(何て素敵な発想



へび太のコップがこれなのです。

もちろん几帳面なへび太ですから、いくら剽軽ものとはいえ、このようなイラストのように正体を明かすようなことはいたしません。

どんな時でも、息を抜くのはコップの裏側と決まっておりますから、私どもはただその裏側に思いをはせて、へび太に思いの触手を伸ばすばかり。



想像は創造を呼んで、ついにへび太は龍にまで上り詰めます。

私たちには一生見ることのできないコップの裏側に、如意宝珠を握りしめた龍を思い浮かべるに至ったのです。



この波紋が、折師さんの心の海に届いたのはこの建仁寺龍の力だったのでしょうか。

平面を立体に変える能力者、折師さんの心に拡がったへび太が、ついにこの三次元空間に姿を現したのです。


さあ、へび太くん、コップになりなさい

見事にコップとなった折り紙へび太。

言っておきますが、この写真は、普段見えない裏側ですから、ご家庭にあるコップは愛くるしい姿を見せてくれません^よ^


さて、建仁寺の天井に君臨する龍まで上り詰めたへび太の別の姿がこれ

なんとも心が丸っと抱きしめられるような可愛さでは在りませんか。


まかこ様、折師様、ありがとうございました。

へび太の一次元から三次元に成長していく物語、3人コラボのお話を、皆様と共有できる喜びを頂きました。へび太に代わって御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

なおこの記事に使用しました、折り紙へび太の写真は、折師さんのブログより拝借。へび太を中心に周りを一部カットして使わせていただいていることを申し添えます。

 

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付録 

折師さんの創作海老、折り方を公開していただいていますので、折ってみましたた。赤い紙無かったのでちょっと残念ですが、形はそれらしく見えます。折師さんみたいにはいきません^が^。

ペーパークラフト:「海老!万人向け設計図への挑戦!!」

興味ある方は是非挑戦してみてください。





 

 

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筆触法(第四週)

2017-06-23 | 心のデッサン無料公開授業

 

 

筆触法(5/31) 筆触法(第二週)(6/9) 筆触法(第三週)(6/16)

 

の続きです。初めての方は、最初からお試しください。

 


筆触法を理解していただくために、ものと自分の関係を、身体の感覚を通して体験していただきました。

目の前にあるものはすべて、

たとえばなすびやキュウリでも、筆触法によって体感して理解しながら描けることが分かりました。


今回はそれを紙の上に描いてみます。

いうまでもなく紙は平面ですから、筆触法で描く見えない部分の描写は出来ません。

しかしそれは、紙に描けないだけで、実際にはその裏側があることを意識して下さい。

 

紙には見える部分(表の部分)だけが描かれ、見えない部分(裏の部分)はイメージで描くのです。

 

鉛筆の先がアリになって、ものの表面を「まっすぐ」歩く。このまっすぐは重要ですので、それを意識して例題を見てください。

この練習に使う鉛筆は、HBなどで力を抜いて線を引きます。強い線はいりません。

①カマボコ

まっすぐ歩くというのは、まっすぐなところはまっすぐ。曲がっているところは、その曲りに沿って、崖に来たら崖に沿って上がったり下りたりするということです。もちろん横に動くことも、斜めに動くこともありますが、まっすぐ歩くという意識は崩さないでくださいね。

形を想像しながら、青い線のように形に沿いながら線を引いて行きます。くまなく歩いて見てください。 

 こんな感じになります。↓

もっとち密に線を引いて、形が出来たら、後は明暗を付けて影を描くだけでカマボコに立体感が出てきます。

 

②ピラミッド

階段になっているところの、アリの動きを想像しながら、斜面と平たい部分の感覚を楽しんで下さい。

 

③トンネル

形に沿って線を引く、内壁の感じと外壁の感じは重力を意識すると随分違ったものになりますね。トンネルの縁の厚みにも意識を集めて、アリの動きを追ってください。

まっすぐ歩くという意味が分かってきましたか。

 

④つぼ

形をに沿って線を引くということは曲線は曲線に沿って引くということです。胴体は同じ要領ですが、難しいのは壺の口の部分。手前の風景と奥の風景が重なって見えています。その境界線をどう描くのか。

そしてその周囲をとりまく楕円の峰ですね。実際には壺の厚みがこの楕円の峰に現れています。画面で数ミリの幅ですが、その幅を歩く意識を怠ってはいけません。平らなのか丸みがあるのか、しっかり意識してその数ミリの峰を横断してください。

ち密に横断する線が引かれると、自然につぼの厚みが見えてきます。つぼの特徴を教えてくれる部分を丁寧に描くとものの理解が深まります。

 

うまく描くコツは、峰の厚みをしっかり歩くこと。

そしてこちらの風景に対して、向こうの風景を歩く線を弱く描くということ。

描き終えたら、赤い線のように、こちらの風景と向こうの風景の境目にここから先は空間だという意識を持って強めの線を引いてやります。

 

 

 

 

 

 几帳面に考えず、どこを描いているかという意識さえあれば、これくらいいい加減で大丈夫です。

 

 

 

 

 

最後に、下の画像は教材のコップを半透明にしたものです。可能なら、プリントして、同じ要領でその上に線を引き、コップの形をとってみてください。

最初は弱い線で全体を描きます。出来上がったコップは明暗がありません。すべての面に光があたっていると考えてください。ここからさらに暗部を描きこみます。すると自然に光っている部分が見えてくるでしょう。つまり、闇を描けばおのずと光が見えてくるという訳ですね。

よく観察して描いてみてください。

 

 

 追記

私は「心の線」という言葉を多用しますが、これは一本の線に、筆触法で体験するあなたの感性がこめられているということを意味します。

あなたが引く一本の線は、たわいなく見捨てられるものではありません。

筆触法はそんなたわいない線をあなたの心の線に変えるのです。

 

この線がやがて、ものの形から解放されます。(まだ先の話しですが)するとその時、筆触法の線は如意宝珠の力を得る。その道筋の扉を今開けたのです^ね^

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波は心 心は波の定めかな

2017-06-22 | 5次元宇宙に生きる(神)

高台寺 石庭

 

 

心は波

苦悩も波

喜びも波

怒りも波

不安も波

夢も波

絶望も波

幸福も波

仕事も波

人生も波

宇宙も波

友だちも波

光も波

音も波

岩だって波

 

命も波

願いも波

怖れも波

闇も波

ぶつかっても波

消しあっても波

助け合っても波

孤独も波

寂しくても波

愛も波

憎しみも波

欲望も波

悟りも波

気付きも波

空も波

雲の波

星の波

私だって波

 

思考は波

時間は波

表と裏は波

右と左は波

上と下は波

快感は波

不快も波

調子は波

幸運は波

不運も波

波は波

波でないものを思い浮かべられない

科学も波を予言している

すべての本質は波

すべての成り立ちは波

エネルギーは波

正は波

負も波

 

浮けば沈み

沈めば浮く

すべてを

味わい尽くすしかない

 

 

 

 

 

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今この瞬間 心の風景 9

2017-06-20 | ナウイズム(実在主義)

 

 

生きている。

この生は、エネルギーのかたまりだ。

 

 

静かに座って

瞑想して見えるものがある。

 

呼吸

波のように繰り返す気の流れ

 

皮膚感覚

温度をまとい、空気に包まれた私

口腔から内臓に至る内皮の存在感

 

鼓動

全身をめぐる脈流

 

そして思考

それはエネルギーを加工する人間固有の能力だ

エネルギーを正にも負にも変えることが出来る。

思考をニュートラルにすると

それがわかる。

 

要するに私たちはエネルギーのかたまりだ

 

そしてこのエネルギーの受け渡し場所は

今この瞬間にしかない私の内側。

 

エネルギーは

昨日でも明日でもない

今この瞬間にやってくる

 

大事なことは、すべてのエネルギーがやってくるその場所を全開することだ

身体は生まれて今まで全開のままだが

思考が閉ざして苦悩を深めているのだ。

 

五次元思考を実践する前に、妄想がそのエネルギーの道を閉ざす。

妄想に悪気があるわけではない

上手に生きるために自分で何とかしようと、手を握りしめて頑張るからだ。

それがエネルギーの道を閉ざす。

 

閉じた道がひらけば

宇宙からエネルギーがあふれんばかりに入ってくる

この心身にあふれる力が私に何をしてくれるのか

超能力?

そんな安っぽいものではない

満たされたエネルギーこそ

至福そのもの

この上なく崇高な価値なのだ。

 

感謝して道を開けよう

必ず至福が入ってくる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何て素敵な発想

2017-06-18 | 心のデッサン無料公開授業

 

筆触法の記事に、

まかこ様より、あまりにもすてきな、素晴らしく面白い発想(想像)を頂きましたので、皆様と共に楽しませていただきましょう。

まずまかこ様に、御礼申し上げます。

 

上手に手を抜く食器類蛇の話しです^よ^

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愛用のコーヒーカップが

輪郭の向こうで

カップを休んでいる

こちら向きの曲面は

年中無休だから

あちら向きの曲面で

週に一度ぐらい硬度をゆるめ

カップの羽目を外すらしい

そおっと指をまわして

ウロコに触れると

ひんやり驚いた拍子に

陶器の仕事にもどるのだが

もともとカップの形にトグロを巻いて

尻っ尾が取っ手になっている

食器類蛇だから

しかたがない



(まかこさん)

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びっくりです^ね^。

まさかいつも見慣れた愛用のコーヒーカップが、実はグルグルととぐろを巻いた蛇だったなんて、知らななかったよ。


      食器類蛇(しょっきるいへび)の へび太



確かに昔、陶芸教室でコップをつくりましたが、粘土をコロコロ

コロコロしているうちにかわいい蛇が出来上がり。

グルグル回してとぐろを巻くとコーヒーカップになりました。

 

忘れていましたよ、そんなこと。

あれ以来、カップになった蛇さんはパリンパリンに緊張してカップを演じてくれているんですね。

 

そこはほれ、何でも要領。

見えないあちら向きのところでぐんなり、緊張をほぐしておられたのです^ね^

 

その蛇さんの、

リラックスした顔がとても愛くるしく想像されます。

 

お月さまもそうですけれど、

見えない面は想像するしかありません。

 

本当に何てかわいいのでしょうね。

 

かちんかちんの皆様

ときには食器類ヘビ太さんを見習って

かわいらしく息抜きをしましょうね。

 

実際、かちんかちんに固まっているとき、

食器類ヘビ太の顔を思い出すだけで、

肩の力が抜けて行きそうで^す^

 

 

ふと思ったのですが、

龍の持っている如意宝珠に

その秘訣が書いてるのかもしれません。

案外、食器類蛇太の顔もこんな顔蛇ないのかな。

 

彼はどうして

あの裏側に行かねばならなかったのか

 

 

 

 

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筆触法(第三週)

2017-06-16 | 心のデッサン無料公開授業
 
 

 筆触法 (5/31) 筆触法(第二週) (6/9)

の続きです。初めての方は、最初からお試しください。

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今週は、眼の高さを体感しましょう。

いつもの教材のコップですが、真っ先に目に入ってくるものは、線の書き込みですね。

赤い線はコップの上に載せた四角の板と考えてください。コップは丸いですから、この板は当然正方形だということは分かりますね。正方形を横から見たら台形に見えますね。

青い線は、床から垂直に立てた棒と考えてください。机からの高さを測るための棒です。

そして黄色い目のようなマーク。これがコップを見ている目の高さを表しています。この写真では、コップの縁から3センチほど上にありますね。この写真はコップの縁よりも上から見た形だということを意味しているのです。

 

 

 

その目の高さをほんの少し下げてみたら、↓

最初の画面と比べて激変している形に気付きますね。

楕円が半分につぶれてしまっているのが分かりますね。黄色の目の高さは、コップの縁から1センチくらい。

 

ここでスケールの概念を使います。

目の高さと同じ背丈の黒い線を引いていますが、この黒い線は、コップの縁に立ってこの風景を眺めている人の大きさです。こんな小人の映画ありましたよね。

 

想像を働かせてみましょう。

実際にこの人にはどんな風景が見えているでしょう。自分の後ろは見えませんから、おそらくこんな風景です。

 外輪山の峰に立って、向こうの峰に立つ人を見ているかも知れない。そんな空想も出来ますね。

それがデッサンとどんな関係があるのと思われるかもしれませんが、心のデッサンを習得するための大切なイメージなのです。

もう一度最初の図を見てください。

この図は、頂に立っている小さな自分をその後ろから眺めている風景になるのです。

 

最初に筆触法は、鉛筆の先がアリになったつもりで、ものの表面を歩いて移動するということだと言いましたが、アリにこだわる必要はありません。

スムーズに、小さな自分を思い描くことが出来るのでしたら、それがベストです。

その上で、

あなたは、縮小して縁に立っている人であると同時に、それを眺めている自分(神さまの目)だといぅことに気付いていただきたいのです。

カルデラの頂から、輪になった頂を眺めながらたたずんでいる。学校のグランドに描かれたトラックなども、こんなふうに眺めているのですね。

念のためコップを真上から見ると、

まったく別物ですよね。私たちの頭脳には、これらが同じものという刷り込みができていて、コップを見ると丸いと思い描いてしまうのです。

 

さて、目の高さをぐっと下げてみます。

さあ、これはアリが机より低いところから眺めているコップです。

コップの縁の楕円は一部しか見えませんね。アリはこの上を登っていくのです。まさに断崖絶壁ですよね。

 

 

余談ですが、現実の世界で私たちが見ている風景はこんなものです

コップとビルという違いだけで、見え方は同じだということが分かりますよね。相対的な目の高さが同じなのです。

 

このように、ものは目の高さによって見え方が変わるということを体感していただけたでしょうか。

 黒い点から見上げた正方形

 黒い点から見下ろした正方形

目の高と見え方の変わる形の関係を理解してください。

 

台所や机の上ににある小さなものを、目の高さを変えて観察してみましょう。意外な形を見つけて楽しんでください。

そして筆触法。

ものの表面を何度も散歩して、ものの形を体感してください。

 

学んでいただきたいことは、たとえにんにくの欠片であっても、そこには宇宙に匹敵する風景が潜んでいるということです。

筆触法で観ると、つまらない部屋の風景だって、グランドキャニオンだということ。

そしてそこで発見する新鮮な風景と感動は、今を生きるあなたの心、あなたの感性そのものだということなのです。

世界旅行が出来なくとも、私たちの感性は、台所で世界旅行が出来るのですね。

 

 

 

次週は、いよいよ、実際に鉛筆を使います。

用意しておいてください^ね^

 

-----------------------------------------------------------

心のデッサン教室を下記のとおり開設いたしました。

興味ある方は、実地で体験していただくことが出来ます。

毎週金曜日 10:00~12:00 の間

・費   用 500円(1回1時間) テキストあり

・使用 材料 スケッチブック・鉛筆 その他

・講   師 北籔 和(Waa)      

・場   所 パーソナルギャラリー「瞑想空間」        

 泉南市信達市場2622-5

 waakitayabu@yahoo.co.jp   

(お問い合わせ予約は上記メールでお願いします)

        

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建仁寺〇△□

2017-06-15 | 心の旅

建仁寺〇△の庭(中央に〇、奥に□の井戸、手前斜めの線でできた△)

 

セザンヌは「自然は、円筒、球、円錐 として扱いなさい」と言った。

つまり自然は、絵描きの目から見て、円筒、球、円錐という要素からなるということだ。そこに遠近法(自分)のかかわりが出来て絵が出来るという。

 

面白いことに、

円筒を真横から見たら

球は横から見ても〇

円錐は真横から見たら△

それどれを中心の垂線で回転させたら円筒・球・円錐が出来る。

己の描く自然の中に単純な原型〇△□を見ているのだ。


建仁寺〇△□の庭は、

単純な三つの図形は宇宙の根源的な形態を示し、密教の六大思想(地水火風空識)を

地(□)、水(○)、火(△)で象徴したものといわれる。(パンフより)



 こんな絵もある

 

  江戸時代の禅僧 仙崖の描いた有名な禅画である。
 宇宙のすべてのものは円三角四角の形態によって現わされる
 禅の世界を言い尽くした絵と云われる。
 セザンヌと全く同じ見解だ。

 

仙厓と建仁寺は禅つながりでわかるが、フランスの画家ポール・セザンヌが同じ答えを自分の絵画論の中で導き出していることに驚かされる。

まったく違う立ち位置から

同じ答えを見出す。

それは真実に触れている証しではないのか。

「セザンヌ」の画像検索結果

有名な「セントビクトワール山」だが、

その絵画論のとおり、円錐や円筒が配されている。その気になればいくつもの球体をこの絵に見ることが出来る。


宇宙の始まりは

おそらく単純だ。


そして我々人間にもその単純さは貫かれている。

個人という殻の中で

孤独を強いられる我々だが、


共有できる真理は我々が生まれる前から

きっと存在している。


外に向かって探し求めなくとも

この内に

必ず共通の真理がある。


しかも探すのではなく

気付くだけでいい

己の〇△□に気付けば

仲間外れの孤独から

立派な宇宙の一員となるだろう。


建仁寺の双龍がまだ私の中で渦巻いているようだ。

〇△□の中で遊ぶ龍は五本の爪で如意宝珠を握っている。

五本の爪は最高位、皇帝を表しているという

庶民が持つ龍は三本爪

貴族が四本爪

と、中国では考えるそうだが、

 

見方によれば、この天井に描かれた双龍、

己の宇宙に気付いたものはみな皇帝なのだと言っているような気がする。


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濃溝の滝(のうみぞのたき)

2017-06-14 | 心の旅

この 風景ご存じですか

 

華の歩き続ける道 

さんのブログに紹介されていました風景を探してみました。

まさか実際にある風景ではないのではと、思いましたが、実はこれ、どうやら本当に存在する風景らしいです。

千葉県にあるらしく、濃溝の滝と言われているそうです。

解説はいりませんね。

とにかく見てください。

こんな風景が日本にあるのです^よ^¥

  

濃溝の滝 の画像検索結果

 

どうです?

私が興奮してるの分かりまっしゃろ

すごいね

エルフの国??!

 

 

思わぬ発見のおすそ分けです。

 

 

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五次元と香り

2017-06-12 | 5次元宇宙に生きる(神)

 

緑の香りが流れる

ふっと、心に染まる

懐かしさが見える

時間が止まる

香りは五次元からやってくるのだろうか

 

今この時を

充実して

嗅覚に届くおくりもの

 

誰にでも

分け隔てなく

色を届ける

この香りに

私は癒されていく

 

心はその時、無限に拡がるようだ

その瞬間

五次元に触れているかのように

 

ああ

この香りに包まれし

心と身体

この私というかたまりをほぐしていくものよ

 

このかたまりのはらわたから

黄金をつかみだすのだ

 

 

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建仁寺双龍の旅

2017-06-11 | 心の旅

平成14年に開帳した大天井画「双竜図」小泉淳作

以前ニュースで知りましたが、思い立って建仁寺に行ってきました。京都は何度も行っていますが、実は祇園は生まれて初めて。

建仁寺には、海北友松の襖絵「雲竜図」があるというので、今日は是非とも、二組の竜にあってこようという訳です。

さて、初めての祇園。

 

阪急祇園四条駅を降りてすぐ、祇園景観地区。

そこは取り残された京都の景観。凛としたおかみさんの姿が心を引き締められるようです。

この景観地区を通り抜けると、建仁寺はすぐです。

想像以上に広い境内。

まずはその様子をすこしだけ見てください。

石庭もいいですが、

緑もまた見事な調和。

そして実内には、

 俵屋宗達の風神雷神図屏風が在り、

 

 そしてお目当ての雲竜図

 

圧倒される迫力です。

友松の竜が迫真なら、小泉淳の双龍はユーモラス。同じ迫力の中での違いを見てみたい。

最後に別棟法堂に向かいました。その前に、双龍制作のドキュメントビデオを見ていましたので、体育館に敷き詰めらた大画面のイメージを持っていましたが、実物に出逢うとただ絶句。

唖然と、首が痛くなるほど上を向いたまま時を過ごしました。

そのうちに、

あの闇の空間に、五次元宇宙を描きこみたいという

至福の想像を抱きながら、帰ってまいりました。

そのあと、高台寺など巡りましたが、機会があればまたその時に。

 

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筆触法(第二週)

2017-06-09 | 心のデッサン無料公開授業

 

筆触法 の続きです

デッサンにおける筆触法というのは、アリになった自分が鉛筆の先になったと想像して線を引くということでした。

 

今回は、実際に鉛筆を持ってコップの表面を散歩します。

箸でもなんでもいいですが、実際にコップの上を歩く感覚を身体に伝えるためです。

 

時間があれば、のぞき穴のついた衝立をつくって、そこから眺めながらやるといいでしょう。

なければ片目を閉じてやるのが次策

両眼でも大丈夫ですが、眼の位置をなるべく動かさないようにします。

慣れてきたら、

今度はアリを動かさないで、眼の位置を動かして、見ている自分と、アリになった自分と、コップの関係を観察してみるのも面白いです^よ^

 

ともあれ、このように、隙間なく歩いて行きます↓

まず手始めに、コップの縁に立って、まわりを見てください。前も後ろも断崖絶壁、左右に尾根が続いて、それが遠いいかなたで一つにつながっている。

その向こうの峰まで、尾根づたいに歩いてみましょう。

あれ、あれ、と思うほど見た目のイメージと、身体が体験するイメージが違っているのを体験してください。

ゆっくり風景を楽しみながら。一周します。

今度は手前の尾根から向こうの尾根まで真っすぐ歩きます。目の前の崖を下りて行きます。アリは見えなくなりますが、身体の感覚は、しっかり崖を下りている感触をつかまえていますね。

その感触が、底について、その広さを歩いてそしてまた登っていきますね。

やがて、向かいの崖をのぼっている蟻の姿が見えるようになります。

 

このように、視界に入らない部分にも体感を経験する。

これが筆触法の特徴です。

 

全体をくまなく、歩く。

隙間なく歩いたら、そこにコップのデッサンが出来上がるわけです。

すると、そのデッサンは半部以上が、見えないところを描いていることになりますね。

 

線には現れませんが、心の中には、観えない部分もしっかり描かれているのです。

 

筆触法の真髄、分かって頂けたでしょうか。

 

では、身近なもので試してみてください。

 

目と、身体でものを観る。

すると意外な発見があったり、ものがとても新鮮に見えたりするかもしれません。

 

上達したら、

巨大なもの、たとえば地球を筆触法でイメージしてみるというのも面白いかもしれません。

要点は、自分の大きさを自在に変えて世界を見つめる。そんな想像力を楽しむことです。

 

新しい、自分と物の関係をつくりましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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苦悩を丸裸にする(失意あるいは絶望)

2017-06-07 | 5次元宇宙に生きる(神)

 

失意、あるいは絶望は、もっとも若い苦悩だ

その根底には、いのちのエネルギーで満たされている若い心がある

 

それゆえにこそ強く、くっきりとした苦悩となる。

原因は即物的で、明確だ。

華々しい心の舞台の上の、栄光に輝く花を盛り立てるための闇なのだ。

 

その根源にあるものは

欲望に他ならない。

 

求めるものが得られない

かなえられない欲望の叫びでもある

それはもっとも人間的な苦悩と言える。

 

 日常を見てみるがいい

得る喜びと

失う悲しみが毎日の風景を彩っている。

光と闇の競演

それは人間にとって素晴らしい光景と言うしかない

 人間として輝いている時代なのだ。

ある意味それは健全だ。

 

だが、絶望は特別だ。

それは新たな出会いのためにある。

 

人生にそう何度も見られない最高のドラマの開幕なのだ。

絶望によってお前はそのドラマに立ち会う機会を得た。

 

絶望は新たな出会いのための予約チケットだ

その値段(代償)が大きければ大きいほど素晴らしい未来を見せてくれる予約チケットなのだ。

お前は

最高のステージの特別席を手に入れた。

 

分かるか、

たとえばお前はいくつもの失恋を越えてきた。

その度に絶望チケットが、小説を生み出して見せてくれた。「忍路」もそうだ。

そしてもっとも高い代償を払ったチケットで

お前は絵画と出逢ったのだ。

 

絶望だけがお前に、絵画と出逢わせることが出来た。

 

絶望は人生の終わりではない

それは始まりなのだ。

 

始まりのための終わりだと見抜かねばならない。

 

終わりの苦悩、絶望を味わい尽くせ。

すると終わりは、必ず輝かしい始まりとなる

その代金をびた一文値切らずに、支払うのだ。

チケットは裏切らない

 

そしてそのチケットを読み解け!

お前は必ず新しい人生に出逢う

それが絶望の役割なのだ。

 

次なる一歩を歩みだせばいい。

 

 

 

 

 

 

 

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苦悩を丸裸にする(怖れ)

2017-06-05 | 5次元宇宙に生きる(神)

 

自分に言い聞かせる言葉は心地よい

装飾がいらないからだ

 

恐れをいだく心が

オブラートで包むように

半透明の膜で覆う。

 

怖れは

私をつくりしものへの不信の表明だ。

 

私をつくりしもの

それを完全に受け入れたら

もはや

恐れという言葉を想像さえ出来ぬ。

 

それはもはや

信じるという次元を超えた

真実そのものとなるだろう。

 

犬の

遠吠えのような

このことばの羅列をみよ

 

私は怖れていると

大声でわめいているようなものだ

 

そう、私は恐れている。

思考は

未知なる世界に

不安と恐れをいだく

 

怖れながら、新しい命を享受する

なんと無駄なことか

 

だが単純なことだ

思考は闇に恐怖する

闇を見ようとするからだ

 

闇を見るな!

闇は観るものだ

 

闇を観たら苦悩は消える

お前は眠りの度にそれを体験している。

気付いているか

 

眠りの闇を毎夜ごとに

観ている己に気付いているか。

 

見ていたら決して眠れない闇と隣り合わせの自分に気付いているか

隣り合わせというものでさえない

それは

私の内側なのだ

内側の闇を見てはならない

それは恐れのもとだ

その逆のことが必要なのだ

内側の闇を観なければならない 

 

内側の闇を観る

それこそが瞑想、

意識的な眠りであり、生きて死を受け入れることだ。

 

苦悩を恐れるな

苦悩から逃げないで挑みかかれ

苦悩を丸裸にするのだ。

 

 

 

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苦悩を丸裸にする(不安)

2017-06-04 | 5次元宇宙に生きる(神)

 

人生は答えのない試験だ。

答えがないのに、結果が気になる

それが不安につながる。

そんな経験はないだろうか。

 

自分はこれでいいのか

そう考えた人はいないだろうか。

 

正しく生きなければならない

人生の試験に合格したい。

 

これでいいのか

これではだめだ

でもどうしたらいい?

 

自信を持った生き方が出来ない

それが恐れになる

それが自己嫌悪と嫉妬を生み出す

 ・・・・・・・・・・

なんとも厄介な苦悩だ

 

そんな御託はどうでもいい

その怖れる苦悩を丸裸にしてやれ

その舞台裏を覗け!

 

そこには必死で

何もかも自分でやらなければと思い込んでいる自分がいる

自分の人生を成功させたい

でもどうやればいいかわからない。

人はみな幸せそうに見える。その関わり方を見事に演じているのになぜ・・・

頭を抱えて悩んでいる自分がいる。

 

そんな自分を見つけたら言ってやれ。

自分の人生を成功させる方法などはじめからどこにもないのだと。


自分の力で一体何をつくるつもりだと。

大声で言ってやれ。

 

お前はこれまで

何一つ作ったためしはない

作る力などこれっぽちもないのだ

なのに作れないという悩みの滑稽さが分からないか。

 

考えて見ろ

お前は生まれた

だが、お前が何かしたか?

宇宙から物質を取りそろえこの肉体をつくったか?

 

確かに家庭を持ち子をもうけたと言うかもしれない。

しかしお前は何をつくった?

血の一滴すら

作ることは出来ない。

 

友人をつくった?

会社をつくった?

 

馬鹿なことを言ってはいけない

お前は何もつくってはいない

ただ出逢っただけだ。

 

だがその出逢いさえ、

お前がつくったか?

その偶然をつくり出せると思うのか。

 

作れない。

当たり前だ。

これからも同じことだ

そして死でさえお前のかかわり知らないことだ。

 

自死?

ばかばかしい

それが自分の力で生きた証しとでも言うのか!

 

自分の力

これがお前の、最悪の幻想だ

自分の力など、どこにも存在しない

存在しないものをあてにして苦悩が生まれる

一から十まで、自分の力でやろうとしている

これが

お前の苦悩なのだ。

 

お前を生み出したもの

お前はただ、それにのっかっているだけだ

 

自転車のように

 

そう、自転車のように生きたらいい。

 

自分の力しか見ないものは

自転車に乗れない

 

倒れるのを怖がって、自分の力で身体を使い、バランスを崩して倒れる。

自分の力を自転車に預けて

自転車の力に己を明け渡したものだけが一体となって走ることが出来る。

 

お前を生み出したのは

お前の力ではない

そのお前を乗りこなすのは

お前の力ではない

 

お前を生み出したものに

お前の力を明け渡せ!

 

お前を生み出したものに

不安は存在しない

あり得ない

 

苦悩を丸裸にせよ

すると

舞台裏に潜む

自分の力の亡者が

見えてくる。

 

苦悩は

妄想だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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黒蕨壮彫刻展(はるひ美術館)に行ってきました

2017-06-03 | 展覧会

清須ゆかりの作家 黒蕨 壮 彫刻展 木によるリアリティと情念

写真にあるジーンズのシャツ、これは木の彫刻作品です。

この案内状に魅かれて、はるひ美術館まで、電車を乗り継いで行ってきました。

日本最古の石の博物館で開催の野村とも子展にも立ち寄り、特急を使わず、途中15回も乗り換え、まる一日乗り鉄の旅を楽しみながらの芸樹鑑賞。

よくばり過ぎましたが、よい旅となりました。

 

黒蕨(くろわらび)壮彫刻展は残念ながら、本会場内の撮影が出来ませんでしたので、その内容を映像で紹介できないのですが、

想像以上に素晴らしいものでした。

空、もしくは虚を主題にした、ジーンズの抜け殻を克明に掘り起こした木肌が無言のメッセージとなって私の心は圧倒されっぱなし。

第二会場の小品は撮影可でしたので、いくらかその様子が伝わると思いますので、観てください。

マグリットを連想させますが、この木肌に完全な独自性を感じます

これら、洞の服は、スーツですが、本会場の大作はジーンズが彫り込まれていて、ワイルド感は試作と完成作品ほどの差がありました。これもいいですが、本会場の作品はもっと素晴らしいという意味です。

本会場にはこのテーマの背丈を越える大作が展示されています。

この作品は壁に掛けられたもので、ロープもつながれた昆虫も、みな木彫です。

 

野村とも子展の方はこちら

 

 

 久しぶりに、貧乏旅級乗り鉄 楽しゅうございました。

 

 

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