「ちぃ~ふ、あんたのんとちゃうんか? 」
っと、自分の肩越しに後ろを指差ゝれて訊かれました。
そんなことを言われなくても、何を言ってるのかは分かっていた。
自然や、自然な感じやっ!
ユックリなんやで、落ち着いて振り返るんやでッ!
っと、心に言い聞かせた。
「なにがですねん? 」
「ぁれや、お前のんやろぉ違うんか?なッ!」
っと、喋りながら此方にと、下から覗き込むように近づく顔、笑っていた。
だけど目つきはそぉじゃぁなかった、黒目の部分が言いようのない冷たさだった。
その二つの目ン玉、見つめられた人を十分に、物怖じさせてしまう沈んだような、
鋭く尖がった黒曜石のような、黒色暗さで占められていた。
この男、青果市場では通称 ≪松屋の大将≫ っと呼ばれていました。
その大将の店の屋号は≪松屋≫。 市場のなかでは老舗の方の仲卸業者でした。
青果市場の場所は国鉄○○駅、西側踏み切り、何本もの上下線の線路を渡り。
駅裏市街地開発で建物が取り壊されて空き地が目立つ、小さな商店街を抜けると、
直ぐに現れる、レンガ造りの古い紡績工場跡地の周囲を取り囲む、高い塀に沿って
南へと下ると、これもまた周りを高い塀に囲まれている場所にぶつかる。
それが、○○中央卸市場。
警備員詰め所が在る正門から入り、そのまま奥にと突き当たったのが、
三階建ての卸市場総合ビル。 ビルの一階が早朝に競り市(セリイチ)がたつ場でした。
建物の中には、青果卸店や他と共同の、大きな部屋みたいな各種の冷蔵庫が幾つも在った。
同じ敷地内には、水産物の鮮魚、塩干、練製品などの仲卸業者の施設も在った。
大将と自分が立っている、早朝の仕入れなどで行き交う商売人で溢れた狭い通路では
二人ともが周りに邪魔なのは良く解っていた。
だけど誰もがこの人には文句を言わなかった。
直ぐに、自分たちが立っている通路を行き交う人が少なくなった。
他の商売人らは直ぐ横の、他の通路を忙しそうにしながら行き交っていました。
その人たち、ケッシテ自分と大将には目も暮れようともしなかった。
自分の眼の前の男と、偶然にでも眼が合えば、何かの災厄に遭うのかと。
急くように行き交う人の後姿に、そんな感じがしていました。
「タイショぉ、忙しいぃのになんですのぉ?」
っと自分、大将の太長い指が、自分を通り越して後ろを指差してるのに、
今初めて気づいたようにと、必死で演技して喋りながら振り返りました。
「あんたの自転車やろぉ? 」 右肩越しに、耳元でぇ
首だけで右後ろを振り返ると、猜疑の視線が威嚇するように此方に注がれてます。
「松也はん、何処にありましたんや? 」
自分、前屈みに為って握り締めていたネコ(一輪車)の握り棒ぉ操作して、
青果の詰まった重い木箱が三段に積まれた荷が、転ばぬようにと。
息つめもって土間コンの床に静かに停めた。
背中が熱を浴びつつっ! っとだった。
猜疑な鋭い視線が、自分の背中に浴びせられ、刺し貫こうとしていたから。
「番外地の線路際に置いてあった 」
「ほぅかぁ・・・・すいませんけど、夕べは自分、ヨッパラッテたさかいになぁ 」
「ぅん、聴いてるで、そやけどバイトに来れんちゅうて連絡するくらいやったらなぁ・・・!」
「はぁ・・・・わい、連絡いれてましたんかぁ?」
「なんや、憶えてないんか? 」
「・・・・・ちょっとぉぅ 」
「よっしゃ、降ろすんてっとうたるわ 」
サッギでの鋭い目つき顔の表情が、一変していました。
穏やかな笑顔の、いつもの卸し市場の大将の顔に為ってます。
「すいません、自分でやりますわ 」
「ナニ遠慮してるんや、ホレ、登らんかぃ 」
痛いほどケツを勢いよく叩かれた。
オート三輪の荷台に登り、横倒しになってる自転車を抱えて、
自分の自転車だけに目線を定め、ケッシテ下の松也さんを見ないようにした。
「よっしゃ、離しんか、OKオッケ~ 」
荷台から飛び降りるときに、松也さんと眼が遭う。
顔は笑っていたけど、細めた眼が、冷たい眼差しで此方を視ていた。
「どや、もぅ忙しいぃないやろ、朝飯喰ってゆくかぁ 」
「ぉおきにぃ、そやけどもぅ眠たいねん、帰りますわ 」
「なんや奢ったろか思うたのになぁ 」
「ぉ!パンクなんかぁ?」
「そぉみたいですわぁ 」
「ほんなら、降ろすんやなかったなぁ 」
「はぁ・・・・・歩いて帰りますさかいにぃ 」
「家まで送ってゆくがな、載せたらえぇ 」
「えぇわぁ、大将ぉ 」
「なんや、パンク修理せぇへんのんか?」
「今度くるときにぃ道具ぅ、モって来ますさかいにぃ 」
「ほぉか、好きにしたらえぇがな 」 ッと聞いたとき
自分のアパードで送られて、住処を知られたくはなかったので、良かったと。
だけど直ぐに、自分を大将がアマリにも簡単に開放したのが、気に為りだした。
大将、大声で通路に沿って並んでる店舗の人たちに、声かけながら歩いて行った。
その後姿、少し猫背の背中が歩く歩調に合わせて、猪首と共に、左右に蠢いていた。
事務所の入り口直ぐのトイレの傍ら、狭く仕切られた小さな流し台の横で、
店から借りている、長靴や作業着から、私服に着替えていると声が仕切りの向こうから。
「かッきゃん、躯ん調子どないやねん?」
昨日の晩に、バイトを休むと電話連絡したときに、託を頼んだ店の番頭格の男だった。
着替え終わって仕切りから出ると、近寄ってきた。
「ぅん、ダイブえぇねん、おぉきにな 」
「自分なぁ、社長(松也)にぃなんかしたんか?」
「ぇ!ナンかってッ?」
「タイショ、なんやぁ怒ってたんやけどなぁ 」
「サッキ三輪トラックで帰ってきはったから、挨拶したんやけどなんもなかったでッ」
「ぁあ、自転車見つけたさかいにモってきたゆうとった 」
「ぅん、お蔭さんで助かったんやけどなぁ、パンクしてますねん 」
「へぇ・・・・・ワイ乗ッテみたけど、どないもなかったで 」
「・・・・・虫ゴムが、おかしゅうに為ってもたんとチャウかぁ 」
ナンデや? パンクしてなかったんが、サッキはパンクやッって・・・・・ッチ!
「○○さん、すまんけどワイが休むって社長にぃ言うてくれはったんやろかぁ 」
「ぁ~、言うた。そやけどワシがゆう前にぃアイツぅ休むんとチャウかぁ、言うてたわ 」
あの晩、ヤッパシ自分があの場に居ったの、気づかれてたのかッ!
それなら如何して、サッキはモット追究してこないのか?
モシも気づかれているのなら、あの大将がおとなしく自分を解放するかぁ?
「ぉい、無事によぉ帰してもろぉたやないか 」
振り返ると、いつの間にか自分の後ろに、覆面パトが付いてきていた。
助手席側の窓から、縄澤が首を傾け出していた。
パト、横に並んだ。 運転手は夕べのヤツと違う男やった。
「顔色モノゴッツ悪いでッ!お前ッ」
「ドナイもないですがな、まだワイに御用がありますのん?」
「ナンやお前、自転車どないしたんや 」
「パンクですわ、ワイよりあんたの方が顔色悪いんチャウのッ 」
市場入り口の、守衛詰め所まで横並びヤッタ。
「ワイ、帰りますんや、もぉえぇんとチャイますの?」
「ナンや、儂と喋ってたら都合悪いんか?」
「・・・・・・いぃや 」
「家まで送ったろか? 」
「シツコイんとチャイますのんッ!」
自分を追い越した。 門を出た所、車道の手前、歩道を塞いで停まってる。
「ぉいッ、ソッチは家とチャウやろも!」
「用事ぃ済ませますねん 」
「お前、気ぃつけなアカンで 」
「ナニ心配してくれてますねん?」
「お前、言わんでも判っとろぅもんッ!」
≪あぁ、判ってるッ!お前に言われんでも判ってるがなッ!呆けッ!≫
ット、自分、口から出かけてた。
だけども、覆面パトの車の屋根の向こうから、大将のオート三輪トラックが近づいて着てたので
怒鳴らずに済んでしまった。
「ちぃふ、自転車修理にモっていったからな 」
「ぇ!ぁッ済みません。気ぃ使ってもろて助かりましたわ 」
「アイツらなんの用事やねん?」
タイショウが顎で示しながら、遠のく覆面パトを望みながらヤッタ。
「夕べ番外地で飯ぃ喰うてましたら、居ったんですわ、ナンや知らんけど訊いてきますねん 」
「なんがや? 」
「はぁ・・・・よぉ判りませんぅ 」
「お前、なんぞ犯したんか?」
「ぇ!なんかッテ?」
タイショウ、三輪トラックの真ん中の運転席に御サマって、バーハンドル大名握りしたまま
此方に顔を向けずに、前を向いて訊いてきた。
時々、空冷発動機、轟くように唸らせていました。
その唸り音、何処かに潜んでる獣が、唸ってますようにでした。
「タイショウ、暫くバイトぉ、来んでもえぇやろかぁ?」
「お前の好きにしたら、えぇがな 」
おかしい? 眼ぇが他の事を告げてるでッ!
自分、そぉぅ感じました。