【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

真夜中の向こう側。

2008年06月28日 22時56分48秒 | トカレフ 2 
  


康徳12年7月中旬 (満州歴)

 真夜中の向こう側に


月ない暗闇の晩、渡れば他国な国境の河
黒影な両岸に挟まれ星明かりを映し仄かな白さで輝いていた。


大陸での泥沼な戦争も終盤近くになってくると、日本とソビエト連邦間の中立条約が未だ有効なのに、
河を挟んでソ満両国の国境警備兵が、互いに巡回しあいながら警戒し睨みあっていた。

だから真夜中に、流れ音だけの静かな河面に近づけば、
穏やかな夏の夜にしては物騒な、緊迫した雰囲気が辺りに満ち溢れていた。

闇夜な夜半過ぎ、夜の暗さに溶け込んで、夜が蠢くようにしながら南の満州国側から、
前もって指定された、河畔近くの叢に囲まれた岩場まで、関東軍国境警備兵巡回の隙を突き、
絶対に発見されないようにと長時間な匍匐前進も厭わず、用心を重ねながら忍びよった。
岩場までの匍匐中、頭や顔面から吹きだし流れる汗、顎先を伝い地面にと連続して落ち続けた。
息が喘ぎ、悲鳴じみるのを殺しながらだった。

幾度も土埃混ざりの汚れた汗が目にと沁み、涙目になるのを何度もキツク瞼を閉じ耐える。
漸くの想いで岩下に辿り着くと暫くは、俯きながら地面の上に重ねて揃えた両手の甲に頬を載せ、
夏の夜の暑さと、長時間匍匐する緊張感で激しく喘ぐ息を整えた。


岩と地面の間に、教えられていた物はないかと、両手の指先の感覚だけで辺りを弄る。
直に右手の指先が、周りを囲む背高い草の根元を縫うように這う、細い紐を突き止めた。
紐を音がしないように岩陰の方に用心しながら手繰っていく。
手先が何かに触れ、落ち葉を踏むようなガサツイタ音がした。

ガサツキ音は、虫の鳴き声だけの夜の中では、ケッコウ大きな音に聴こえた。
直ぐに手を引き、巡回中の警備兵が聴きつけて走って来ないかと、耳を澄ました。
暫くは身を固くし動かずにいたが、ナニも異常がないようだったので、
今度は音がしないようにとソット手を伸ばし、音の正体は何かと確かめる。
草を太く束ねたもので平たく編んだ物であり、周りと同じ草が添えられ偽装されていた。


一昨日の深夜、此処まで荷物を運んできて隠し置いた者が、荷物を隠した岩の割れ目穴が、
巡回する警備兵に発見されないようにと、草で編んで作った隠し蓋だった。
蓋と添えられた草は、日中の暑い日差しに晒されていたので、よく乾燥し少し触っても音がした。


夜の暗闇の中では微かな音でも、遠くまで良く通るので今度は音がしないよう、
ユックリトした動きで横に退けると、横穴みたいな岩の割れ目が現れた。

喉の渇きが、我慢できないくらい募ってきいたが、暗くて視えない中に手を入れ、
隠され置かれていた物を掴み、手前にと静かに引き出した。


引き出した物は、軍隊が遠征時などに用いる丈夫な帆布製の大きな軍用衣嚢で、
暗闇で手汗をかいた掌で触ると、手肌に滑るような感触がした。
普通の汎布製の衣嚢は、編み糸が太く織目も詰め過ぎるくらい細かく織られ、
非常に丈夫に作られていて、耐防水性が普通の物よりも高かった。
衣嚢の手触りは布の手触りだが、割れ目から引き出された衣嚢には、特別な加工が施されていた。
布の表面と裏側に黒いゴムの被膜が薄く塗布され、耐防水性が更に強化された物だった。

戦争などの有事が勃発した際に備え、敵前上陸作戦などを敢行するのに先駆け、敵地上陸地点調査の為、
密かに侵入する斥候兵や極秘任務の破壊工作員などが、海や川から敵地に侵入する時、
携行する武器や無線機などの装備品が濡れないよう用いるのが、此の防水衣嚢だった。

近距離なら浮き袋代わりに使用でき、木製の輪ッカが何箇所か取り付けられ、
泳ぎながら輪ッカを引っ張れるようになっていた。
侵入作戦時の装備品の数量により、衣嚢に括りつけて浮力が調節できるように、
衣嚢と同じように薄ゴムで防水加工が施された、小さい衣嚢みたいな子袋が付帯されていた。


闇で手元が窺えなかったが、衣嚢の首は浸水しないようにと二重に折り返され、
丈夫な革紐で幾重にも巻かれているのを、慣れた手つきで解いた。
中から小さな防水袋や、陸軍兵の夏用下帯(半ズボン)と黒い長袖の上着を取り出した。
辺りを窺いながら上半身を起こし前屈みになる。匍匐前進するときに肘や膝などを傷めないようにと
暑さを我慢し着ていた、分厚い生地に石綿繊維が混じった鉄道蒸気機関士が着る濃紺色の乗務服を脱いだ。

身一つの素っ裸になると、躯内に熱を浴び汗と土埃で汚れた肌が、夜の涼しい川風に晒される。

ズボンを掴み、背中が汚れるのもかまわず上向けになり、両脚の膝を持ち上げ下帯を穿く。
寝転んだまま上着を羽織ろうとし、少し背中を持ち上げ袖を通しかけたが、
以前何回か服を着たまま水に入り、泳ぐ動作が鈍くなって困ったのを想い出し着るのを止めた。
急いで脱いだ服などを丸く纏め、サッキ取り出した防水子袋に入れ、暗くて手元が視えなかったが
手捌感覚だけで子袋の口紐をキツク結び、衣嚢が納まっていた岩の割れ目穴に突っ込み、
草編みの蓋で元のように閉じ、穴を隠した。

再び腹這いになり、衣嚢から闇の向こうまで伸びている細紐を手繰り、紐伝いに叢の中を匍匐で進む。
向かう河岸は直ぐ其処だったが、衣嚢を引っ張り肘膝を使う匍匐前進だったので、可也な時間が経つ。
急ぎたいと逸る心を、教えられたとおりに宥め、焦らず慌てずな感じで静かに進んだ。


今夜のような仕事のときはいつもなら、胸や下腹部に黒染めのサラシを巻くはずだった。
だが此の物不足のご時世では布が手に入らなかった、ヨッポド白いサラシを巻こうかと考えたが、
夜目にも真白い布では、警備兵に見つかり易いと考え諦めた。


漸く叢から直ぐの、水が緩やかに流れる浅瀬に出るも、肘膝や裸の胸が河原の石で擦れ痛む。
想わずに出る呻き声、顎を噛みしめ殺し、鼻息荒げながら衣嚢を叢むらから浅瀬にと引っ張りだす。
熱もつ躯が浅瀬の冷たい水に浸かると、傷めた肘や胸が冷やされ気持がよかった。
喉の渇きを癒そうと、面を水に浸け水を口に含みかけたが、之から否でも飲むからと想い止めた。

此処まで手繰りながらきた紐の先、河の中へと伸び、その先を目を凝らし窺う。
浅瀬から少し深め、星明かりで輝く水面上に僅かに覗く杭の頭を見つけた。
衣嚢を浅瀬に置いて杭に近づき、杭伝いに水面下に右腕を沈め探る。
短い二本のロープの切れ端が繋がっていて、水の緩やかな流れの中で揺れていた。
さらに下の方まで腕を伸ばし杭の根元付近を弄ると、斜め上流の対岸から水面下を、
河を渡るように伸びてきた、ロープが繋ぎ止められていた。
杭の結び目近くには輪が作られていて、其の輪に両腕を肩まで沈め衣嚢の首からの紐を通した。
紐が解けないようにと何回も通し直して巻きつけ、固く結んだ。


衣嚢を置いた浅瀬に戻ると、下帯の後ろポケットから細い革紐で太めに編んだ二尺ほどの組紐をとりだす。
自分の左手で衣嚢の木の輪ッカを拳で握るようにし、拳の上から革の組紐で絶対に離れないようにと、キツク輪ッカに結んだ。
紐を引っ張ってキツク結ぶ時、紐の片方を奥歯で銜えていたので唇が擦れて切れた。

唇を舐めながら浅瀬から杭近くまでまで衣嚢を引っ張るときに、
もう片方の後ろポケットから、折りタタミ小刀を取り出し前歯で銜えた。
すると、切れた唇の血を舐めた味と、小刀の鉄の味は似ているなぁっと。

折タタミ小刀を手首の一振りで刃を起こし、沈んだようになって水に浮かんだ衣嚢を引き寄せる。
水面下のロープが杭の根元に繋がった近を探って、小刀で切りだす。
ロープガ切れると直ぐに小刀の刃峰をズボンに当ててタタミ、後ろポケットに戻しながら衣嚢に跨り抱きついた。


跨り抱きついた衣嚢は、緩やかな河の流れに任せるように、ユックリト斜めに河を横切るように下流にと進みだした。
河畔沿いでは水の流れは緩やかだったが、斜めに横切りながら中央辺りに近づきだすと、
急激な感じで流れの速さが増し、衣嚢は水の抵抗で激しく上下に浮き沈みしだす。
長いロープで繋がれ、激しい流れに逆らうように上流に頭を向けた衣嚢は、激しく水中で何度も回転する。
必死さで衣嚢から離されまいと自由な右手で輪ッカを掴み、固く口を結んで息を詰めていた。
両腕両脚で衣嚢に抱きつき、直に渡り終えると我に言い聞かせながら堪えるが水の勢いは強烈だった。

水は強烈な圧力で鼻や口から容赦なく入ってくる。
鼓膜は水の中に沈むと激しく水の吠える音を聞く。
自分の躯と衣嚢の上下も関係なく回転し続けていた。

息もできず急激な流れに身を揉まれ続けると、意識が遠のき何処かにと逝き始める。
両手の握力が自然と抜けてくる。繋ぎとめていない右手が離れたのが判ったがどうしようもない。
息苦しさで酸素不足な脳が悶え足掻く感覚は、何時かは逝くかもしれない処みたいな物に包まれかけてきた。

もぉぅこんなことは止めよう。今回で終わりにしたい。っと薄れかける意識の中で想う。

朧げになる意識の代わり、透明感な甘い感覚で包まれそうになってきた。





突然な感じで、緩やかで穏やかな流れの水中にいた。


気がつくと自分が今何処にいるのか判断できず、仰向けで横になっていた。
顔が何かに触られていた。目を開ける前からそぉ感じていたが。
今の状態が飲み込めていなかったので、起き上がろうとして手を引っ張られ水の中にと沈む。

思わず息を吸ったら気管に水が入り、水中で咳が出たら記憶が戻った。
水の中に引っ張られたのは、左手首を衣嚢に括りつけていたからだと、想いだした。
衣嚢に掴まって咳きこみ水面に頭を出すと、河岸から川面に垂れ下がり茂る木の枝に当たった。
咳が出るのを慌てて堪え、耳を澄ました。河の水が穏やかに流れる音がしていた。

河を渡る前、浅瀬の杭に繋ぎとめられていたロープの長さは、衣嚢に繋ぎ直して河を渡り終えると、
此方側の河岸の、川面に垂れ下がる木の枝の下に着くように長さが調節されていた。


暫くは耳を澄まし、衣嚢に掴まって浮いていた。
河の冷たい水に浸かっていると、躯の体温が低下し震えが出そうなくらい寒くなってきていた。
直にも岸に上がりたいのを我慢し、耳を澄まし続けたが水の流れる音と、
小さな虫の鳴き声以外は、何も聞き取れなかったので周りは今のところは安全だと確信した。
ユックリト躯を立て、寒さで強張る脚を伸ばしかけたら川底の石を踏んだ。立つと上半身が水の上に出た。
直ぐに水の中に蹲り、左手を衣嚢の輪ッカに繋ぎとめていた革の組紐を、取り出した折りタタミ小刀で切る。

河面を覆うように群生する叢の中に匍匐で入り、仰向けになって寝転んだ。
背高い黒い草影が周りを取り囲んだ狭い視野の中、掴めるかと想うくらいな距離感覚で、
無数の、青白く瞬き輝く星が眺められた。



ソビエト領に、入った。


   

にほんブログ村 小説ブログへ   


最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
(^オ^)(^ハ^)(^ヨ^)(^ウ^)(^ー^) (★彡セイサ居酒屋ブログ彡★M3doors111)
2008-06-30 09:21:17
カキコはお初です。
いつもありがとうございます。
中々のドキュメンタリーですね。

拝読させて頂きました。わが父はピョンヤンで・・・

一度足跡をお付けに参って下さい。

では又。
返信する