【 密通 】
夜の凍えさで、其処までもかと冷え切った、暗さな空気。
其れは、暗さで視えなかったけど、其処にはイッパイにぃ満ちていました。
真夏の 「 蚊帳 」 っを、真冬の寒い部屋の中に吊りました。
「その方が 雰囲気だよ、ふんいき 」
っと 以前、貴方がそう 仰ったから
だから今夜、蚊帳を吊り下げて お待ちしていました。
二畳の広さの、薄暗な電燈が燈る玄関から
古い木枠の引き戸が、表で舞う木枯らしで揺すられ
硝子が忙しなげに鳴る音、廊下を渡って此処まで聴こえて来ます。
「ヤッパリ 鍵を掛けてたほうが、音がしないのかなぁ ・ ・ ・ ・ 」
って、寝間で蚊帳を吊りながら、そぅ想いました。
蚊帳の中。
裸で真っ白な敷布の、真綿のお布団に 寝そべるわたくし
同じく 真綿の掛け布団、重たくわたくしに 圧し掛かり
わたくしが、少しでも動けば、裸の胸 擦ります。
其の時、思いもかけずな 胸から脳にの、小さな快楽っ!
わたくしの神経、感覚の鋭さが狭まり、刺さりました。
脳に鋭く、キリキリ! っと刺さりました。
外、凍ててます。
寒さが透き通らせる 星ある晴れた夜空から、粉雪々ぃ 降りて来ます。
触れなば冷たい 小さな白き柔らかさな雪、もしも降る音聴けるなら
どんな音?
其れから 解けるときの音、どんな音?
確かに、わたくしの胸の高鳴りと、同じ音でしょうか?
今から始まると願う、出来事の想像、乱れさせます 心を。
鼓動が静まればと、詰めてました息吐きます、溜め息の白さで。
仄かな白い靄影、暗い蚊帳天幕にとぉぅ 目指しぃ昇ります。
夜の黒さの中で、白さが暗さに溶け込む音、聴こえませんでした。
たぶんわたくしの吐く息、黒い静かさに溶け込むのに、馴染んでいますから
だから 音 しなかったんでしょうか?
密通しました。
寝屋の褥の中、淫猥な湿った空気の中で
あなたが息を、整えながら聞いてきました。
「 キっとぉぅ ・ ・ ・ ・、 かぁ? 」
「 !、・ ・ ・ ・ ぅん、かもぅ 」
わたくしは返事に迷い、言葉に詰まりました。
「かもぅって どぉぅよ! 」
「 ・ ・ ・ !・ ・ 」
暫く、乱れた息を整える振りして、黙ってました。
言葉で応じれば、それからは済し崩しにぃ っと。
キッと、きっとぅ ・ ・ ・ ・ ・ きっとぅ !
黙ってる言い訳言葉、何にも頭に浮かんでこなかった !
不義の行為。
それっはぁ ようやくとぅ ですねぇ
済んで終わってしまえば、わたくしの、脳内世界のぉぅ
深い処の辺境な場所で、隠れ意識がぁ こぅ囁きぃ言いました。
「此んなものかなぁ? キッとぉ違うはずぅ、夫とぅはぁ ・ ・ ・ ・ 」
貴方が、わたくしに与えようとして 求めてくる、如何しても!
っなぁ、熱さなぁ事をぅ 受け止めて共鳴しぃ、
激しくなぁ って振舞った、わたくしの震え続けた躯とは、裏腹でした。
醒めてしまいました。 わたくしの心は 。
少しも満たされることもなくぅ 想う限りには でしょう
此れから先にも 在りませんでしょう。
先ほどの 蚊帳の中の行為、わたくしの躯の何処かの芯
隠れて っと、わたくしも知らずに、芯をぅ火照らせてしまってました。
其の躯の芯、ゆっくりと 醒め始めてきてました。
粒の汗が流れてました、油な滑る肌の温みが、冷める時ぃとは違った
心の中の何かが消え去りながら、持って逝かれるようなぁ ・ ・ ・ ・ でした。
其れは、諦めな醒め方なんでしょぅ?
覚悟なき制裁。
暫くした、或る日。 霙降る午後の事。
家の近くの 裏通り商店街の、と或る小さな喫茶店。
照明落とした、薄暗な店の奥で 二人は並んで座り、夫の目の前でした。
突然、夫がわたくしの耳ごと顳(こめかみ)を 殴りました。
わたくしの躯、吹っ飛んでました。 横に倒れるように!
わたくし其のまま、気が遠くなりかけてました。
叩かれた衝撃で、聴こえ難くなった耳の奥に、人の話し声が。
お店の従業員の わたくしも普段から良く知ってる、若い女性の方が
何かを語り掛けながら、助けようとして、抱き起そうとしてくれてました。
夫の声も、水の中で聴こえるようにぃ、でした。
怒りの昂りも、何も、籠もらない静かさで、夫が喋りました。
「お前は、こいつを殴った俺を許すのかぁ? 如何して座ったままで立たない 」
あの人は、何も喋りませんでした。
夫の、幾度もの問いに、答えようとはいたしません。
「お前達がした事の、けじめはどうする 」
返事の言葉は聞こえずに、お店の中、凄くぅ静かでした。
女性に抱かれたままで 見上げると、カウンターの中からマスターが
下に転がってるわたくしを、心配そうにぃ覗き込んでました。
あの人が、逃げようとしました。
夫が脚を通路に、脛で引っ掛かってあの人、派手にぃ転びます。
夫があの人の腹に、馬乗りになりました。
夫の背中、夫が振り下ろす腕の動きと共にぃ、揺れてました。
激しく何度も、何度も、揺れてました。
女性の方が、わたくしを放り出し、夫の激しく蠢く肩を摑もうと!
っすると、マスターが 女性に言い放ちました。
「止めとけ! 好きにさせれ!! 」
わたくしは、首を伸ばして観てしまいました。
あの人の 色褪せたジーンズの前が、ユックリトぅ濡れてくるのを。
黒い沁みのようにぃ、広がってきてました。
わたくしは、無様なあの人の、本性を観てますようなぁ ・ ・ ・ ・ !
そんなぁ・ ・ ・ ・ 、気ぃがしてきました。
時折、突っ張るように、もがく様にぃ
動いていました、あの人のスラリとした 両脚。
急に、動かなくなりました。
夫の肩も、背中も動きを止めました。
其のまま暫くは、夫は腹に跨ったまま 項垂れていました。
ゆっくりとぅ、腹から降りた夫が立ち上がり、此方に。
横たわる、わたくしの傍に。
夫の顔、天井の照明のお陰で表情は影になり、解らなかった。
でもねぇ、上から降ってきた雫でぇ夫がぁ ・ ・ ・ ・ !
わたくしの額に、幾つもぅ 降って堕ちて来ました。
わたくしの、想いも由らなかった、悔やみの想いでしょうかねぇ。
涙が顔をぅ打った時にぃ、恥ずかしさがでしたよぉぅ!
夫っと自分にぃたいしてのぅ、恥ずかしさがですねぇ、芽生えてきてましたぁ!
夫がしゃがんでくれて、膝ついて、語りかけてくれました。
「じゃぁ、帰ろうかぁ 」 って
わたくしは、わっ! って啼き声をぅ!
涙がですね、玉になってですよぅ!
ポロポロ! って、湧き出るって、初めて此の時にぃ、見知ったぁ!
っと夫が後日ぅ、わたくしに言いました。
店の外に出ると、霙が未だぁ 曇った空からね、降ってきていました。
霙の冷たさ、気持ちが良かったんですよ。
あの日の夜の、出来事の時ぃ以上にぃ、気持ちが良かったんですよ!
わたくしの心。 満たされました。
其れからですねぇ、男の方の見苦しき態度ぅ
若しもですけどねぇ、殺められてもぅ当然でしょう。
っともね、想いましたんですよぅ !
蚊帳は、明くる日に庭で、一人で燃やしました。
燃え焦げたようなぁ黒い煙ぃ、雪雲をですね、目指しましてですよぅ。
静かにぃ、音もなくぅ、揚がって逝きましたぁ!
雪の花びらが、消えかけた火の傍で蹲る わたくしの背中にぃ
いつまでもぅ! 降ってきていましたよぅ