バァさんの店に、今、最も逢いたくない職業の
刑事の ≪縄澤≫ っが居った。
深夜営業だけの、番外地のバァさんの店の出入り口の引き戸
木製の戸の枠に嵌まってる硝子は、結露して雲っていたので、
中の様子は、戸を開けるまで判らなかった。
自分、思わず後ずさって、帰りかけたら縄澤に見つかってしまった。
「ぉい、どないしたんや入らんかいッ!」
「急用、思い出したさかいにチョット・・・・・ 」
「こないな夜更けに、なんの用や!」
「チョット、野暮用事ですがな 」
自分、背中で引き戸を閉めようとしたら、店の中からバァさんが声かけてきた。
「ちぃふ、入ったらえぇねん、はよぅ座りんか 」
振り向くとバァさん、カウンターの中で無表情な顔して、菜箸持つ手で四角いおでん鍋を突っついてた。
縄澤、立ち上がっていたのだろう、腰をユックリト落としていた。
自分、仕方なしやけど縄澤から離れた、反対側の壁際の椅子に座った。
縄澤が座ってる椅子、昨日あの白人男が座っていた場所でした。
自分、こんな時にぃっと、縁起の悪さを感じた。
「なにするんや? 」 バァさん、相変わらずぶっきらぼうな物言い。
「いつもんで、えぇわ 」 自分、下向いたまま言う。
眼の前の汚れたカウンターに、此処にしては珍しく、ピカピカに磨かれた新しいコップが置かれた。
直ぐに一升瓶から、直接ヒヤ(冷酒)が、トクトクと音させもって注がれる。
バァさん、細ッコイ片腕だけで、瓶の細ッ首摑んでいた。
その手の甲、握り摑むのに力を込めるから、青黒い血管筋が浮き出てる。
手の甲を見つめてると、バァさんと眼が合う。
バァさん、両眉毛を吊り上げた。 自分、眉間を皺で萎ませる。
バァさん、一回もコップを見もせずに、ヒヤを浪波と注ぎ終わった。
ッデ前歯で噛んでた、小さなコルクの瓶の栓、掌で叩き閉めしながら言います。
「イッツモのイッキ(一気)かぁ? 今日はもぅ酔ッパラッタラ承知せぇへんさかいになッ!」
自分、黙ったまま、コップ半分のヒヤ、咽に流し込む。
此の時、心で想いました。 嘘のお付き合い共演者かぁ・・・・・ッと。
「・・・・・プッハァ・・・判ってるがな 」
「なんやぁ、ドナイしたんやッ!」
縄澤、向こう側の壁に凭れながら、訊いてきた・・・・・ッケ!
「ナンもないです、夕べ呑み過ぎたみたいやから、チョット胃ぃの具合が悪いんですわ 」
「あんたぁ胃薬ぃ、いるかぁ?」 ばぁさん。
「えぇわ、医者で薬もろうてきたさかいに 」
「何処の医者や?」
「・・・・・尋問でッカ?」
「なんぼや(勘定)?」
縄澤と自分の間に座ってた、何かを察した常連の客が、大儀そうに言った。
「○○はん、済まんなぁ辛気ぃ臭ぁになってもてぇ 」
「えぇわいな、なんぼや?」
客が、引き戸を開けて出て行くまで、縄澤、おとなしかった。
「辛気臭いは、ないやろ!」
「なにがや、あないな物言いしたら堅気の素人さんは、迷惑するでッ!」
「今のんがシロウトってかッ?」
「ホナなんやッ! ウチの商売邪魔する気ぃかッ!」
「もぅえッ! 駅前の○○医院ですがなッ」
「ホォ・・・・・ぅ、ヤブ医者かぁ・・・」
自分コップの酒、飲み干しました。
「お代わりしたげよ、コップ戻しんか 」
バァさん、自分が注文しないのに、注いでくれました。
観てると、バァさんの顔に、薄ら笑いが浮かんでいました。
ばぁさん、注ぎながら、背中の向こうの縄澤に、話しだします。
「あんたぁ、ゴチャゴチャゆうてんと、この仔に話があるんとチャウンかぁ?」
「コノコって、ワイのことかいな?」
「お前や、チョット訊きたいこと在るさかいに、こんな店で待ってるんや 」
「こんな店で悪かったなぁ、なぁ~んも喰いもせんで商売の邪魔やッ!」
バァさん、流石に語尾にぃ言い慣れてる「 ッケ!」っは着けなかった。
「お前の倶楽部まで出張ることもないさかいにな、此処で待たせてもろぉたんや 」
「よぉ此処に、ワイが来るって判ってますんやな 」
「お前の遣る事ぐらいはなぁ・・・・・ 」
「 ・・・・・ッデ、ナンの用ですんか?」
ワザワザ、ワイの隣に座り直した縄澤の、肩が当たるのが嫌で、避けながら聴く。
「ナニ逃げるんや?」
「逃げてませんがな、男の趣味はあらへんさかいに 」
「夕べ、ここらで騒動が在ったん知ってるやろ!」
「なんですのん?」
縄澤、ワイの目ぇから目線を外さなかった。
自分、思わずバァさんを見ようとして、堪える。
僅かな時間だったけど、縄澤の揺るがない視線は、如何にもぉ・・・・・ッチ!
「サッ、でけたで 」
バァさん、助け舟の出し方、良く心得てます。
自分の目の前に、仄かな湯気の饂飩の丼置かれるとき。
業とな、丼が割れるかとな音させながら、でした。
「上品に置かれんかぁ、なぁ、おッかッみッ さぁん!」 縄澤
「ヒチミ(唐辛子)とってかぁ 」 自分
縄澤の視線、自分に注がれてるの、嫌でも感じていました。
意識して知らん振りするのも、疲れます。
暫くは、自分の意識、饂飩啜るのに無理にと集中でした。
「饂飩、喰うたるわ儂にも造ったってくれ 」
突然縄澤がッ! 静かな口調でした。
「要らんッ! 犬に喰わす饂飩は置いてへんッ!」
バァさん、咄嗟ナ間隔で、即座に言い放ちました。
自分、厳冬ナ寒さが此処に、居座ってるかとッ!
傍の縄澤、息を呑むのが判ったッ! 飲み込む音が聴こえたから。
酒の燗する薬缶、沸騰する音が店内の、静か過ぎるのを増します。
自分、饂飩、啜るのが止まっていたので、慌てて再びぃ啜りだします。
汁も、大きな音させながら啜りました、全部飲み干しました。
汁の熱さ、飲み込んでから胃が少し痙攣したので、熱かったのだとッ!
汁、飲み終わったけど、場の雰囲気、壊し難くで静かにぃ丼を置きました。
ッデ、コップに残っていたヒヤ(酒)飲み切ろうとして顎上げて、
傍の縄澤、横目で窺うと、ギラギラな眼ぇした、引き攣った横顔が観えた。
その引き攣った横顔の向こう、引き戸硝子の、外側の通りをタブン
オート三輪トラックだったと思いますが、走り過ぎようとしていました。
自分、今夜もかぁット、揉め事は何処にでも転がってるわぁ!ッテ
「そないに儂が憎いんかッ!」 血相変えて縄澤
「あんたは厭とチャウッ!あんたの仕事の遣り口がッ厭やッ!」 悔しそうなバァさん
「もぉぅええやろッ!儂ぃ独りが悪いんかッ!」
「悪うないッ!唯ッいつまでも覚えてるんやッ!」
「ほならッ!儂にドナイせえチュウねんッ!」
「ドナイもでけへん、あんたは生まれつきの犬やッ!タチ(性質)の悪い猟犬やッ!」
自分、此の時、今までに観たこともない縄澤が居たので、驚きました。
バァさんも、コンナにも脆くって弱い女とはぁ・・・・ッテ、知らされました。
バァさん、悲しみで涙が溢れそうな眼ぇしていました。
縄澤、真っ赤な顔で何かを必死で堪え、我慢してるようでした。
自分、ソロソロ、バイトに行かなければと。
それと同時に、何処に逃げても、騒動からは逃れられんッ!
ナンデや、なんで自分だけがコンナ災難にぃ、遭うんかなぁ!