明るい表通りから、自分が世話になっている倶楽部が在りますビルの地下に。
途中、踊場がある緩い傾斜の階段降りて、木製の重厚な造りの入り口扉を肩で押し。
まだ開店前の薄暗い店内に入るなり、ワテの顔観てママが、心配そうな顔で声を掛けてきた。
「ちぃ~ふ、夕べはなんぞ在りましたんかぁ?」
「ぁ!ママ、お早う御座います 」
「おはよッ、なんぞかあったんか?」
「はぁ、なんぞって?」
「松也さん、あんたを捜してたよ 」
「ぇ!夕べはバイト休むって連絡いれてますけどなぁ・・・・・」
「なんでぇ?」
「バイトに行く前に、腹ごなししょう思ぉて番外地よってましたんや、
そやけど、饂飩食いもってなぁチョットのつもりが飲みだしたら、よぉぅけ呑んでもてなぁ、
しんどぉなるし気分、悪ぅ為ったさかいに松屋には行ってしまへんねん 」
「なんやそぉかいな、あんたがそないに飲むって珍しいぃなぁ・・・・?」
「ママぁ、松屋の大将ぉ怒ってましたんかぁ?」
「怒りはしてへんけど、なんや慌てゝたみたいやったからなぁ・・・・」
「・・・・・すんまへん 」
「松也はん、なんかぁ大事そうに言うてたさかいになぁ 」
「ほんまにぃすんまへん 」
「わたしに謝ってもしゃぁないやろぉ 」
「はぃ、今夜はちゃぁんと行ってきますわ、そん時に謝りますぅ 」
「そなぃしぃ、ッデどないしたんや?」
ママぁ、ワイが持ってる調剤薬局の薬の袋、爪に赤いエナメル塗った指で差しました。
「ぁ、これなぁ、さっき医者ぁ行ってきましたんやぁ 」
「どっか悪いんかぁ?」
「チャイマス、夕べギョウサン飲みすぎたんで胃ぃがチョット荒れたんやろぅ、痛かったんですわぁ 」
「あんた、そないに呑んだんか?」
「はぁ・・・・チョット夕べは何したか憶えてませんねん 」
「アホやなぁ、今日はもぅ休んで帰るかぁ?」
「もぅどないもないわ、薬もサッキ飲んだし痛くもないさかいにぃ 」
これが、最初の嘘やった・・・・・ッチ!
自分、その日の営業時間中、店が終わってからのことが気になり、頭から離れなかった。
時間中、ママが心配顔で、わいの躯の具合を何回も尋ねてきた。
このママさん、普段は客に対して遠慮なく、ズバズバもの言う口の悪さを売りにしているけど、
店の従業員には、ケッコウ気を使う人でした、だけど今夜のワイに対する気の使いようは
なんとなく、腫れ物を扱うような感じやった。
店がハネてから後片付けも済み、帰りの挨拶をママにしようとしたら、ママの方から言った。
「実はな、あんたが店に着たら直ぐに電話するように言われててん 」
「誰にぃ?」
「松也さんにやぁ 」
「・・・・・そぉですかぁ 」
「うちぃ勝手やけどなぁわたしの急用で、神戸に行ってもろうてる、言うてるんや 」
「ワイがですんか?」
「そぉや、そやからな口裏ぁ合わせてるんやで、なッ!」
「ママ、おぉきに、そないしますわ 」
「ほんでなぁ、これ持っとき、なにがあるか判らんやろ 」
ママぁが、周りを気にしながらワイの右手に、ママの財布を握らせた。
財布は部厚くて、見た目以上に重たかった。
「ママぁ、なんですのんッ!」
「えぇさかにッもってるんやッ!要らんかったら後で反してくれたらえぇさかいにッ 」
「・・・・・・ママ、なんで?」
「あんな、ウチにかて責任在るちゅうことや 」
「責任ぅ?」
「そぉや、ウチがあんたに松屋にアルバイトに行けゆうたやろ、そやからやぁ 」
「行ったん、ワイの考えやさかいに、ママが気にするんおかしいでッ!」
「・・・・・・ヤッパシ、なんぞ在ったんやな?」
「ェ!ッ・・・・・・(ッチ!) 」
自分、心で悔いて舌打ちしました。
ママぁの、誘導尋問にぃ、イッツモ自分は引っ掛かるッ!アホ目ぇっと。
「アテは、あんたが口が堅ぁて言わんのはよぉ判ってる、なんも聴かん、そやけどなぁ
ほんまにあんたが困ってぇ、アテになんぞが出きるんならナンでもするさかいになぁ
そんときは、遠慮したらいけんッ なぁ!」
自分、何にも言えなかったし、何にも言わん方がええっと想いました。
店を出て、階段上がって、まだ賑やかしぃ表の通りに出ました。
近くのテナントビルの屋上の、派手な電飾看板からの明かりで、ママの財布を観た。
高価そうな、西陣織のいつもママが、手提げから取り出してる、あの財布やった。
中身を窺うと自分、吃驚したッ! ○○銀行の帯で封された万札束が覗いてた。
二束かぁ・・・・・・エライ気ぃ使わせてもたなぁ、どないしょぅ?
今夜は、自転車もなかったので番外地まで歩いて行きました。
道々、懐の持ち慣れない大金の入った財布が、妙に気に為ってしょうがなかった。
ッ自分、こんな大金もって歩くのは、生まれて始めてやった。
サッキ、店を出掛けに、わいの背中にママが言いました。
「あんた、なんぞ在っても、兎も角逃げるんやでッ!」
自分、振り返らんと言いました。
「判ってる、逃げるん得意やから、約束しますわぁ!」
後ろ肩で、手ぇ振って店を出ました。
約束が、嘘の積み重ねに為るかもなぁ ット、想いながら階段登りました。
番外地に行く途中、駅前を通ると、最終電車に間に合うようにと、走ってる人が多かった。
夕方、アパートの大家の家で電話を借り、知り合いの駅前の内科医院に予約の電話をした。
そのとき医院に行き掛けに、番外地のババァの店の前を通った。
明るい昼間に番外地を観ると、駅に近いわりにはなんだか、心寂しい雰囲気がする場所だった。
其れは、昨夜の出来事が、何もなかったみたいだ、っとゆうことなんだろう。
昨夜、自分の自転車は、あの騒動のお陰で、線路際に置いたままにしていた。
だけど、何処を探しても見つからなかった。
鍵は掛けてなかったから、誰かがチョイ乗りで持って行ったのだろう。
それとも、もしかしてぇ・・・かなぁ、っと想像したら心が騒いだ。
自分、何かで読んだか聴いたかで、知っていました。
嘘は、如何ぅ言っても嘘なんだと。
だから全部が嘘な嘘なら、いつかは何処から、嘘が綻んでバレるッテ
自分、痛くもなかった胃を痛いと言って、知り合いの内科の医者に診察してもらいました。
「かっきゃん、何ッ処も悪いことないでっ!どないしたんや?」
「せんせぇ、悪いって自己申告してますやんかぁ、薬ぃチョウダイかぁ!」
酒焼けで真っ赤な鼻を指先で擦りもって、目ぇで物言いながら処方箋書いてくれた。
「軽い胃薬と、栄養剤ぃ入れといたからなぁ 」
「おぉきにぃせんせぇ 」
「診察料、要らんさかいにな、その代わりぃ、ヤヤッコシイぃことやったら、二度と来んといてかぁ、なぁ?」
「ぅん、せんせぇ、そないしますわ 」
医院の扉から外に出るときに、二度とってぇ・・・・・ッチ!
こんなん、此処でぇ何回目やったかなぁ ット。
嘘が、厭でも嘘塗れに為るようにぃ、しますんやろなぁ!