【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

夜更けの マッチ擦る心

2006年07月07日 02時54分32秒 | 幻想世界(お伽噺) 
  
 

   
昨日 お手紙が来ました あの人から
読むのが怖くって 文机の引き出しに 直ぐに入れてしまいました
その時から 胸の高鳴りが続きます

 夜更けまでも


外は 雪の降る音がしています
障子がそう伝えてきます 雪明りで

 ねむれませんっ


雪の冷たさが 独り寝の褥の中にもです
熱の軀 だけど心は狂い寒さ 冷えびえと
冷たい足先が 願う夢想の世界に誘わないで 
寝るなと 限りにと 想えと


薄暗な雪明りで覗いて 視えます 
漆喰壁の向こうは 凍える雪が描く 無垢色の世界
黒色の夜に降る雪が照らす 乾いた熱情 垣間見せます
冴え冴えな鮮やかさで 魅せて描きます

 想う気持ちを


冷える黒色空気の中で文机 亡き人の書斎に蹲っています
独りの夜の寂しヶ淵の 直ぐ横で
わたしを遺して 自分だけ逝った良き人の 愛でた煙草盆が
子供の様に 隣で蹲っています
小さく 身を縮める様にして
寄り添っています


わたしが お誕生日の日に送った品 煙草盆 
逝った人が その日の その夕方まで愛用してくださっていました
書斎の灯を消すとき 盆が睨んでいるようでした

 そっと、襖を閉めました


引き出しの奥の届いた手紙が 読まない恐怖で わたしを覚醒し続けます
勝手な想像で 返事のお手紙の中の言葉が 独り歩きをします
胸の中を 何かが這いずり回っています
意識の息苦しさが 直りません

 だから、ねむれません


何度も厠へと 何度も
宵の口に召しました 亡き人置忘れの泡酒をですよ
気まぐれ任せに 忘れさに 何杯もね
酔えればと 忘れればと 幾度も呷りました

 忘却は訪れませんでした 

 ねむれません


夜の遠くで 微かな列車の過ぎ往く音 っと 踏切の警鐘の音
あれ以来 夜毎 聴き馴染みます 
わたしは冷たい頬染め お布団を顎まで

雪明りの窓が冷たそう
きっと 視えない暗さの中の吐く息は 熱い白さで天井にと
褥に降る冷たさは 外でも白く積もって往きます
閨房の此処にも わたしの想う人にも 何処にでも

冴えます 益々意識が狂う苦しさ
迎えます 妄想を 限りなく続かせ紡ぐでしょう
胎児の形で 指の爪 齧ります

 深爪で 痛さが


凍える部屋は 熱情の煉獄 冷たい覚悟の座敷牢
寂寥が 支配しています



覚悟で起き上がり 閨から出ます
障子を開けたら 掃き出し窓硝子の露が 凍っていました
斑模様の削り硝子の様に
冷たい廊下に素足で 静かに踏みます 
床鳴りの 密かな軋み音 夜の深海からかと

軋み音は 廊下の奥まで
素足の歩く後からついて来ました

書斎の前の掃き出し雨戸は 
夫が逝きましてからは 閉め切ったままです
だから 廊下は真っ暗闇でした 
何も観えず軋む足音だけが ついてきました
手探りで障子を 引き開けます 
摺り足で敷居を跨ぎます

暗さの中で 卓上スタンドのスイッチ紐を手探り 点灯しましたら
文机に載ってる螺鈿模様飾りの 朱漆の文箱
貝殻裏模様が 闇に虹色彩色になって わたしの眼に 明るい影の様に映りました
白い和紙で巻いた自刃の 切っ先鋭い短刀を掴む想いで 前に正座いたします
引き出しが 少し開いてました

 誘うように


戸惑いで眼が泳ぐと 留まりました 
亡き人が愛飲していました 煙草の短筒缶に
他国の異人さんが描いた 鳩の印のピース化粧缶
薄鉄の蓋を開けたら あの人の忘れ匂いが 嗅げました
脳裏に 過ぎ去った昔の想い出が再び
そこに 死に際の笑顔が
忘れた筈の 想いの欠片が匂ったから

 刹那で蓋 無理やり閉じました 

両の手の 二つの手のひらで包んで膝の上 
俯いて暫くしたら 雫が落ちてきます手の甲に 点々
許しを請う想いが 点々で
きつく 強く掴んで握り締めて 包んだ手の甲に
一滴 二滴っと 重なり落ちました

点々雫の温もりで きつくが緩みました 想いの力が 点々で
卓上スタンドの 電球覆いの着色硝子傘 
綺麗な明かりが困っていました 照らしてるのが嗚咽でしたから
だから 塗れた手で消してあげました 明かりを

 再び闇が 訪れてくれました
 書斎に 何かが居る様に 背中が感じていました


闇の中で缶の中の残り少ない 数本しか残っていない
両切り煙草の中から一本 摘みました 震える指で
小刻みに震える紙巻煙草を 唇に挿みました
その時 鼻で吸う息の中に 煙草の匂いがしました


傍らを弄って煙草盆から マッチ箱 
中箱を小指で押しました
視えるなら 小さな赤い頭薬 仲良し気に並んでいますでしょう
指で摘んで 人差し指を添えて 箱の側薬で擦ります

 火花が咲き 炎が立ちました

 初めに儚げな 薄い青い煙が 照らされ昇ります
 燃焼する 硫黄の焦げる匂いも 嗅げます


吸いました あの人を真似て
煙の強い きつさが喉を襲いました
咳き込みます 激しく 何回も
息苦しさが募ります 
指に挟んだ煙草の赤い火が 闇に描きます
咳き込むたびに くるくると上下に 点が流れて描きます

誰かが背中を擦ってくれてます 誰かが
薄着の 寝巻き浴衣布地の背中 幻覚温もり
幻想人に ごめんなさいと 暗がり謝り

 奥歯噛み締めた 堪え嗚咽が追いました


引き出しを慌しく開けて 手紙を掴んで 手紙とマッチを懐に
煙草を銜えたまま 手を伸ばして 暗闇見当で障子を引き 手探り廊下に
動かぬ雨戸を息止め引けば やっと つま先に漂いこむ冷気
堪えて 引き続けます

 顔を上げれば 暗い庭に化粧雪


裸足で雪を踏みました 指先が雪を食みます
腰を落として 懐から手紙を
マッチを擦り 炎を手紙に
燃えるマッチを投げると 消えながら降る雪の中に

 紛れました

 燃え尽きた紙の灰が 白い雪の中で縮んでいました



随分長い時間 それ 視ていました
時折 マッチを擦りながら
全部のマッチを 擦りながら

降り積もる雪の中に
マッチの棒と 手紙と 煙草の吸殻の燃え滓が 
埋もれて隠れるまで
寒さを堪えて 視ていました



 雨戸は開けたままでした