イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

いつも心に桜咲け

2009年04月12日 22時33分15秒 | Weblog
さいた さいた さくらがさいた

公園で満開の桜を見ていたら、思わずこう呟きたくなった。真っ青な空に映える桜は、透きとおった海のなかにあるサンゴのよう。空を見上げ、一面のブルーのなかに浮かぶピンクを目にしながら走っていると、天地がひっくりかえったような感覚に襲われる。水の中を泳いでいるみたいだ。

昔の国語の教科書には、この「さいた さいた..」で始まったものがある。国民学校とかその時代のことだろうか。はっきりとは知らないのだけど、ともかくこれは、日本人にとって桜がいかに大切な存在だったかを物語っている。自分の時代に何が冒頭にあったのかは、もうすっかり忘れてしまった。今年、小学校一年生になった子供たちが開く教科書の最初のページは、どんな言葉が書かれているのだろうか?

教科書の冒頭に、とは言わないのだけど、国語の授業でぜひ今の子供たちに教えてあげてほしいことがある。というか、僕自身も、教えて欲しかったなあと思う。それは、eメールの冒頭文。もう何年も前から感じているのだけど、仕事のメールの冒頭に書く言葉が、我ながらあまりにも貧困で困っている。

「お世話になっております」
「いつもお世話になっております」
「いつも大変お世話になっております」

基本的に、この3つしかない。ニュアンスは微妙に異なる。しかも、どれもしっくりこない。「お世話になっております」だと、なんとなくおざなりで、手を抜いたような気がするし、「いつも大変お世話になっております」だと、丁寧さは伝えられたようなような気はするけど、逆に慇懃無礼な印象を与えてしまうのではないかと少々不安になる。だから「いつもお世話になっております」は他の2つの中間で、自分的には一番当たり障りがないパターンになるのだけど、なんとも凡庸で面白くない。凡庸な挨拶文のなかでも、もっとも凡庸なパターン。

初めてメールする人には、

「お世話になります」

と書いたりもする。

「これから」お世話になります、という意味だけど、これもなんだか世話してもらうのが当然と言っているみたいで、自分が図々しい奴になったような気がすることもある。

これは日本語であらたまったメールを書くときの常套表現だし、記号的な意味合いもある。あんまり神経質になることでもないのかもしれないが、それにしてももう少しバリエーションとか、個人によって工夫ができるものであってほしいなあといつも感じてしまうのだ。もちろんこの「お世話に..」もあっていいと思うのだけど、みんながそればっかり使っていると、ありがたみがなくなる。もうちょっといろんなパターンがあってもいいのではないか。読んだ瞬間、少しだけでもいい、こころがパッと明るくなるような挨拶を、みんなで共有できないものだろうか。

仕事ではなく、プライベートなメールなら、「こんにちは」とか「おはようございます」なんかで始められるので、気持ちがいい。もちろん、仕事でも使える挨拶ではあるのだけど。あいさつ文抜きで、いきなり要件に入るパターンもある。親しい間柄なら、仕事でもそれで全然問題ない。英語のメールでも基本的に挨拶が要らないので、たまに英語でやりとりをすることがあると、「お世話に..」を書かなくていいので楽だなあと思う。しかし、依頼元に対して毎回挨拶ぬきで始めるというのは、やはり悲しいかな日本人のわたしにはできそうもない。

手書きの手紙が全盛だった時代は違った。実に様々な冒頭表現があった。試しにWordの挿入機能であいさつ文を作ってみた。

陽春の候、貴社ますますご盛栄のこととお慶び申し上げます。平素はひとかたならぬ御愛顧を賜り、厚く御礼申し上げます。

麗春の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。毎度格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。

春暖の候、時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

春暖快適の候、貴社ますます御隆昌にてお慶び申し上げます。平素は当店を御利用いただき御厚情のほど、心より御礼申し上げます。

これだけのバリエーションをすぐに作れる。メールではなかなかここまで書く人はいないだろうし、少々紋切り型で古めかしい印象も与えてしまうかもしれない。この美しい日本語表現も、時代の速さにはついていけないのかもしれない。ただ、あらためて眺めてみると、この手の挨拶はいいものだ。昔の人は、すごいなあ。今後は、自分のメールでもこうした表現の使用頻度を高めてみたいと思う。

ともかく、メールの冒頭文に、もっと様々なパターンが生まれるといい。そしてみんなが、もっと豊かで気持ちのよい挨拶を交わすようになってほしい。個人がいろいろと工夫して、その人なりの気持ちを表せる、いくつものオプションがあるといい。

「いつもお世話に..」はそのままだとしても、
その次に季節の挨拶をしのばせるとか、メールの末尾に相手の健康を気遣う言葉を入れたりとか。そういうちょっとした一行が、送り手と受け手の気持ちを少しだけ暖かくさせてくれる。

そういう風に、ちょっとした言葉の表現で、気遣いや相手への配慮を伝える。これって、国語の授業で教えるべき、大切なことだと思う。デジタルな時代に生まれた今の子供たちが、将来、自由で豊かな電子メール表現で毎日を彩っていけるようになることを祈りたい。

桜も、もう少しで散ってしまう。だけど、たくさん綺麗な花を見せてもらったおかげで、僕の心にも小さな花がさいたような気がした。さくらさん、ありがとう。大変お世話になりました!