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アイヌの人々の地 蝦夷地 樺太 千島列島

2019年01月23日 | 日記
 正月、国立博物館で初もうで。
展示の一角にアイヌ文化の展示があった。
日本文化の年表があり、江戸幕末から明治初期にかけて
「日本文化」とともに「琉球文化」と「アイヌ文化」が並列して標記されていた。同感。
琉球は琉球王朝として500年にわたる独自の文化を発展させていたが、
1872年(明治5年)から1879年(明治12年)にかけて、
強権的に帝国日本に編入される。「琉球処分」である。
北海道から樺太に独自の文化を築いていたアイヌの人々は1869年(明治2年)
蝦夷地から北海道へと名称が変わり、明治新政府による本格的な開拓が始まると、
日本への同化政策の強制にさらされる。
富国強兵の下、琉球王国とアイヌの人々は否応なく日本に編入される。
 日本は「大和民族」の単一民族ではないのだ。
朝鮮半島王朝とのかかわりもあるのだから。歴史を掘り起こし、
史実を複眼的に観ることによって自らのアイデンテティーを確立していくことになる。

アイヌの文様が美しい。明治初頭、イギリスの女性旅行家
イザベラ・バードは東北を経て北海道にわたり、アイヌの人々の暮らしを見聞している。
日本人と異なるほりの深い顔立ち、立派な体躯に「欧米人」に近い人々と感じたようだ。
日本とロシアが領有権を争っているが、もともとは
蝦夷地、樺太、千島列島は アイヌの人々を始め北方民族が住む土地であったのだ。

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