いいりん ☆ ゆつくりえいと☆

未知な木、みちの創作メモ。面白いことを取り込んで、PUREに創ります。
それは有形無形、編んだり解いたり・・・

花と露と水晶体、何となくクリスタル(笑)

2020-05-27 22:41:34 | Weblog




降ったり止んだりの昨夜、
街灯のまわりがあまりに可憐で
ついパチリ

露。

つゆ。

水滴。


近寄ると、

周辺世界が映り込んでいる。

そして、それを見ている私の眼も、


水の惑星みたいな
水晶体
硝子体





そういえば、
カメラの感光はなんで「露出」って云うのかな?
◆写真技術において、撮像素子に光を当てること。
◆露出ないし露光とは、フィルム、乾板などの感光材料やCCD、CMOSなどの固体撮像素子にをレンズを通した光にさらすこと。またらカメラのレンズを通過して入る光の総量や画像そのものの明るさ……

そんな風な記述が見える。

英語ならエクスポージャーexposure

日本語では
露。
という文字が入っているのがなんともいえないね。



ひさびさに
クリスタルアライという
カードを引っ張りだしてみました。
なんだか、地球の体調を知りたくなり。

クリスタルは、
地下深く何万年、何億年と
結晶化したもの。
素粒子
陽子、中性子、電子、原子、分子、結晶化!

可視光線を遥かに超えた波長に育まれ
(もちろん可視光線も含めて)

人間界とは異なる時間の流れを

垣間見せてくれる 


だから、

アーシング、グラウンディング…
まあ、一言で言えば、
落ち着きます(笑)


素足で水辺を歩く気分。

新月、深海を見てました。

2020-05-24 22:28:14 | Weblog



5月23日未明の
新月から、
穏やかな空気に

ごちゃごちゃしていた物事が
さっぱりしてきたかな。

呼吸が楽なのは
気のせいかな?



いやはや5月は
エネルギーがどんどん減り続け、
気力が失われ、
惰性的な行動が停止してしまい
ファウナ(動物相の科学的な表現)
のバランスがピンチ!
苦しいっっ

マスクのせいだけではなく、何か根源的。

フローラ(植物相の科学的表現です~)
に頼りたくて、
花の香りに癒されていました(とほほ)

新月過ぎて
虫が殖えてきましたね(笑)


昨日は、海の底、そう深海の映像を見て
寧ろ落ち着きました。

相模湾に迫る海溝。


またヒマラヤや北アフリカからインドまでの
大地溝帯。
ざっと5億年の地球。

テレビ番組や科学映画の類いが
YouTubeで色々観られる。



そして思い出したのは、

もともと家庭環境からして 
地球規模の価値観を持っていたこと。

そんな巨視的な自覚と

無理矢理合わせる生活感
社会環境に 
四苦八苦していたなあ、
そんなティーンエイジだったこと。
さらに
その時期が
バブルの終焉と崩壊。

日本全体ががよそ事に見えるほど、
他人行儀にされていた気がするんだ。

アイデンティティがもともと近くに無いから

時間や地平を掘り進みたくなる日々。

捜す理由がある。


今も、断然あるね~ 

あっという間に筍が竹になってます(._.)

2020-05-19 17:50:46 | Weblog




筍が竹になってきた。

ひらりと皮が1枚落ちていて、

衣、着物、というより
毛皮みたいな
気配を感じるね。

なんだかとても
つかれていたから
ひととき散歩でも
少しは生き返る。

ふぅ~

⬛画像⬛

1枚めは、
小雨混じりの今日

2枚め、3枚めは
筍出始めた頃
ちょうどひと月前

4枚めは今日落ちていた 
巨大な筍の皮!


5枚目は小雨混じりの今日。

木曜日の空、土曜日の雨

2020-05-17 23:01:20 | Weblog



木曜日の空
土曜日の雨

金曜日は目が痛くてしょぼしょぼしていました

鼻もむずむずするが
マスクのお蔭で
だいぶ助けられた。

目のしょぼしょぼは
都内の人は他にも多かったようです。
眠さ、年齢、花粉症諸々の理由を考え付いた人もまた居り。

空を眺めて歩いてみた。

何だろね。



それはそうと、
この数日浮かぶのは、
アスリート達の心境や如何に。

まさに宙ぶらりんで
練習場所も失い、
体力も感覚も 
もしかしたら意欲も
こんな状態では
減退してしまう。

目の前に描いていた
夏季五輪が消え、
五里霧中。

そして濃いも薄いも
私も含めてみんな
似たような気持ち。



1992年に
バブル崩壊狂詩曲のなか
コンクリートジャングル
全取っ替えしたらいいのに!
…と徒手空拳で呟いていた私。

…まてよ、しかしそうなったら3年くらいで
日本のような気候の大地は
ジャングルに戻ってしまうに違いない。

それも望んでいないなら、
地球の重心を心得てみたら?

そう閃き、

その間を行ったり来たり
イメージしながら

無数のビジョンを垣間見てきた。


「それを行うのは誰ですか?」

「それに気づくのは誰ですか?」

そんなサジェスチョンと共にね。

よい香りが街を包んでいます

2020-05-10 22:56:17 | Weblog




よい香りが街を包んでいます

白い花と宵 

この香り、想像したくなる?


少し風が強いので
下界の風向きと
天つ風が作る雲の流れは
違う模様


今の世の中と相似しているようにも思える

道ばたのごみや痰や黒ずみは

このところすっかり浄められて

ニュースで流れてくる淀んだ物事とは

微妙に違う空気の流れ



そういえば、もし過去世などが有るとすればなんだけど
記憶を共有しているからなのか
ワクワク思えることが時々あるなあ。


古代から近代まで歴史や考古学の近傍を
延々と回遊しながら 
ずっとバラバラで
繋がるのを望んでいた
「知識」の断篇を
紡いでいて
新たな発見がある毎日。

例えば、新年の初詣は
明治時代以降に
鉄道の発達とともに
プロモーションされた文化だ、とか、
(三ヶ日は一族が集う)

お米や野菜など物を奉納するのが常で
御賽銭は普及しずらかったとか

そもそも日本の伝統、と思い込んでいたことは

明治以降、昭和からなんてことも多いし、

ごく一地方、局地的なんてこともある。

ピンと来ないわけだ。



一方で、百人一首の歌人が
歌で、あるいは
枕詞で現していた世界観は

歌人同士が既に過ぎた時代を脳裡で共有化していたのか

それとも現代では途切れてしまっているけれど
一族や一地方の共有世界をよりリアルに深く滲ませていたのか…

案外予想を超えるのかもしれない

私がはじめて百人一首の歌を眺めたり、
遊んだりしはじめた小学生の頃、

不思議なほど気になる歌があるかと思えば、
興味が湧かない歌があった。

家族、兄弟でも好みは皆バラバラ。

私が気になるのは、
まるで見ているように景色が浮かんでしまう歌。

所謂、デジャブ

それで歌人の時代を遡ってみると
予想を超えて旅してる。



天香久山は
近畿地方ではなく
富士山そのものであったとも。

持統天皇は拠点にしていた
相模の国から船を漕ぎ出でて
駿河を経由し(富士山を眺めつつ)
都を造りに西へ何度も往き来した
百済の救済にも参戦。
リアル辣腕の才媛
もしかしたらエルチェ
もしかしたら百済観音

山部赤人は同郷の人だった気もする


富士山の春を詠む、
さらら姫(後の持統天皇)

富士山の秋を詠む、
後代の神官にして海の民アカイア人の末裔


もしかしたらかなり鼻が高く
もしかしたら栗毛でアーモンドアイの、
大柄なルックス!?

赤人は身分は低い宮廷歌人といわれるから、

吟遊詩人のように各地を旅し
宝石のような日本の景色を叙景歌に託し伝えたのかもしれない。
知りたいけれど旅できない多くの宮廷人に。


さらら姫(後の持統天皇)は
アクティブで、
相模の国から朝鮮半島まで京都に留まるまでは度々船出した。


山部赤人は名の通り
赤ら顔だった説もあるから、
つい語学の巧みな外タレ、という風情を浮かべてしまう(笑)
(没年は持統天皇より30年ほど後)


いまはむかし
撰人(エリート)の御話し




アフターコロナの時代を見誤りたくない
気持ちもある。


いっそのこと、12000年ほど遡り、
氷期の終わりから
鳥の目になり
獸の目になり
魚の皮膚感覚になり
広い視界を大切にしたいね。



嗚呼、、

春なのに毎日

罐詰だもの

景色を巡る大脱線(笑)




春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天香久山
持統天皇


田子ノ浦ゆ打ち出でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りつつ
山部赤人