肥後守と薩摩守の意味が分かりますか ❔
「肥後守(ひごのかみ)」・・・和式小刀のこと。
小学生の頃に小刀を「ひごのかみ」と呼んで持っていた。鉛筆を削ったり、竹や木を削ってチャンバラして遊んだ。
「肥後守」は、兵庫県三木市の永尾かね駒製作所の登録商標になっているとか。
明治時代に、鹿児島から持ち帰ったナイフを携帯できるように折り畳み式に改良して、当時取引先が熊本に多かったため「肥後守ナイフ」と名づけて売ると、現地で大ヒットしたのでこの名に落ち着いた。
「薩摩守(さつまのかみ)」・・・無賃乗車のこと。
どうしてかというと、平清盛の異母弟、平忠度(たいらのただのり)の官名が「薩摩守」だったことに由来する。
お察しのとおり「ただ乗り」→「平忠度」→「薩摩守」と、「無賃乗車」の隠語になった。
ただ乗りを試みる狂言『薩摩守』があることから、古くからこの言い回しが使われていた。
これに似た隠語が、幾つかある。
「出羽守(でわのかみ)」は、何かというと・・・
「アメリカでは」「フランスでは」と欧米を例に挙げて、日本は遅れているとけなす人をいう。
駄洒落で「出羽守」と言っているのであって、出羽の国とは関係ない。
「豊前守(ぶぜんのかみ)」
出羽守の逆。「どの国も参考にならない」という憮然とした態度をとる人のこと。
「佐渡守(さどのかみ)」
やたらに攻撃的な論調の人のこと。はい、サディズムの「サド」を洒落た。
「尾張守(おわりのかみ)」
「日本は終わっている」ということを前提として語る人のこと。悲観主義者。
次は、蛇足。
「越中褌(えっちゅうふんどし)」・・・長さ1メートルほどの小幅の布の一端にひもをつけたふんどし。
細川ガラシャの夫、忠興が一時期「越中守」だった細川越中守忠興が作らせたので、この名になったという。
越中富山の置き薬の景品で全国に普及したとする説や、大阪新町の越中という遊女が考案したとする説など、複数の説がある。
「肥後守(ひごのかみ)」・・・和式小刀のこと。
小学生の頃に小刀を「ひごのかみ」と呼んで持っていた。鉛筆を削ったり、竹や木を削ってチャンバラして遊んだ。
「肥後守」は、兵庫県三木市の永尾かね駒製作所の登録商標になっているとか。
明治時代に、鹿児島から持ち帰ったナイフを携帯できるように折り畳み式に改良して、当時取引先が熊本に多かったため「肥後守ナイフ」と名づけて売ると、現地で大ヒットしたのでこの名に落ち着いた。
「薩摩守(さつまのかみ)」・・・無賃乗車のこと。
どうしてかというと、平清盛の異母弟、平忠度(たいらのただのり)の官名が「薩摩守」だったことに由来する。
お察しのとおり「ただ乗り」→「平忠度」→「薩摩守」と、「無賃乗車」の隠語になった。
ただ乗りを試みる狂言『薩摩守』があることから、古くからこの言い回しが使われていた。
これに似た隠語が、幾つかある。
「出羽守(でわのかみ)」は、何かというと・・・
「アメリカでは」「フランスでは」と欧米を例に挙げて、日本は遅れているとけなす人をいう。
駄洒落で「出羽守」と言っているのであって、出羽の国とは関係ない。
「豊前守(ぶぜんのかみ)」
出羽守の逆。「どの国も参考にならない」という憮然とした態度をとる人のこと。
「佐渡守(さどのかみ)」
やたらに攻撃的な論調の人のこと。はい、サディズムの「サド」を洒落た。
「尾張守(おわりのかみ)」
「日本は終わっている」ということを前提として語る人のこと。悲観主義者。
次は、蛇足。
「越中褌(えっちゅうふんどし)」・・・長さ1メートルほどの小幅の布の一端にひもをつけたふんどし。
細川ガラシャの夫、忠興が一時期「越中守」だった細川越中守忠興が作らせたので、この名になったという。
越中富山の置き薬の景品で全国に普及したとする説や、大阪新町の越中という遊女が考案したとする説など、複数の説がある。
越中褌は子供の頃海水浴をするときに使用していました。しかし、由来までは知りませんでした。
小刀は使用していましたが、別名に肥後守があることも知りませんでした。
参考になりました。
>小学生の頃に小刀を「ひごのかみ」と呼んで持っていた。
そうそう
小学生の頃は ほとんど全員持っていました。
友達と 比べっこして 自慢してました。
懐かしいです。
越中ふんどしは知ってますが
他のカミ(守)さまは 初めて知りました。
「役にたちました」
> 肥後守 ・・・ 小学生の頃は ほとんど全員持っていました。
折り畳み式の小刀は、ほとんでの男の子がもっていた気がします。九州だったからでしょうか・・・❔
鉛筆削りなどない時代ですから、手に持てないほど小さく削って遊んでました。キャップをはめて使ってる子もいましたっけ。
スギナの子がツクシン坊と親しまれているのに、スギナは雑草界の問題児なのでしたか。φ(..)メモメモ
そんなことを知らないので、春を知らせるツクシは、未だかいなと春前には公園内を探し回っていましたょ。
https://blog.goo.ne.jp/iinna/e/0467734705ba928a2f688a7f1b62ea4f
きょうの話題は、テレビ出題されたiinaの知らない「薩摩守」から採りました。
1ヵ月以上前に綴りましたが、話題に追われ今日までブログが延びて、その内に内容が膨らみました。
> https://www.youtube.com/watch?v=AGrrbHayUew
そうでした。鉛筆の上の方に「ひごのかみ」で薄く削って名前を入れてました。
九州では小学生の頃は「ひごのかみ」と呼んで、男の子はみんな持ってました。
子供がナイフを持ち歩いていても何も言われたことはありません。
悪さをした話を聞いたことがありません。鉛筆を削ったり、竹や木を切ってチャンバラして遊んでましたから必需品でしたね。
幼なかったから、どうして「ひごのかみ」と呼ぶのかなんて考えたこともありません。
小刀が「ひごのかみ」でした。^^
(研究員)さんのブログアドレスをコメント上に置きました。
ためになりました。
出羽守、豊前守、佐渡守、尾張守は、なるほど、面白いですね。
神社仏閣が要所に建っていますが、お地蔵さまも目印になっています。
玄関が、身分によって使い勝手がちがうのも時代を思わせます。
> 熊本出身なので、肥後守は、勿論、知っていましたし、持っていました。
なつかしい響きの「ひごのかみ」は、小学生には理解できない「肥後守」のことでした。
はい、「ひごのかみ」は「肥後守」のことでした。
必要としないので、目に触れぬだけなのでしょうね("^ω^)・・・
HBの鉛筆を削ったり、木を切ってチャンバラして遊んでました。2Bは絵を描く時に使った程度でしょうか・・・。
桐箱入り1万8千円クラスがあるとは時代ですね。匠の業物なら納得します。
* 2Bえんぴつさんのブログアドレスをコメント上に置きました。